第101話 変わり果てた姿
テルースの元へ先導するミロワの後を追いながらタスクは思案する。
(……街中から離れて行っている……?)
てっきりスレットとして自分たちを誘き寄せた診療所か、または街の長の居城などへ案内されるものだと思っていたタスクだったが、その予想に反してミロワが街の中心部から外れるような進路を取っていることに気が付いた。
「————ミロワ」
「…………」
タスクに声を掛けられたミロワは振り向くことも足を止めることもしなかった。
「何処に向かっている……?」
「…………」
やはりミロワは答えない。
「ミロワ————」
「……すぐに分かるわ。黙って付いて来て」
「…………」
ようやく口を開いたミロワだったが、その声は久しぶりに再会した先ほどとは別人のように冷たいものであった。
◇
ミロワに案内された先は港————海だった。
十数艘の大型船が停泊し、数十にも及ぶ倉庫が立ち並ぶその様はこれまでの人生でタスクが眼にしたことのない規模である。
しかし普段は活気に満ちているであろう場所に人影は見られず、街の中と同じく不気味な静寂が港全体を支配していた。
「————母様」
不意にミロワが天上に浮かぶ月へ呼び掛けた。その視線を追ってタスクが顔を上げると、神秘的な輝きを放つ満月に黒点のような影が一つ見えた。
手をかざして月光を遮るタスクの瞳に映る影が徐々にその大きさを増し、細く弱々しい輪郭が鮮明となってくる。
「……私に話したいこととは何ですか……?」
満月を背にして見下ろすテルースから発せられた声はとてもか細く、しわがれたものだった。
「…………」
タスクはその声に答えず、中空に浮かぶテルースの姿を注視した。
背後からの月光により陰に包まれてはいたが、その顔や首には亀裂のような深いシワが幾重にも刻まれ、深く窪んだ眼元の中心にある瞳は真白く濁っていた。さらに、透き通るような金色だった髪からは水分と油分が抜け落ち、細く荒れた白髪へと変貌してしまっていた。
「…………!」
初めて顔を合わせた時は四十代ほどだった容姿が、たった二週間程度会わないうちに五十は齢を重ねている。予想していたとはいえ、そのあまりの変わり果てた様子にタスクは思わず息を飲んだ。
「……答えなさい」
再びしわがれた声が響き、タスクはわずかにうなずいて口を開いた。
「————その姿は……⁉︎」
タスクの質問にテルースのシワだらけの眼元がピクリと反応した。
「……分かっているでしょう。沢山の『我が子』を産み出したことで、この身体に多大な負担を強いてしまった……!」
「あの山あいの町もこの街もすでに写し代えられてしまった。いったいどれほどの『鏡人』を産み出した……⁉︎」
「言ったはずです。地球の身体に巣食う人間を全て『我が子』と写し代えると……」
「…………‼︎」
その言葉から、すでに大多数の人間をカバー出来るほどの『鏡人』が産み出されていると思われタスクは慄然としたが、反対にテルースは骨張った腕を広げて高揚した面持ちとなった。
「————もうすぐです。もうすぐ私の悲願が叶う。そうなればこのシワまみれの醜い顔も、艶の失せた髪も、骨と皮だけとなったみすぼらしい肉体もやがては癒され、地母神はかつての美しかった姿を取り戻せるのです……‼︎」
寒気を覚えるほどの妖しい笑みを見せたテルースは広げていた腕を下ろして再びタスクを見下ろした。
「あなたが話したかったこととはこれだけではないでしょう。回りくどい真似は止して正直に話したらどうですか……?」
「……ああ————」
◆ ◆
『————な、なんだよ……アニキの決死の試みって……⁉︎』
『…………』
ジャンに尋ねられたジゼルは長い沈黙の後、意を決したように口を開いた。
『……二人とも、タスクくんが何故二週間余りもここで時間を潰していたのか分かるかね?』
期待していたものとは違う話の切り出しにジャンとリンファは顔を見合わせたが、すぐに気を取り直して一斉に答える。
『時間を潰してたって……アニキはテルースと戦うために怪我が治るのを待ってたんだろ?』
『そうじゃ! それにミロワの傷も治るのもな! そうせんと、またミロワが人質に取られてしまうがな!』
『……そうだね。もちろんタスクくんにはその意図もあったはずだが、彼が本当に待っていたのは別のことだったんだよ』
『また勿体ぶった言い方しやがって! 別のことって何だよ!』
『さっさと言えや、ジゼル!』
この期に及んでも回りくどいジゼルにジャンとリンファが同時に噛み付いた。
『タスクくんの真の目的はテルースが弱体化することだったのさ』
『弱体、化……⁉︎』
またしても口を揃えた二人にジゼルはゆっくりとうなずいた。
『……時間が経つほどに『鏡人』にコピーされる人間が増えることはタスクくんにも分かっていた。だが、彼は選択したんだ。策の成功率を少しでも上げることが一人でも多くの人間を救えると考えて……!』
『————だから、その策ってのは何なんだよ⁉︎』
「……それは————』
◇ ◇ ◇
テルースに問われたタスクは懐のシュウを傍らに立つミロワへと差し出した。
「…………?」
「ピ……?」
最後にミロワとシュウの顔を刻み込むように瞳に収めたタスクはキュッと唇を結んで宙に浮かぶテルースを見上げた。
「————俺がここへやって来たのは、地母神をこの身に『降ろす』ためだ……‼︎」




