第32話 変人本領発揮
————部屋に飾られていたのはいくつもの檻であった。
ケージの中にはリス・ハムスター・小鳥・トカゲ・カエルなどといった小動物が入れられ、その全ての額からは鉱物のようなツノが伸びていた。
「————『晄石獣』を飼育しているのか……⁉︎」
「ええっ⁉︎」
タスクの言葉を聞いたジャンが背中越しに驚きの声を上げたが、ジゼルは平然とした様子で答える。
「その通り」
「なんのために……⁉︎」
「……ふむ。なんのためにと問われれば、私はこう答えよう————“探究心“からだと」
「探究心……」
おうむ返しするタスクをよそにジゼルはリスのケージの前に歩み寄る。
人間に接近された『リス型晄石獣』はその愛らしい姿に似つかわしくない牙を剥き出し、ジゼルに飛び掛かった。ケージを覆う強化ガラスによってその攻撃は阻まれたが『リス型晄石獣』はなおもガラスに鋭い爪を立てて威嚇行動を続ける。
「フェリックス、今日も元気そうだね。ルネとシェリはどうだい?」
しかし、ジゼルは笑みを絶やさず『小鳥型晄石獣』のルネと『トカゲ型晄石獣』のシェリに挨拶を続けた。
「ちょっ、ちょっと待てよ! 探究心だかなんだか知らねえが、アンタ『晄石獣』を飼ってどうすんだよ⁉︎ コイツらはぜってえ人に懐かねえぞ⁉︎」
堪えきれずにジャンが声を上げたが、ジゼルは全ての『晄石獣』に挨拶を終えてからようやく振り返った。
「そうだね。キミも『晄石狩り』なら知っているだろうが、彼らは人に決して懐かない————どころか、今のように人間の姿を確認すると問答無用で襲い掛かってくる」
「知ってるよ、んなこたぁ。いま俺が言ったじゃねえか」
「では訊くが、何故彼らは人のみを襲うんだい?」
「……し、知らねえよ。コイツらに訊いてみたらいいんじゃねえの?」
吐き捨てるようにジャンが言うと、ジゼルは再びフェリックスに視線を移した。
「……ふむ。『晄石獣』に言語が備わっているのか……か。興味深い研究テーマではあるね。リストに加えておこう」
ジゼルはフェリックスを観察しながら続ける。
「……キミたち、『晄石獣』は人間のみを捕食対象とするが、もし人間を食べることが出来ない時はどうすると思う?」
「そん時は好き嫌い言ってらんねえだろ。他の動物を食うんじゃねえのか?」
「————それが違うんだよ!」
ジャンの答えを聞いたジゼルは高らかに声を上げて振り返った。その眼は恐ろしいほどにバキバキである。
「トマトが苦手な人間でも極限まで空腹になればむしゃぶりつくはずだ! だが『晄石獣』は違う‼︎ 彼らは人間を捕食できなければ、たとえ眼の前に別の肉があっても見向きもせずに餓死を選ぶのさ! 凄いだろう⁉︎」
「…………!」
その衝撃的な事実と狂気じみたジゼルの剣幕にジャンが言葉を失うと、代わりにタスクが口を開いた。
「それをここで実証したというのか……?」
「そう。ドナには貴重なデータをもらったよ」
「これだけの数の『晄石獣』を飼育するための餌はどうしている……⁉︎」
「…………」
タスクの芯を食った質問にジゼルは一瞬真顔になった後、凶悪な笑みを浮かべた。
「……それは勿論、夜な夜な墓を荒らして新鮮な死体を————」
「は、墓荒らししてんのか、アンタ⁉︎」
ジャンが血相を変えると、ジゼルはなおも口角を持ち上げ、
「————なんていうのは冗談で、私や別の人間から提供された血液を主に与えているよ。さすがに墓荒らしまですると、研究が続けられなくなるからね」
「……心臓に悪いジョークを飛ばすんじゃねえよ……!」
「ああ、でもたまにはご褒美として私の肉をあげたりもしてるよ」
「ハア⁉︎」
ジゼルは下腹の辺りを摘みながら平然と言ってのける。
「彼らもご馳走にありつけるし、私も贅肉を減らせるしWIN-WINというやつだね」
「……イ、イカれてやがる……‼︎」
