第58話 新たな決意
ウラジーア大陸一の剣士であったヨアンとオリヴィエのデュー兄弟を写し取った『鏡人』は手にした細身の剣をミロワへ向けて突きつけた。
『殲滅を開始する前に『主』より授かったお言葉を伝えよう』
「『母』から……⁉︎」
『人間の殲滅に戻ると誓うのなら、一度の裏切りはお許し下さるとのことだ』
「…………‼︎」
この言葉に皆の視線がミロワへと集中する。
「…………」
探るような十の瞳を一身に受けたミロワは静かに口を開く。
「『母』の伝言とはそれだけ?」
『そうだ』
「……馬鹿にされたものね」
『なに……?』
同時に訊き返すヨアンとオリヴィエにミロワは一歩踏み出した。
「この肉体は『母』に産み出されたものであっても、私の心は人間よ……! 人間を滅ぼすという『母』の意思に従うことは出来ない……‼︎」
一点の曇りもないその高潔な瞳はまさしく人のみが持つものである。
「ミロワ……!」
「ミロワちゃん……!」
「……ふん」
ミロワの返答にタスクとジャンは喜色を浮かべ、リンファはわずかに口の端を持ち上げた。
一方、突っぱねられた形のヨアンとオリヴィエは無表情のまま剣を胸の前で天に向けて掲げた。
『————では、会話はここまでだ。殲滅を開始する』
動足(軸足の反対側の足)を大きく開いた二人は極端な半身となって、切っ先をそれぞれの対手の急所へと向けた。
これはミロワとリンファにとっては未知の構えであり、向けられた切っ先は『点』にしか映らず、間合いが掴みにくいことこの上ない。
その様子をジャンと共に眺めていたタスクは興味深そうにうなずいた。
「なるほど……、どうやら『ふぇんしんぐ』とは刺突に特化したもののようだな」
「おっ、分かんのかい? アニキ」
「ああ。あの特徴的な構えに細身の剣身から見て取れる」
「さすがだねえ。でも、突きばっかってワケでもなくて斬り技だってあるんだぜ?」
「だろうな。だが、指先や太い血管、腱などに受けなければ大きな痛手にはならないだろう。やはり強く警戒すべきは突き技————」
タスクが答えたと同時にミロワとリンファが、それぞれの得物————薙刀と青龍戟を振り払った。
デュー兄弟の持つ剣の倍以上の間合いを持つ長柄兵器である。近接武器を用いる戦闘において間合いの利は有利に働く。
風を孕んだ斬撃がヨアンとオリヴィエの枯れ木のような身体を両断せんと迫るが、双子の剣士はバックステップを踏み紙一重でこれを外すと、反動を利用した一足飛びで長物の間合いを潰してきた。
「あっ‼︎」
間合いにおいて絶対的有利な長柄兵器であるが、その長さ故に技の挙動がどうしても大きくなってしまう。そのため初太刀を躱されると一気にその長さが仇となって己が身にのし掛かることとなる。
ジャンが叫んだ時にはすでにヨアンとオリヴィエは対手の懐へと潜り込み、その急所を貫かんと必殺の刺突を繰り出した。
ミロワと対峙したヨアンの狙いは喉。リンファと向かい合ったオリヴィエの狙いは口内であった。
(その真白い喉、もらった————!)
(『主』よりの情報では、この神州人は全身を硬質化させる不思議な技を用いると聞く。しかし、体内にまで作用するのか試してやろう————!)
いつものように剣身が肉を貫く感触を予期していたヨアンとオリヴィエだったが、その手に返ってきたものは別々の反応であった。
兄・ヨアンの左手には空を斬る頼りない手応えが残るのみ。
(————なに……⁉︎)
「……思っていた通りだわ。狙いは頭部・首・胸に絞られる。となればいくら速くとも躱すことはさほど難くない……!」
ヨアンの突きを同じく紙一重で外したミロワが持ち手を返して氷の薙刀を振り上げる————。
————一方、弟・オリヴィエの右手は今まで感じたことのない感触によって引くことも押すことも出来ない状況に陥っていた。
「なっ……⁉︎」
「へらいははふうははったえど、ひひんひょりでひひのひはんをふへほえたふひひはふうひんわ(狙いは悪うなかったけど、至近距離で師姉の指弾を受け止めたウチには通じんわ)」
リンファはオリヴィエの剣を歯で挟んで受け止めたまま渾身の掌打を放った————。
————逆袈裟に斬り裂かれたヨアンと、胸に大きな風穴を穿たれたオリヴィエは声もなく絶命した。二人の亡骸から眼を逸らしつつジャンが喝采の声を上げる。
「————ス、スゲえッ! ミロワちゃんにリンファちゃん、『カガミビト』に圧勝じゃん‼︎ 復活したアニキもいるし、これならゼンマたちや奴らの親玉もきっと倒せるな‼︎」
だが、興奮した様子のジャンを落ち着かせるようにミロワが首を振る。
「いいえ。見た目ほどに楽な相手ではなかったわ。運に助けられた部分も多分にあった」
「へ?」
「そうじゃな。師姉の指弾を前もって受け取らんかったら、今頃ウチも口ん中貫かれとったかも知れん」
「……マジで?」
途端にテンションの下がったジャンを尻目にリンファはミロワへと向き直った。
「……思うたよりやるがな。少しは認めちゃるわ」
「貴女こそね」
二人の乙女はお互いを認め合うように笑みを浮かべた。
「————でも、タスクは譲らんけどな」
「…………!」
リンファの一言で二人が再び火花を散らした時、亡骸の埋葬を始めていたタスクが珍しく動揺したように口を開いた。
「見ろ……ッ‼︎」
その声に三人が顔を向けると、ヨアンとオリヴィエの亡骸がみるみる内に無機質な物体へと変質を遂げた。
「……これが『カガミビト』の正体かよ……‼︎」
「半信半疑なところもあったけど、これ見たら信じるしかないわ……‼︎」
眼を見開く己の顔を鏡のように映すその質感にジャンとリンファが驚愕する中、タスクは怒りに震える手を抑えるために腰の刀に触れた。
「……やはり俺はゼンマを斬らなければならない……! 善磨殿の無念を晴らすためにも……‼︎」
「ウチもじゃ。師姉————いや、ルゥインはウチが倒す……‼︎」
「…………そうね……。そして、『鏡人』を産み出す『母』を止めなければいけない……」
三人の決意を聞いたジャンが思い出したように指を弾く。
「————そうだ! さっき聞きそびれたけど、結局その『母』ってのは何モンなんだよ、ミロワちゃん!」
「それは邸内に戻って、ジゼルさんも交えてからにしましょう」
「あっ、そうだな! しっかしハカセのヤツ、せっかく『カガミビト』の証拠があんのに出て来ねえで何やってやがるんだ?」
◇
「————おーい、ハカセー。もう大丈夫だぜ……ッ⁉︎」
ジャンを先頭に室内に戻った一同が目撃したものは、床に散らばったメモの海の上でうつ伏せに横たわったジゼル・オットーの姿であった————。




