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【完結】鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第12章 神降ろし

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第98話 偽らざる気持ち

 ————漆黒の空に浮かぶ月が真円に近づく頃、闇夜に溶け込むような黒髪の剣士は静かに太刀を引き抜いた。

 

 月光を浴びた白刃が神秘的な輝きを幾重にも反射させ森の木々を照らす。

 

 基本の型を一通りこなした黒髪の剣士は美しい所作で納刀した後、息をついて右の脇腹、右肩、左腿を順に押さえた。

 

(……まだ痛みはあるが、まともに『振れる』くらいには回復出来たな。これなら————?)

 

 思考の途中で後ろを振り返ると、数メートル先の樹の陰から同じく黒髪の乙女がいたずらな笑みを浮かべて姿を見せた。

 

「気配を消し取ったのに流石じゃな、タスク」

「気配は消えていても邪念が漏れていた。ジャンの奴と同じだな」

「ウチをジャンなんかと一緒にせんとって!」

 

 プウッと頬を膨らませたリンファだったが、すぐに笑顔に戻りタスクのそばへとやって来た。

 

「タスク、ちょっと話さん?」

「それはいいが、例の『策』のことならまだ話せないぞ」

 

 先手を打ったタスクにリンファは肩をすくめる。

 

「あれからウチも考えとったんじゃけど、策ってもしかして……逃げること?」

「逃げる……?」

「勝ち目の無い戦いには逃げることも重要じゃって、神州(しんしゅう)の古い兵法家が言うとったのを思い出したんじゃ。タスクもウチと初めて()うた時、逃げ出したじゃろ?」

「あ、あれは……相手が女子(お前)だったからだ……」


 思い掛けないリンファの指摘にバツが悪そうに返したタスクだったが、すぐに気を取り直して続ける。


「————勝てぬ戦はやるな、か。一つの真理だが、今回の俺の策とは違う」

「そうなんじゃ……。でも、ウチが話したいんは策のことじゃないんじゃ」

「そうなのか?」

「うん。タスクが考えたことなら絶対(ぜってえ)上手(うも)ういくってウチ信じとるもん。じゃけえ、もうなんも訊かん」

 

 迷いの無い表情でリンファが腰を下ろすと、タスクも太刀を地面に置いて続く。

 

「ウチが話したいんはこれからのことなんじゃ」

「……これからのこと?」

「うん……。なんもかんもが上手(うも)ういってミロワもシュウも戻って来たら、ウチ……みんなで一緒に暮らしたい……!」

「リンファ……」

「タスクとウチとミロワにジャンとジゼル、ヘイワンとシュウにツユリとネージュ、みんなで畑を耕したり、牛や羊を飼ったりして穏やかに暮らすんじゃ……」

「…………」

 

 月を見上げながら話すリンファとは対照的にタスクはうつむいて何も答えない。その様子に気付いたリンファは慌てて両手を振る。

 

「あっ! 急にこんなん言われてもタスクも困るよな⁉︎ タスクには家伝の技があってそれを子孫に伝えていかんといけんし……」

「…………」

「ウチもそうじゃ。ウチの門派は血の繋がりで伝えるわけじゃないけど、師父の跡を継ぐはずじゃった師姉があんなことになって、仲間もみんなおらんようになってしもうた。もう師父の技を伝えられるんはウチだけじゃ……」

 

 ここまで話すとリンファはすくっと立ち上がり、再び天を仰いだ。

 

「————でも、師姉の姿を写し取った『鏡人(ミロワール)』が死ぬ間際に『満足じゃった』って言うとったんじゃ。ウチが見たこともないような穏やかな顔で……」

「……そうか」

「死んだ師父や仲間たちには申し訳ないけど、あん時ウチ、師姉が羨ましいと思うてしもうた。ウチも自分の気持ちに正直に生きてみたいなって……」

「…………」

 

 なんと答えようかとタスクが考えていると、向き直ったリンファが先んじて口を開いた。

 

「一人で勝手にベラベラ言うてゴメンな。今のはウチの希望っていうか妄想じゃけえ、本気にせんとって?」

「リンファ……」

「それじゃあ、ウチもう寝るわ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 就寝の挨拶を交わしたリンファは軽やかな歩調で離れていった。その背を見つめながらタスクは何事かを思案する。

 

「…………これから……————」

 

 

 

 ————同じ頃、ジャンとジゼルも焚き火を囲んで意見交換をしていた。

 

「……なあ、ハカセ」

「なんだね?」

「アニキが言ってた『策』ってヤツ、アンタなんか分かる?」

「…………」

 

 焚き火に薪をくべながらジャンが質問すると、ジゼルは()を空けて口を開いた。

 

「……いや、分からない」

「ウソつけよ。今なんかミョーな間があったぞ?」

「本当に分からないよ。いくつか予想はあるが」

「あるんじゃねえかよ! さっさと白状しろ!」

 

 苛立ったジャンが声を荒げるが、ジゼルはパチパチと音を立てて燃え上がる炎を一心に見つめたままである。

 

「私自身ですら馬鹿げた考えだと思っているんだ。口に出すのも恥ずかしい」

「……アンタに『恥』なんて概念があったとは知らなかったぜ……」

「相変わらず失礼なヤツだな、キミは」

 

 ここで初めてジゼルは炎から眼を切った。

 

「焦るキミの気持ちも分からないではないが、タスクくんは冗談を口にしたり虚勢を張るタイプではないだろう。彼が『策』があると言うのなら本当にあるはずさ」

「そりゃそうだけどよ……」

「今は彼を信じて待とうじゃないか。彼の言うタイミングが来るまで」

「……分かってんよ」

 

 ジゼルとジャンは顔を見合わせうなずき合った。

 

 

       ◇

 

 

 ————翌朝、全員で集まり朝食を取ろうとした時である。

 

「皆、食す前に少しいいか?」

「あ? どしたよ、アニキ……?」

 

 箸の代わりに太刀を携えたタスクが静かに口を開くと、しっかりと眠れていなかったのか、まだ眠気の残る顔つきのジャンが反応した。

 

「……タスク、もしかして……⁉︎」

「ああ」

 

 ジャンとは違って何かを察したリンファの声にタスクはうなずいて続ける。

 

「————それでは、俺の策を説明する」

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