第105話 消去
————粗末なベッドと小さなテーブルと棚が置いてあるだけの小部屋にタスクの姿はあった。
「アニキ‼︎」
「タスクッ‼︎」
ジャンとリンファが同時に声を掛けるが、包帯姿のタスクの双眸は固く閉ざされ微動だにしない。
「……ア、アニキ、まさか……ッ⁉︎」
「落ち着きたまえ。とても浅いが呼吸はしているよ」
最悪の事態を想像して青ざめるジャンに対し、冷静に観察していたジゼルが安心させるように声を掛けた。
「馬鹿たれジャン! 縁起でもねえこと言うな!」
「わ、悪い。つい……」
リンファに叱責されたジャンが頭を抱えると同時に入り口のドアがノックされた。
「————キミたちはこの患者の知り合いかい?」
振り返ると、白衣を纏った初老の男性が開かれたドアに指を添えて立っていた。
「そうですが、あなたが彼の処置を?」
丁寧に応対するジゼルに、職員の男性は白衣のポケットに手を突っ込んでうなずいた。
「ああ、そうだよ。引き取り手が早く見つかって良かった。その彼は身元が分からないから困ってたんだ」
「彼を治療していただき感謝します。お訊きしますが、彼の容体は?」
「全身打撲だな。そう……まるで巨大な何かに身体を強く握られたような感じだった。幸いと言っていいのか、内臓は無事なようだが」
「巨大な何かじゃと……⁉︎ まさか、タスクは大型『晄石獣』にやられたんか……⁉︎」
リンファのつぶやきを聞いた職員は眼を丸くさせた。
「……『ジェムート』? なんだい、そりゃ?」
「はあ? 『晄石獣』は『晄石獣』だろ。アンタ、夜勤明けで寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけてはいないつもりだが……、とにかく、彼の傷の処置は終わっている。出来れば明朝にでも引き取って行ってくれると助かる」
「明朝って……、アニキの意識はまだ戻ってねえぞ……!」
食ってかかるジャンに職員は大きく腕を広げた。
「仕方ないだろ。ここはボランティアで運営されている施設なんだ。ベッドも足りなけりゃ職員の数も足りてないんだ」
「————分かりました。明朝には彼を引き取らせてもらいます。もちろんその際には寄付もさせてもらいますよ」
「助かるよ」
ジゼルの返事を聞いた職員は再びポケットに手を突っ込んで部屋を出て行った。その後ろ姿を横眼で追いながらジャンがつぶやく。
「……ケッ、なんだ、あのオッサン。『晄石獣』を知らねえとか、ぜってえ寝ぼけてんだろ」
「…………」
悪態をつくジャンにジゼルが考え込む仕草を見せた時、窓から『コツコツ』という小気味よい音が響いてきた。
「————シュウ!」
見れば外側の窓枠にシュウが立っており、クチバシを使って音を立てていた。
「シュウ! お前は無事じゃったんか!」
慌ててリンファが窓を開けると、シュウは二本の脚を使って軽やかに降り立ちそのまま飛び跳ねてタスクのそばに寄った。その様子にジャンとリンファは驚きを隠せない。
「シュウ……、お前、まさか……!」
「もしかして飛べれんのんか⁉︎」
「……ピッ……」
『…………‼︎』
小さく返事をしたシュウにジャンとリンファが言葉を失う中、ジゼルはかがみ込んでシュウのつぶらな瞳を見つめる。
「……キミも無茶をしたようだね、シュウくん……」
「ピッピ……」
「キミはミロワ嬢がどこに行ったのか知っているかね?」
「……ピッピ……ッ‼︎」
「……そうかね……」
悔しげにうつむいたシュウの頭を優しく撫でたジゼルは無言で立ち上がった。
「ハカセ、シュウの言ったことが分かったのか⁉︎」
「ミロワはどこにおるんじゃ⁉︎」
「いいや、サッパリ分からない」
先ほどの職員のように腕を広げて見せるジゼルに二人が眼を尖らせて詰め寄る。
「期待させやがって、クソハカセ!」
「ええ加減にせえよ、ジゼル!」
「まあまあ、落ち着きたまえよ、二人とも。私はこれから出てくるから、キミたちはタスクくんに付いていてくれたまえ」
「? どこに行こうってんだよ?」
「ミロワ嬢の行方を聞き込みに行くのと、一つ気になることがあってね。それでは失礼」
