第100話 仮初の投降
天上に浮かぶ月が真円を描く頃、タスクは再び因縁の地・グロンダンへと戻って来た。
街を望める丘に降り立ったタスクはここまで懸命に運んでくれたツユリとネージュの労をねぎらうように優しく首を撫でる。
「二人とも、ここまで本当によく駆けてくれた……! お前たちの尽力に感謝の言葉もない……‼︎」
二頭は全身に汗をかいてまさに疲労困憊といった様子だったが、深く頭を下げるタスクの姿に疲れも吹き飛んだようにいなないた。
「……ゆっくり休んでくれ……!」
名残惜しそうにもう一度、二頭を撫でたところでタスクはようやく視線を切ってグロンダンへと顔を向けた。
「…………」
以前は夜の闇の中でも人工の明かりが煌々と灯っていたが、今はその時とは打って変わってまるで廃墟のように真っ暗となっていた。
(……あの様子では、グロンダンの住民は皆『鏡人』に写し代えられたと見ていいだろう……)
「ピィ……」
眠りにつくグロンダンを眺めながらしばらく考え込んでいたタスクに懐から小さな声が掛かった。
「……そうだな、シュウ。打って出なければ何も始まらないな……!」
相棒の喝にうなずいたタスクは太刀を握り締め、丘を下っていった。
————正門は大きく開け放たれており、門番の姿も見えなかった。
門の陰からタスクが中の様子を窺うが、遠目から確認した時と同じく明かりは一つも見られず、街はひっそりと静まり返っていた。
(……さて、鬼が出るか蛇が出るか————)
意を決して街に足を踏み入れると、侵入者を感知したプレーン型『鏡人』が十数体、建物の陰から続々と姿を現した。
侵入者の姿を写し取らんと『鏡人』たちの胸の珠が怪しく輝き出す。それはまるで、暗闇の中から獲物を捕捉した捕食者の無慈悲な眼光のようであった。
「…………」
特段焦る様子もなくタスクが太刀を抜くと同時に『鏡人』たちが赤い光を射出する。
対象の情報を読み取る光線を向けられたタスクだったが、左手に構えた手鏡で巧みに反射させながら右の太刀を振るっていく。
光線を射出している間は動きの鈍る『鏡人』たちを一体、一体と軽快に斬り伏せ、最後の一体を唐竹割りに仕留めた。
ゆっくりと左右に分かれ倒れていく『鏡人』の鏡体の向こうに佇むは、薙刀を携えた黒髪の乙女。
「————ミロワ……」
「ピィ……」
タスクとシュウに呼び掛けられたミロワは穏やかな顔つきで口を開く。
「ありがとう、シュウ。一人でどこかに行ってしまったと思っていたら、タスクを連れて来てくれたのね……?」
「……ピッピ……!」
タスクは悲しげに鳴いたシュウを慰めるように頭を撫でると、未だ操られている様子のミロワに向き直った。
「ミロワ、傷はいいのか……?」
「ええ、まだ痛みはあるけれど一応塞がってはいるわ」
「そうか……!」
ミロワは死人のようだった青白さからわずかに赤みを取り戻しており、タスクはホッと息をついた。しかし、ミロワはそんな彼の気持ちに気付かず首を傾げる。
「でもタスク、せっかく戻って来てくれたのにどうして抵抗するの? あなたも母様の『子』になりに来たのではないの?」
「……ああ。だが、このような雑兵どもに写し取られることは武人として受け容れられない」
「どういうこと? どうしたいの?」
「…………」
ミロワに尋ねられたタスクは太刀を鞘に収めて答える。
「テルースの元へと案内してくれ。最後に話をさせてほしい」
そう言ってタスクは鞘ごと太刀をミロワに向けて差し出した。
「…………」
武士の魂とも言える太刀を躊躇なく差し出したことでミロワは警戒を解いたようである。太刀を受け取ったミロワは感情の伴わない無機質な笑みを浮かべた。
「母様に直接写し代えてもらいたいのね? いいわ、付いて来て」
嬉しそうに踵を返したミロワを追おうとタスクが一歩踏み出すと、懐のシュウが心配そうな眼差しを向けてくる。
「大丈夫だ、シュウ。安心しろ」
「……ピィ」
小声でシュウに声を掛けたタスクは再び足を踏み出し、先を行くミロワを追った。
◆
————一方、時間はわずかに遡る————。
『————ん、んん……』
意識を取り戻したリンファが眼を開けると、視界が薄暗くなっていることに気が付いた。
『……ウチ、寝とったんか……? みんなは————』
ハッキリとしない頭を振って周囲を見回したところ、ジャンと愛馬・ヘイワンが横たわる姿が見えた。
『ジャンとヘイワンも……? ————ジャン! 起きいっ』
リンファからガックンガックン揺さぶられたジャンは呻き声を上げながら身体を起こした。
『…………う、うう……、リンファちゃん……? ……なんか俺、記憶がぶっ飛んじまってて……それに、なんか首も痛え……⁉︎』
『ウチも記憶がハッキリせん。いつの間にか寝とったみたいじゃけど……』
『————キミたちは、タスクくんに眠らされていたんだよ』
二人の会話に冷静な女の声が割り込んだ。
『ジゼル! ふざけたこと言うな‼︎』
岩に腰掛け顔の前で指を組んでいるジゼルにリンファが食って掛かるが、慌ててジャンが押し止めた。
『ま、待てよ、リンファちゃん! 思い出してきたぜ、確かに俺たちアニキにやられたよ……!』
『…………‼︎』
時間が経つことで記憶が鮮明になってきたのか、リンファも顔色を変えた。
『……タスクには、絶対なんか理由があるんじゃ……! ————そうじゃ、タスクは⁉︎』
『さっきから俺も探してんだけど、姿が見えねえ……!』
『タスクくんなら一人でテルースを止めに行ったよ』
『なんじゃと⁉︎ なんで……いや、それより急いで追わんと————』
『————やめたまえッ‼︎』
慌ててヘイワンを起こそうとするリンファをジゼルが声を張り上げて制止した。
『…………!』
『ハ、ハカセ……⁉︎』
初めて見るジゼルの剣幕にリンファとジャンが眼を丸くさせる中、立ち上がったジゼルは自分を落ち着かせるようにズレた眼鏡を持ち上げる。
『……タスクくんの覚悟を無駄にさせる訳にはいかない。話そう、タスクくんの決死の試みを……!』




