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鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第4章 不可思議な女性

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第21話 姉弟

 捜していた姉・キョウカらしき女性を保護することになったタスクとジャンは彼女の身の回りの物を揃えるため、そして状況を整理するために付近の街へとやって来ていた。

 

「クソ……、ゼフィール号のリアシートには絶対、かわい子ちゃんしか乗せねえつもりだったのに……!」

 

 街の外壁から少し離れた林に停車したジャンがブチブチと文句を漏らすと、リアシートから降りたタスクが反応する。

 

「うるさい。姉上……をお前に密着させる訳にいくか」

「へーへー、そうかよ。そんじゃ、その姉上サマは————」

 

 タスクの特等席だった側車に二人が視線を向けると、謎の女性がクウクウと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

「……乗り心地が良かったようで何よりだね————で、これからどうするよ?」

「…………」

 

 タスクはジャンと共に街の方へ顔を向けた。

 

 すでに陽は落ちて真っ暗だが、まだ眠るような時刻ではない。街の入り口ではやはり門番による検問が敷かれていた。

 

「街の規模的には、あのリンファちゃんがいたエティエンヌと同じくれえか。あん時みてえにまた門番にカネ握らせる?」

「……()した方がいいな」

「だよな。あんまりやり過ぎると俺も眼をつけられるし、何より今回はこの不思議な眠り姫もいらっしゃる。色々ツッコまれたら、さすがの俺サマもシドロモドロになっちまいそうだ」

「そうだな……」

「悪いけど、アンタらにはここで野宿してもらって、俺が明日必要なモンを買ってきてやろうか? 身分証を持ってんのは俺だけだし」

 

 もっともらしいジャンの言い分だが、自分だけフカフカのベッドで眠りたいという願望が透けて見えた。タスクは首を振ってその提案を否定する。

 

「いや、姉上を早く清潔な寝床で眠らせてあげたい。俺たちも行こう」

「行くって、どうすんだよ? まさか検問破りする気かよ⁉︎」

「違う。『毘沙門天(ビシャモンテン)』の力で強化した俺が姉上を担いで外壁を乗り越える。闇夜に紛れれば問題はないだろう」

「……もうなんでもアリになってきたな……」

 

 

         ◇

 

 

 ————正規の手順で街に入ったジャンと適当な空き地で合流したタスクたちはチェックのゆるそうなホテルに部屋を取った。

 

 タスクが二人部屋のベッドに謎の女性を寝かせると、ソファーに腰掛けたジャンが再び文句を口にする。

 

「チェッ、なんで俺が一人部屋なんだよ……」

「お前と姉上を同じ部屋にさせるはずがないだろう」

 

 冷静にツッコんだタスクはテーブルに着いて水差しからコップに水を注いだ。

 

「…………」

 

 一息で水を飲み干したタスクは空になったコップをテーブルに置いて嘆息を漏らした。ソファーからその様子を眺めていたジャンが声を掛ける。

 

「10年越しに姉ちゃんと再会したってのに、あんまり嬉しそうじゃねえな」

「……率直に言って混乱している」

 

 タスクの(いつわ)らざる感想にジャンは真顔に戻ってうなずいた。

 

「無理もねえよ。俺がアンタの立場なら、とっくに頭がおかしくなってるぜ」

「…………」

 

 ジャンの励ましの言葉にタスクは眼を伏せて感謝の意を示した。

 

 ジャンはベッドで寝息を立てている謎の女性に顔を向け口を開いた。

 

「————頭が回ってねえとこ悪いけど、状況を整理しとこうか」

「……ああ」

「まず、このネエちゃんがアンタの姉貴だってことは間違いねえと」

「ああ、間違いない」

 

 即刻断言するタスクにジャンはうなずいて続ける。

 

「ここに来る道中俺も色々考えてたんだけどよ、モグリの医者から聞いた話によると、顔にヒデエ傷を受けた奴を治療する整形手術ってモンがあるらしい」

「整形手術……?」

「その技術を応用して顔を丸々別人のように変えちまうって研究も進んでるらしいぜ?」

 

 ここまで話を聞いたタスクはジャンの言わんとすることを理解した。

 

「……つまり、お前が言いたいのはこの姉上が顔を変えた全くの別人ということか……?」

「ああ。ホクロの位置が右眼にあるってのは、単純に手術した奴が間違えたってオチだったりして……」

「それはない」

 

 再び断言したタスクはイスから立ち上がって、謎の女性の枕元へと歩み寄った。

 

「まず、その手術とやらを行った形跡が全く見られない。そのような大掛かりな処置をすればなんらかの痕が残りそうなものだ」

「……だよなあ。悪い、俺も混乱しちまってるみてえだ」

 

 タスクはジャンの言葉には応えず、謎の女性の寝顔を優しく見守りながら続ける。

 

「————それになにより彼女の持つ雰囲気は、生まれてからずっと一緒に育った姉上のものだ……!」

「……分かったよ。姉弟(きょうだい)のいねえ俺には理解できねえ感覚だが、アンタがそこまで言うんなら、きっとそうなんだろうよ」

 

 降参したように腕を上げたジャンだが、それでも負けじと口を開いた。

 

「でも、そうなってくるとやっぱ歳が合わねえのがネックなんだよなあ……」

「…………ッ」

 

 この動かし様のない事実はタスクの痛いところを突いた。

 

「…………そんなことは、どうでもいい……」

「なんだって?」

「あの頃の姉上と無事に再会できた。それだけで充分だ。故郷に戻って療養すれば失われた記憶もいずれ戻るはずだ……!」

「仇の野郎はもういいのかい?」

「…………‼︎」

 

 ジャンの指摘はタスクの急所を再び的確に捉えた。ジャンはソファーから立ち上がり黙り込むタスクを指差した。

 

「……なあ、タスクのアニキ。アンタも自分で気付いてるはずだ。そのネエちゃんは姉貴じゃねえかも知れねえってことに……」

「————まれ……」

「アンタは、降って湧いたようなそのネエちゃんを行方不明の姉貴と思い込みたい(・・・・・・)んだ。そうだろ……⁉︎」

「黙れッ‼︎」

 

 心の(もや)を振り払うようにしてタスクが声を荒げる。

 

「お前などに俺の気持ちが分かるか! 十年捜し求めていた姉上らしき人が眼の前に現れたんだぞ‼︎ それにすがって何が悪い⁉︎」

「アニキ……」

 

 タスクの剣幕にジャンが言葉を失った時、眠っていた謎の女性が眼を覚ました。

 

「…………⁉︎」

 

 二人の険悪なムードを感じ取ったのか、謎の女性はベッドから起き上がると、タスクを庇うようにして両腕を広げた。

 

 その漆黒の瞳は正面に立つジャンを睨みつけて離さない。

 

「な、なんだよ……そんな睨むなよ、怖えって……!」

「…………!」

 

 謎の女性に背中で庇われたタスクの脳裏に在りし日の記憶が蘇った————。

 

 幼い頃に森で狼に襲われた時も姉・鏡花(きょうか)は恐怖に震える身体を奮い立たせ、こうして庇ってくれたのである。

 

「……姉……、上……ッ!」

 

 膝を突いたタスクの双眸から二筋の雫が流れ落ち、床を濡らした。

 

 

 ————それはまさしく、弟を背中で守る姉の姿であった。

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