第102話 決意の瞳
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『————【地母神】を【カミオロシ】で自分の肉体に宿す……⁉︎』
信じられないといった様子でジャンが繰り返すと、ジゼルはいつになく重苦しい表情でうなずいた。
『……そう。原理は分からないが、タスクくんは間違いなくその策を実行するはずだ……!』
『…………‼︎』
途方もないタスクの試みにジャンは呆気に取られていたが、やがて手を叩いて破顔した。
『————ス、スゲえっ! 要するにテルースを使役して言うことを聞かせるってことだろ⁉︎ それならテルースを倒さずに人類を守れるじゃんかよ‼︎』
暗闇の中に一筋の光明が見えたことで、ジャンは興奮した様子で拳を握ったが、ジゼルとリンファの表情は重いままである。
『……あ? なんだよ二人とも、いつまでも暗い顔して? ここはアニキの起死回生の策を喜ぶとこだろ』
『…………たれ……』
『は? なんだって? リンファちゃん』
『————馬鹿たれぇッ!』
怒号と共にリンファはジャンの横っ面を張った。
十二分に手加減されていたもののジャンは豪快に吹っ飛ばされ、ゴロゴロと数回転がってようやく勢いが止まった。
『痛ってえ‼︎ 急に何すんだよ、リンファちゃん⁉︎』
打たれた頬をさすりながら身体を起こしたジャンに肩を小刻みに揺らすリンファが消え入るような声で答える。
『……お前はタスクと一番付き合いが長えはずなのに、なんにも分かっとらん大馬鹿モンじゃ……‼︎』
大粒の涙を流しながら話すリンファの様子にジャンは打たれた痛みを忘れて問い掛ける。
『ど、どういうことだよ……⁉︎』
『————あまり詳しくはないが、タスクくんやゼンマ氏が身に宿していた【神】とは多神教に数多存在する土着の【守り神】のような存在なのだろう。翻って【地母神】とは、この世界を創り出した【唯一神】……!』
感情が昂り自分の気持ちを上手く話せないリンファに代わって答えたジゼルにジャンは大きく眼を見開かせた。
『……も、もしかして、アニキが力を借りてるカミサマとは【格】が違えって言いてえのか……⁉︎』
『恐らく————いや、タスクくんのあの様子では間違いないだろう』
『……ちょ、待てよ……そういや、ゼンマは手持ちの最強の【神】をちょっと宿しただけで肉体に限界が来たって聞いたぜ……? そんじゃ、テルースなんかを宿しちまったらアニキはいったいどうなっちまうんだよ……⁉︎』
『……彼はハッキリと言ったよ。【勝算など無い】とね……』
『…………‼︎』
その言葉にジャンは先ほどの喜んでいた己を恥じるように頭を抱えて膝を突いた。
『……だから、アニキはテルースの力が弱まるギリギリまで待ってたってことだったのかよ……!』
『それでも上手くいく確信が持てなかったからこそ、彼は独りで行ってしまったんだ。言えばキミたちに必ず止められると思って……』
『……アニキ……!』
ジャンが頭を抱えたままうずくまる中、リンファは無言でヘイワンを介抱していた。
『何をしているんだ、リンファ嬢……』
その様子に気付いたジゼルが声を掛けたが、リンファは背を向けたまま淡々と答える。
『決まっとるじゃろ、タスクのところに行く』
『タスクくんの意志を無駄にする気かね……⁉︎』
『……そんなん知らん』
『なんだって……⁉︎』
眉根を寄せてジゼルが問うと、リンファは勢い良く振り返った。
『ウチらーの気持ちも考えんと独りで突っ走ってしもうたタスクに一発お見舞いしちゃらんとウチの気が済まんのんじゃ……ッ!』
『リンファ嬢……!』
強い言葉とは裏腹にぐしゃぐしゃの顔のリンファにジゼルは何も言うことが出来ない。
『……そうだよな。独りでカッコつけ野郎にはそんぐれえしてやんねえとな……!』
立ち上がったジャンは涙に暮れるリンファの肩をポンと叩いて、先ほど打たれた頬に触れた。
『俺にくれたビンタよりも強烈なヤツをアニキにプレゼントしてやれよ、リンファちゃん』
『ジャン……!』
『————待ちたまえ』
わずかに笑顔が戻ったリンファとジャンをジゼルが呼び止める。
『止めても無駄じゃ、ジゼル……!』
『……ハカセ。悪いけど、アンタがいくら止めようと俺らはアニキとミロワちゃんのとこに行くぜ……!』
『分かっているよ』
『は?』
意外そうな顔つきで訊き返すジャンに対してジゼルは自らの車に親指を向けた。
『いくらヘイワンくんでも休息なしで高速巡航は厳しいだろう。乗りたまえ、私の車で一緒に行こう』
『……へっ、アンタも素直じゃねえな』
『なんのことだね? 私は興味深い研究テーマになるかも知れないと思い直しただけさ』
『……フン、そういうことにしといちゃるわ……!』
改めて意志を一つにした三人はタスクとミロワの元へ向かうべく、同時に車へと乗り込んだ。
◇ ◇
「————『地母神』をその身に『降ろす』……?」
テルースの顔つきが一気に険しさを増したが、覚悟を決めたタスクは揺るがない。
「ああ……!」
「……愚かなことを……。東洋の小神とこの私が同格だとでも……⁉︎」
「そこまで自惚れてはいない。だから俺は待っていた。お前の力が衰える瞬間を……!」
「…………!」
タスクの指摘を受けたテルースは確かめるように左腕を軽く掲げてみたが、骨と皮だけになったそれは小刻みに震えるばかりで一向に力が入らなかった。
「…………ふふふ……、同胞が『我が子』に取って代わられることを承知で時を待ったという訳ですか。耳障りの良い言葉を口にしながら腹では奸計を巡らす————人間らしい小賢しさです」
「————言い逃れはしない。俺は矮小で卑怯な人間だ。全ての人間を救うことよりも、この眼に映る近しい者たちを少しでも守ることが出来る方法を選んだ……‼︎」
「…………」
タスクの動揺を誘うことが出来なかったテルースはアプローチを変える。
「……ゼンマの最期の忘れてはいないでしょう。人の身に強大な神を宿せば果たしてどうなるか……⁉︎」
「そんなことは百も承知だ」
「……なんですって……⁉︎」
怪訝な表情を浮かべるテルースに対し、タスクは決意に満ちた瞳で自らの胸に手を置いた。
「————あの時、姉上がそうしたように、今度は俺がこの命を皆に捧げる番だ……‼︎」




