第36話 噛み合わぬ会話
無慈悲なる殺戮者————月代善磨の名を力の限り叫んだタスクはその余勢のままに斬り掛かった。
————ガキィィィンッ‼︎
逃げ惑う人々の叫び声が飛び交う中、空気を切り裂くような金切音が首都の通りに響き渡った。
一点の染みも無い白刃と血脂に塗れた血刀が交わり合い、二人の剣士の顔が肉薄する。鍔迫り合いの格好となったタスクは十年来、捜し求めていた仇の顔を間近で双眸に収めた。
なだらかな眉に涼やかな目元、眉間に位置する白毫のような黒子、この十年片時も忘れることのなかった憎き男の顔————。
「…………ようやく、ようやく巡り合えたな……‼︎」
震える声でタスクが絞り出したが、返ってきた言葉は予想外のものであった。
「……我が名を知っているとは、君は何者だ?」
「————ッ‼︎」
あまりに想定外の返事にタスクは全身の力が抜け、善磨の腕力に押し切られた。体勢が崩され後退したタスクの首元に間髪入れず横薙ぎの一閃が襲い掛かる。
崩された重心で受太刀することを嫌ったタスクは後方へ飛び退って間合いを空けた。
タスクの的確な状況判断と見事な身体操作術に善磨はわずかに驚いたような表情を浮かべた。
「ほう……、今の一刀を躱すとはなかなか出来るな。どうやら扶桑の者のようだが————」
「…………ざけるな」
「む?」
「————ふざけるなァッ‼︎」
タスクは鬼の形相で左腕を振り払った。
「……あれだけのことを仕出かしておきながら、俺のことを覚えていないと言うのか……‼︎」
「…………?」
その言葉を聞いた善磨はタスクの顔をゆっくりと見回した後、何かに思い当たったように口を開いた。
「…………ああ、もしや君は佑殿か? 面差しが変わっていて気付かなかった」
「……何……⁉︎」
「十年ぶりといったところか。少年だった君がすっかり青年になったものだ」
口ぶりとは裏腹に、なんの感慨もなさそうに話す善磨は無表情のまま続ける。
「ところで、君ははるばる扶桑からどうして西国に?」
「————貴っ様ァッ‼︎」
神経を逆撫でする善磨の言にタスクは再び斬り掛かる。
「何故、父上を! 母上を‼︎ 里の皆を斬った⁉︎」
斬られた者の無念を乗せるようにタスクが刀を振るう。真正面から己の所業を暴かれたにも関わらず、善磨は涼しい顔のままその剣を受ける。
「答えろッ! 父上は分家の貴様を認めて姉上を嫁がせるおつもりだった————だのに貴様はその気持ちを踏みにじり、あろうことか恩を仇で返した‼︎」
「…………」
「俺も貴様のことを義兄と思っていた! 貴様になら姉上を託しても良いと思っていたんだ‼︎」
「…………」
「————それが、これはいったいどういう訳だ⁉︎」
周囲に咲き乱れる紅い花を視線の端に映したタスクは嗚咽を漏らすように問い詰める。
「……里の皆が……、この街の人々がいったい何をした……⁉︎ 罪の無い人間を斬るために貴様は辛い稽古を重ねてきたと言うのか……⁉︎」
「…………」
ここまでタスクの激情の剣を黙って受けていた善磨だったが、ある言葉に反応したのか、不意に自ら打って出た。
「————!」
その剣にはやはりなんの感情も込められていなかったが、首筋にヒヤリとしたものを感じ取ったタスクは瞬時に攻めから守りへと転じて間一髪受け流した。
嵐のようなタスクの連撃が途切れた頃合いで善磨が口を開く。
「……『罪の無い』か……。では逆に尋ねるが、この大陸の人間は『晄石獣』と呼ばれる獣を何故殺す……?」
「…………何を言っている……⁉︎」
善磨の口から発せられた予想外の質問にタスクは気勢を削がれた。
「人に名を尋ねる時は自分から、だろう? 君の意見を聞かせてもらえたら私も答えてあげよう」
「……『晄石獣』を何故殺すか、だと……⁉︎ 人を襲うからに決まっているだろう。つまらないことを訊くな……!」
「人を襲うから、か……。では何故、人を襲ってはいけない……?」
「貴様、先ほどからいったい何を……⁉︎」
続く善磨の問い掛けにタスクは眉を寄せたが、すぐに怒りで疑問をかき消した。
「突拍子もない質問で俺の気を乱す魂胆か……! その手は食わん……!」
「……では質問を変えよう。佑殿、君は今まで獣の肉を食したことは?」
「その手は食わんと言ったはずだ! いい加減にしろ!」
刀を構え直しタスクが声を荒げるが、善磨は一切怯まず先ほどの質問を繰り返す。
「答えてくれ。君は今まで獣の肉を食したことはないのか?」
タスクの脳裏に、ジャンと共に食した野兎や川魚のことが思い浮かぶ。
「……ある。それがなんだと言うんだ……⁉︎」
「そうか。では、その獣には『罪があった』というのかね?」
「————!」
善磨の指摘にタスクは眼を見開き黙り込んだ。
「違うだろう? 君は生きるために他の生物を糧として自らに取り込んだ。生物として当然の行動だ。『晄石獣』が人間を捕食するも同様。そこに『罪』と『罰』といった概念など存在しない。それはあくまでも人間が作り上げた理に過ぎないということだ」
「……ふざけるな……! 馬鹿げた御託を並べて自らの狂気を正当化するつもりか————ッ‼︎」
眉を吊り上げたタスクは会話を打ち切るように印を結んだ。
「————オン インドラヤ ソワカ!」
真言を唱えるタスクの髪が黒から紫へと変じ、怒気に呼応するようにその身を幾重もの雷が包み込んだ。
しかし、善磨はその威容に気圧される様子もなく、
「……ほう。見事『神降ろし』を会得したようだな。それではこちらも————」
淡々とつぶやきながら同様に印を結ぶ。
「……オン バザラ ヤキシャ ウン、我が太刀に悪鬼を討ち滅ぼす雷を宿せ————」
善磨の真言に導かれるように、それまで快晴だった上空へ突如黒雲が発生したかと思うと瞬く間に寄り集まり一つの雷雲となった。
ゴロゴロと音を立てる雷雲に向け善磨が太刀を掲げると、眼を眩ますほどの稲光と共に一筋の雷が落ちる。
「————君が『帝釈天』の力を借り受けるのならば、私は『金剛夜叉明王』の加護を受けよう……!」
紅く輝く雷を纏った仇の姿に、タスクは冷や汗を禁じ得なかった。