引きつった表情で後ずさるジャンだが、ジゼルは構わずに続ける。
「本当は大型の『晄石獣』も庭に放し飼いにして研究したいのだけど、そのサイズだと私自身が捕食されてしまうからねえ……悩ましいところだ」
腕を組んで悩む仕草を見せるジゼルにタスクが尋ねる。
「『晄石獣』の研究を始めたことで人から見向きをされなくなったのか?」
「フフフ、キミは訊きにくいことをズバリ言ってくれるね。ご期待に添えずに申し訳ないけれど、私が大学を追われたのは別の理由さ。まあ『晄石獣』にも関係していることなんだがね」
「……このような実験を行うからには医学にも精通していると考えていいのか?」
「医学? ああ、医師免許は無いが、そこらの開業医が裸足で逃げ出すくらいの知識と腕前は持っているつもりだよ」
「そうか……」
「————ねー、いつまでミロワをのけ者にするのー……?」
ジゼルの返答にタスクがうなずいた時、痺れを切らせたミロワが戸口へと姿を現した。
「ミロワちゃん、こっちに来ちゃあ————」
「わーっ! リスだーっ!」
『リス型晄石獣』のフェリックスの姿を見つけたミロワは眼を輝かせてケージの前に走り寄った。しかし、フェリックスは眼の前に人間が立っているというのになんの反応も見せない。
「…………‼︎」
先ほど自分に見せた反応とはまるで違うフェリックスの様子にジゼルは驚きを隠せない。
「ミ、ミロワ嬢……、キミはいったい……⁉︎」
「え?」
ジゼルの声にミロワが反応すると、遮るようにタスクが間に入った。
「ミロワ、俺はこの女にお前の身体の検査を頼んでもいいと思っているんだが、お前はどう思う?」
「…………」
「アニキ⁉︎」
否定じみた声を上げたジャンをタスクは眼で制した。
「ジャン。お前の言いたいことも分かるが、俺はこのジゼル殿の探究心に感じ入った。彼女の研究への情熱は本物だと思う」
「アニキ……!」
「だが、一番重要なことはミロワの気持ちだ。ミロワ、お前が嫌だと言うなら別の者に当たろう」
「…………」
ミロワはジッとジゼルの顔を見つめて何やら思案した後、パンと手を叩いた。
「……うん、いいよ! ミロワ、この人なら大丈夫だと思う! 女の人だし」
「そうか」
ミロワの返事を聞いたタスクは黙って成り行きを見守っていたジゼルに向き直った。
「————ジゼル殿。聞かれていた通りだ。貴女にミロワの検査を頼みたい」
「…………」
「もちろん話を聞かせてもらった礼とは別に充分な報酬を用意させてもらうつもりだ。如何だろう?」
「……如何も何もないさ」
「なに?」
ジゼルはバッと腕を広げて、先ほどのミロワ以上に眼を輝かせた。
「私もミロワ嬢に大いに興味が湧いた。こちらこそ是非お願いしたい!」
「ああ、よろしく頼む。ジゼル殿」
タスクは差し出されたジゼルの手を力強く握り、契約の証として握手を交わした。
「あーあー、んな簡単に決めちまって、どうなっても俺は知らねえぞ。まあ、女だし変態オヤジどもに比べたらまだマシか……」
「変態オヤジとは?」
耳ざとく聞きつけたジゼルにジャンは皮肉めいた表情で返す。
「アンタの前に話を聞いた連中はスケベ心が滲み出てたんだよ」
「ああ、なるほどね。だが、そういうことなら私はバイだがね」
「……はい?」
「ただ、安心してくれたまえ。検査は検査でしっかりとさせてもらうよ」
聞き慣れない言葉にタスクは首をひねった。
「ジャン、『ばい』とはどういう意味だ?」
「あー……、なんて言ったらいいかな…………『両刀使い』?」
「…………」
「アニキ、どうするよ? 今ならまだ間に合うぜ?」
「…………大丈夫だ、ジゼル殿の探究心を俺は信じる……!」
タスクは自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
———— 第7章に続く ————




