第20話 鏡合わせ
素顔が明らかになった謎の人物を前にタスクが棒立ちになっていることを不思議に思ったジャンは自らもバイクを降りて彼の肩に手を掛けた。
「急に固まっちまってどうしたんだよ、アニキ————」
呆然と立ちすくむタスクの横に並び立ったことでジャンの眼にも謎の人物の素顔が確認できた。
絹のように艶々とした長い黒髪に、吸い込まれるような黒真珠の瞳。
————謎の人物は女性だった。
歳の頃は二十歳くらいだろうか、東洋系の顔立ちのようだが人種を超えたその美しさにジャンも一瞬で見惚れてしまった。
「……な、なんだ、てっきり野郎かと思ってたらネエちゃんだったのか。でも、すっげえ美人だな……! 特にその右眼に並んだ2個のホクロが何とも言えずにセクシーで————?」
口に出しながら何かに気付いたジャンは隣のタスクにゆっくりと顔を向けた。
「————姉上……」
「ええっ⁉︎」
ジャンが素っ頓狂な声を上げる中、タスクはゆっくりと黒髪の女性に歩み寄りひざまずいた。
【……姉上、間違いない……! あの時と全く変わらない……、鏡花姉上……ッ‼︎】
「ピィィ! ピピィッ♪」
震える手で女性の手を包むと、上空からシュウも降りて来て嬉しそうに女性の周りを飛び回っている。
その様子を狐につままれた面持ちで眺めていたジャンは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「……マジかよ。アニキが10年捜しても見つからなかったってのに、こんなことあんのか……! やっぱり俺ってラッキーボーイなのか……⁉︎」
呆れ顔で自画自賛した時、タスクが女性の肩を掴んで声を荒げた。
【————姉上! どうしたんです⁉︎ 俺ですよ、佑です‼︎】
扶桑語でまくし立てているためジャンには内容が分からない。しかし、タスクの尋常ではない様子にジャンは慌てて彼を落ち着かせに入った。
「落ち着けよ、アニキ! 急にどうしたんだよ⁉︎」
【————放せッ!】
興奮したタスクに突き飛ばされジャンは豪快に吹っ飛ばされた。
「……痛ってえ……! 俺は普通の兄ちゃんだぜ。ちっとは手加減しろよ……」
【あ…………】
顔を歪ませて尻をさするジャンの姿にタスクは幾分か冷静さを取り戻した。
「……すまん、ジャン……!」
「ああ」
タスクに手を貸され立ち上がったジャンは女性とタスクの顔を交互に見回して尋ねる。
「マジでこのネエちゃんはアンタの姉貴なのかい……?」
「ああ。姉上だ……!」
「じゃあ、何で急に興奮し出したんだよ?」
「……それが————」
◇
「————記憶ソーシツ⁉︎」
名もなき街道にまたしてもジャンの素っ頓狂な声が響き渡った。
「……ああ。それしか考えられない。いくら俺が扶桑語で呼び掛けても全く反応がない……!」
「…………! せっかく見つかったってのに、よりによって記憶喪失かよ……」
「頭部に強い衝撃を受ける、または精神が衰弱するなども原因として考えられると聞いたことがある。恐らく姉上はこの十年、異国の地で大変な苦労をなされたのだろう……‼︎」
タスクはここまで口にすると、うつむいて眼頭を押さえた。しかし、ジャンは少し離れたところでシュウと戯れている女性に顔を向け、冷静に口を開いた。
「……しつこいようだけどよ、あのネエちゃんはアンタの姉貴で間違いねえのか……⁉︎ よく似てる赤の他人って可能性は……」
「絶対に姉上で間違いない。あれほどシュウが懐いている上に、眼元の二連の黒子が証だ……! まるで鏡を合わせたような————⁉︎」
話の途中でタスクは不自然に挙動を止めた。ジャンはコクリとうなずいて続く言葉を引き取った。
「俺も気になってたんだ。アンタ、確か以前に姉ちゃんのホクロは『左眼』にあるって言ってたよな……? けど、あのネエちゃんのホクロの位置は『右眼』だ」
「…………」
タスクは呆然とした様子で何も答えない。
「……なあ、言いにくいんだけど、アンタも分かってるはずだから言うぜ。アンタの姉ちゃんは今年30のはずだったよな?」
「…………‼︎」
畳み掛けるようなジャンの指摘にタスクの顔が凍りつく。
「あのネエちゃんはどう見てもハタチそこそこだ。アンタの姉貴ってより、妹の方がしっくりくるぜ。そこんところはどう説明すんだよ?」
「そ、それは……‼︎」
珍しく動揺しているタスクの様子を見たジャンはフウッと息を吐いて彼の肩を叩いた。
「……悪かったよ。アンタを責めてえワケじゃねえんだ」
「…………いや」
再びうつむいて答えるタスクを励まそうと、ジャンは飛びっきりの笑顔を見せた。
「————ま! ここでいくら足りねえ頭をヒネってもしょうがねえか! とりあえずアンタの姉ちゃんっぽい人を見つけたのは前進に違いねえんだ! このまま前向きに行こうぜ!」
「ああ……!」
ジャンの底抜けの明るさにタスクは心が軽くなった気がした。
「そうと決まりゃ、あのネエちゃんもなんかボロボロっぽいし、近くの街で宿でも取ろうぜ」
ここまで話すと、ジャンは二頭の『晄石獣』の死骸を指差した。
「つうワケであの『紫晄石』の切り出しを頼むわ。保護すんなら色々と女モンも揃えなきゃいけねえしな」
「ああ、分かった」
タスクが『晄石』の切り出しに掛かると、ジャンは依然として無邪気にシュウと戯れている謎の女性に向き直った。
(……他にも色々ギモンはあるぜ。『晄石獣』どもがあのネエちゃんを襲わなかったってのもそうだし、突然俺たちの前に現れた理由とかよ……)
そんなジャンの心の声が聞こえたのか、謎の女性が不意に顔を向けてきた。
「…………」
微笑は浮かべているけれども、なんの感情も込められていない漆黒の瞳に見据えられたジャンはドキリとして心臓の鼓動が早まったが、謎の女性は何も言わずに再びシュウと戯れに戻ってしまった。
(……マジで何モンなんだ、あのネエちゃんは……⁉︎)