言うなり、ジゼルは颯爽と出て行ってしまった。
「ジゼルの奴、相変わらずマイペースな奴じゃ」
「ほっとけよ、それよりアニキとシュウの方が大事だ」
「そうじゃな……」
リンファはシュウを膝の上に抱えて、死んだように眠るタスクの顔を見つめた。
◇
————翌朝、いつの間にか戻ってきたジゼルは、ミロワの行方に繋がる情報が一切出なかったことを二人に報告し、ひとまずタスクを自分の屋敷に移すことを提案した。シュウはグロンダンを離れることに難色を示していたが、タスクのためだと説得するとようやく納得してくれたようだった。
途中でヘイワンたちを引き連れ、ロワゴールに到着したのは三日後の夜であった。その夕食の席————。
「————なあ、ハカセ。そういや、グロンダンで言ってた気になることってなんだったんだ?」
「ああ、アレかね。まだ充分なデータが取れていないが、どうやらこの世界から『晄石獣』と『晄石』が消失して、人々の記憶からも消去されたようだ」
何気なく答えて食事を続けるジゼルにジャンとリンファは口をポカンとさせた。
「…………は? 今、なんつった……?」
ようやく絞り出したジャンの言葉に、ジゼルは口中の食物をゴクンと飲み込んでから答える。
「そのままだよ。いや、正確に述べると、人間以外の『人間』から『晄石獣』と『晄石』に関する記憶がスッポリと抜け落ちている。あの医療施設の職員のようにね」
「あ……! あのオッサンか……! ……確かに、帰り道で一匹も『晄石獣』を見なかったな……!」
「……人間以外の『人間』って、どういう意味なんじゃ……⁉︎」
リンファに尋ねられたジゼルはナイフとフォークを置き、ナプキンで口を拭った。
「私が訊き込んだ統計からグロンダンの住民は100%、グロンダンからの帰り道で立ち寄った町や、ここロワゴールの住民のおよそ75%がソレに当たると私は考えている」
「……ソレって————ああッ‼︎」
話の途中で突然ジャンが表情を凍りつかせて立ち上がった。
「鋭いね、ジャンくん。おそらくキミが思い浮かべていることが現実に起こっている」
「ジャン、いったいなんなんじゃ⁉︎ ウチが分かるように言ってえや……!」
「…………た、多分だけど……、ハカセが言ってる人間以外の『人間』ってのは人間をコピーした『鏡人』のことだと思う……!」
「……なん、じゃと……‼︎」
ジャンの返事にリンファが固まると、代わりにジゼルが口を開く。
「その通り。ここからはあくまでも私の想像だが、すでにこの世界の人類の75%以上は『鏡人』へと写し代えられていて、人類の過半数から『晄石』の記憶が消去されているとなると、『晄石』に関わる産業はいずれ衰退するのではないかと思われる」
「『晄石』産業が衰退……⁉︎」
「ああ、私の車やキミのバイクなどすでに組み込まれていた物は残っていたようだけど、新たな『晄石』が産み出されない以上、鉱脈が尽きた鉱山は廃れるしかないだろう?」
「…………‼︎」
あまりの衝撃にジャンが腰をストンと下ろすと同時にようやくリンファが声を上げる。
「……ちょっと待ってえや。誰がそんなとんでもねえことを仕出かしたんじゃ……⁉︎」
「これほどの規格外な事象を実行出来る存在に私は心当たりが一つしかいないね」
『————テ、『地母神』……⁉︎』
重なったジャンとリンファの声にジゼルは重くうなずく。
「だが、いまだ全ての人類を写し代えられていない状況でテルースが何故このようなことを実行したのか……」
「そんなん決まっとる! タスクがテルースを従わせたんじゃ!」
「そうかも知れない。だが、もう一人『カミオロシ』を行える人物を我々は知っているね」
「……ミロワちゃん————キョウカさん、か……!」
「ああ」
ジゼルが再びうなずくと、ジャンは虚空を見つめてつぶやいた。
「……でも、それじゃあ、ミロワちゃんはどこに行っちまったんだ……⁉︎」
「…………」
流石のジゼルにもその問いに答えることは出来なかった。
三人が黙り込んだその時————、
「————ピィィィィッ‼︎」
いまだ昏睡状態のタスクの部屋から、助けを求めるようなシュウの鳴き声が響いてきた。




