第34話 鏡の中の顔
「…………ん、ううん……」
ジゼル邸の二階にあてがわれた寝室でミロワは眼を覚ました。
「…………?」
ベッドで上半身を起こして思考を巡らすと、検査が一段落したというところで少し横になっていたことを思い出した。どうやらそのまま眠りに落ちてしまっていたらしい。
「……戻らなきゃ」
つぶやいた後、ゆっくりベッドから降りたところ、鏡台に映る黒髪の女性の姿に気がついた。
「…………」
鏡の中の女性は左の眼尻に二連のホクロがあり、ミロワはそっと右の眼尻を押さえた。
「————ミロワ嬢が生き別れの姉君に瓜二つだって……?」
タスクからミロワに関する説明を聞いたジゼルが訊き返した。
「……ああ」
「だが、その年齢は生き別れになった当時のままで、精神年齢が凄まじい速度で肉体に追いついて行っていると……」
「…………」
複雑な表情でタスクがうなずくと、ジゼルはアゴの下で指を組んで考え込む。
「……ふむ。こう聞くと、瓜二つというより『鏡合わせ』と表現した方が正しく思えるね」
「……鏡合わせ……⁉︎」
「そうじゃないかね? ミロワ嬢は姉君を鏡に映したように反転した容姿をしているのだろう?」
「瓜二つでも鏡合わせでもソックリさんでも、呼び方なんてなんでも良いじゃねえか」
呆れたように話すジャンに対し、ジゼルは指を振って否定した。
「ノンノンノン。それは違うよ、ジャンくん。事象には必ず理由があるものさ。故に定義付けは正確でなければならない」
「……人にされると腹立つな、その仕草」
「……なるほど、だから彼女のことを『鏡』と呼んでいたのか。老化しない……? しかし、細胞や血液に異常は見られなかった……。眠っていた……? だが、精神は成長している。何か理由があるはずだ…………」
しかしジゼルはジャンのつぶやきが聞こえていないかのようにブツブツと独りごちている。
「……ダメだ、こりゃ。完全にイッちまってる……!」
自分の世界に入ってしまったジゼルの様子にタスクとジャンは顔を見合わせた。
「どうするよ、アニキ?」
「ああ。この様子では今日はもう難しそうだな」
「そうじゃなくてよ、この変人ハカセにまだミロワちゃんを任せるのかって話よ」
「……ミロワと『晄石獣』になんらかの関係があることは確かだと思う。とりあえず腑分けは保留して、ジゼル殿にはその辺りから調べてもら————」
言葉の途中でタスクの視線が応接間の入り口に向けられる。
「あ、タスクたち、庭掃除終わったの?」
ドアが開いてミロワが顔を覗かせた。
「ああ。あらかた終わった。お前はよく眠れたか?」
「うん。だから検査の続きを————って、ジゼルさん? どうしたんですか?」
ミロワが声を掛けてもジゼルは独り言を続けて全く反応を見せない。
「ああ、ミロワちゃん、今ハカセは考え事で忙しいみたいだから、ちょっとアニキと庭を散歩でもして来たら?」
「え?」
「大体草刈りは終わってるからよ。無駄に広えからグルッと回るだけでも良い起き抜けの目覚ましになると思うぜ? な、アニキ」
「あ、ああ……」
ジャンの意を理解したタスクはミロワに向き直って声を掛ける。
「……では、行くか。ミロワ」
「うん」
ミロワを伴ってタスクが部屋を出て行くのを見送ったジャンはソファーに深くもたれかかった。
「……さすがジャン様、気が回る男……ってか」
◇
「————ふあーあ」
男が大口を開けて盛大に欠伸をした。
「おい、気を抜くな。俺たちは栄えある首都の衛兵なんだぞ」
ロワゴールの正門の門番を務める男が相方をたしなめると、まぶたの重そうな大柄な男は空に向かって手を掲げて見せる。
「分かってるよ。分かってるけど、今日は日曜日だぜ? しかもこんな気持ちの良い陽気だ。きっと『晄石獣』共も今頃昼寝してるはずさ」
「まったく、お前という奴は……ん?」
ふと気付けば、黒っぽい棒のような物を携えた長身の男がこちらに向かって歩み寄って来るのが見えた。
「見ろ、仕事だ。ただし人間相手だがな」
「ああ……、そのようだな」
大柄な男は面倒臭そうに来訪者へ向き直った。
「首都・ロワゴールへようこそ。観光かね? それとも行商か?」
「…………」
しかし、長身の男は門番の声が届いていないかのように無言で虚空を見つめている。この様子に門番たちの警戒心が一気に高まった。
「身分証を見せてもらおうか」
「それにその長物はいったい何————それは、剣……か⁉︎」
門番たちが男の持つ得物の正体に気付いたと同時に濡れた白刃が露わになった————。
◇ ◇
————丁寧に掃除をされた郊外の邸宅の庭を一組の男女が歩いている。
これまではミロワが先を歩きタスクを引っ張っていくことが多かったが、今回は先導するタスクの後をミロワが控えめについていく形となっていた。
こういう時にいつも先に口を開くのは決まってミロワの方だったが、何も話そうとしない彼女に先んじてタスクが口を開いた。
「……検査はどうだ。つらいことはないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「ああ、そうか……」
この時タスクは何か引っ掛かるものを感じたが、それを言葉に出来ないまま歩を進める。
「————ねえ、タスク……」
言葉に出来ない引っ掛かりを考え込んでいる最中に話し掛けられ、タスクはゆっくりと振り返った。
「どうした?」
「……わたしね、ううん……わたしが————」
「…………!」
ミロワの一人称が『わたし』に変わっている。ここでタスクは違和感の正体に気が付いた。
ミロワの雰囲気がますます姉・鏡花に似てきているのだ。
(今のミロワは姉上が十五、六歳だった頃に雰囲気が近い……。検査の間にまた成長したのか……!)
タスクが在りし日の鏡花を思い出していると、ミロワが近付いて口を開いた。
「————わたしがタスクのお姉さんにそっくりだって、本当……?」




