第37話 ジゼルの手記
————その頃、ジゼルの屋敷では————、
「……おーい、ハカセー?」
いまだ自分の世界から戻って来ないジゼルを心配したジャンは彼女の顔の前で手をヒラヒラさせてみたが、先方からの返事はない。
「……マジかよー……。いい加減に帰って来いよ、間がもたねえじゃん……」
面倒臭そうに漏らしたジャンはジゼルを現実に引き戻すことを諦めてソファーにもたれ掛かった。
「……アニキとミロワちゃんは上手くやってっかな……」
どこか寂しげにつぶやいた時、ドスンという音が応接間に響き渡った。
「————うおっ! なんだ、なんだ⁉︎」
泡を食った様子でジャンが音のした方へ顔を向けると、木箱が転がっており、中に入っていたであろう資料が床一面に散乱していた。
「ハア……、んだよ。せっかく苦労して片付けたのによー……」
片付けたとは言っても、部屋中に散らばっていた資料を手頃な木箱に押し込んで本棚の上に積み上げただけであった。恐らく何かの振動でバランスを崩して床に落ちてしまったものと思われる。
ジャンは悪態をつきながらバラバラになった資料を集めて再び木箱にしまい始めた。
「……しっかし、こうして見るとエラい学者のセンセイってのはマジなんだな……」
手に取った資料には細かい字で小難しい文章がビッシリと書き込まれており、普段本を読むことのないジャンはそれだけで頭がクラクラしてきた。ブンブンと頭を振って片付けを再開させた時、何気なく視界に入った一枚の資料が妙に気に掛かり、吸い込まれるようにジャンはそれを手に取った。
「————なになに……? 『地球を一つの生命体と考える』……?」
端には『ジゼル・オットー』と署名があり、どうやらジゼルが発表した論文の雛形であろうと思われた。
「……なんだこりゃ、地球が生物だあ……? ……もしかして、このトンデモ論文をブチ上げたせいで大学を追われたんじゃねえの?」
鼻で笑ったジャンだったが、引き込まれるように論文を読み進めていくと突然文章が途切れて、『晄石獣』に関する記載に変わった。やはりメモ書きのようなものであったようだ。
「…………この辺はこの間、ハカセが言ってたのと同じ内容だな。『晄石獣』は人間しか食わねえ。人間を食えねえ状況なら餓死を選ぶ、か……。まあ、確かに妙ちきりんな生物だよなあ……ん?」
【————全ての『晄石獣』を調査した訳ではないが、私の飼育している彼らには生殖器が存在しない。それはつまり、子孫を残し種を存続させるという生物の究極的な目的から逸脱しているということである。単一生物のみを捕食するという生物らしからぬ特徴も含めて、私には彼らがまるで何者かの命令によって操作されている機械のように思えてならない】
「…………はあ⁉︎ ○○○と✖️✖️✖️がねえだあ⁉︎ シ、シユードータイってヤツかよ……‼︎ なんちゅー生物なんだ……。それに何者かの命令って————」
その時、コツコツコツと窓を叩く音が聞こえた。
「————シュウ⁉︎ お前、何やってんだ⁉︎」
振り向いてみると、なんとシュウがまるでキツツキのようにクチバシで窓ガラスを叩いているのである。
「待て待て待て! 割れちまうって!」
慌てて窓を開けると、飛び込んで来たシュウはジャンの服の裾をクチバシで引っ張り頻りに外へと促す。
「ピィ! ピピィッ!」
「な、なんだよ、シュウ! ってか、アニキとミロワちゃんはどうした⁉︎」
「ピィィィッ‼︎」
「————まさか、アニキとミロワちゃんになんかあったのか⁉︎」
「ピッピッ‼︎」
もちろんジャンにハヤブサ語は解せない。しかし、シュウの切羽詰まった様子からタスクとミロワに危機が迫っていることは感じ取れた。
「……分かった……! 案内しろ、シュウ!」
ジャンは懐の拳銃をリロードして窓から飛び出したシュウの後を追った。
◇
「————ハァッ‼︎」
『帝釈天』の力を宿したタスクの強烈な斬撃が悪鬼へと振り下ろされた。
だが、触れるもの全てを討ち滅ぼすはずの紫電の刃は紅き雷光を帯びた太刀によってその奔流を阻まれる。
「くっ……!」
渾身の一閃を受け止められたタスクが歯を食いしばるが、対手である月代善磨は涼しい顔で語り掛ける。
「尋常の者ならばこうして太刀を合わせているだけでその身を焼き尽くされるだろうが、我が月代家に伝わる『金剛夜叉明王』も雷を司る神。いかに『帝釈天』と言えど————」
「黙れッ!」
怒号を上げたタスクは矢継ぎ早に剣を繰り出した。
しかしその剣は、同じく雷の力を宿す善磨の太刀に次々と受け止められてしまった。
「良い太刀筋だ。踏み込みも重さも良い。だが、惜しむらくは冷静さが足りない。目線に狙いが表れてしまっている」
「黙れと言っているッ‼︎」
まるで弟子を矯正するような物言いにタスクは眼を怒らせ刀を振り上げた。挙動が大きくなったところを見逃さず、善磨の太刀が妖しく揺らめいた。
————紅き雷が心臓に向けて突き出される。
「————ッ」
稲妻の如き突きが胸を貫くと思われた刹那、タスクは驚異的な反応速度で身体を回転させ、突きを外し様に横薙ぎの一閃を放った。
「…………!」
この攻防一体の返し技にはさしもの善磨も意表を突かれ、瞬時に後方へ飛び退った。
「今の交差法は見事————⁉︎」
すんでのところで回転斬りを外した善磨が体勢を立て直した時、眼の前の対手が納刀していることに気が付いた。
「————紫電一閃……‼︎」
神速の剣が紫の残像を残して鞘走る————。
しかし善磨は避雷針のように太刀を地面に突き立て、タスクの居合を冷静に受け止めた。雷を帯びた刃と刃が交わり、ぶつかり合ったエネルギーが縦横無尽に放電される。
「ヒィィィィ!」
「キャアアアアッ‼︎」
恐怖で逃げ遅れた人々が叫び声を上げる中、放電が収まった頃合いで善磨は突き立てた太刀を引き抜いた。
「大したものだ。『帝釈天』の力をここまで引き出すとは。この十年、よほど過酷な鍛錬を積んできたと見える」
「貴様を斬るためならば、どのような鍛錬も苦ではなかった……‼︎」
「私には為さねばならぬことがある。いつまでも君と剣を交えている訳にはいかない。だが、雷神同士の力は互角のようだ。では————」
「ッ!」
にわかに善磨の雰囲気が変わったことを察知したタスクは警戒して間合いを取った。
「————次なる神を降ろさせてもらおう……!」




