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NPCになるまで、あと◯日  作者: あめたす


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第16話:完璧な彫像と、世界の「ノイズ」

第16話:完璧な彫像と、世界の「ノイズ」


[場所:黄金のピラミッド・地下最深部「王の謁見の間」]


「……ちょっと、なによこの空間。金ピカなのもここまで来ると、ただの成金趣味を通り越して精神的な暴力よ。アタシの美しい網膜が、この安っぽい輝きのせいで安売りされてる気分だわ」


ヒカリは、周囲の壁を埋め尽くす過剰なまでの黄金の装飾に、扇子を激しく仰ぎながら悪態をついた。

最深部へと続く大階段の両脇には、等身大の「イケメンの彫像」が寸分の狂いもなく一列に並んでいる。老いることもなく、失言もしない、ただ完璧な造形を維持したまま、静寂のなかに佇む灰色のオブジェクトたち。


「ヒカリ様……これ、全部昔のプレイヤーですよね……? 誰も呼吸してないし、瞬きもしない。でも、顔立ちだけは不自然なほど整っていて……なんか、見てるだけで頭がパチパチします……パチパチ、パチパチ……」


ハルカが彫像の一体に手を伸ばすが、その指先はピクピクと痙攣し、空中で同じ軌道を何度も往復している。

彼女の視線はすでに彫像の顔ではなく、空間の座標そのものを凝視しているかのようだった。


「……ハルカ、それ以上触れるな。……それは、システムの誘惑に屈し、完璧な『背景』となることを受け入れた者たちの末路だ。……美しさの代わりに、彼らはすべてのノイズを剥ぎ取られた」


クニオの声には、もはや一音の抑揚すら残っていなかった。

彼の喉からは、時折「ザザ……」とラジオの混線のようなノイズが漏れ、その視線は完全に固定され、首から下だけが機械的に前進を続けている。


「……ターゲット補足。中央座に生体反応あり。……効率的戦闘隊形を維持。……無駄な会話を破棄し、秒殺を選択する」


ダグラスの瞳の奥で、赤いエラーログが高速でスクロールしていく。

彼の背負った巨大な石柱は、もはや武器ではなく、バグを起こしたアセットのように彼の背中へ不自然にめり込んでいた。


「……やめなさいよ、どいつもこいつもロボットみたいに効率、効率って。アタシがこの世で一番嫌いなのはね、マニュアル通りにしか動けない融通の利かない男と、このクソゲーのシステムよ。……さあ、出てきなさいよ。この悪趣味な部屋のオーナー!」


ヒカリが声を張り上げた瞬間、黄金の玉座から砂が溢れ出し、一人の男の形を形成していった。

それは、かつて人間だった頃の面影を完全に消し去った、冷徹な黄金の鎧を纏う存在だった。


【ファラオ・アメンテ:Lv.35】


「……ようこそ、効率を捨てきれぬ哀れなノイズどもよ。なぜ戦う? なぜ抗う? 感情などという不確定なバグを抱えたまま進むのは非効率だ。我がように、完璧なルーティンの一部となれば、二度と敗北の痛みに怯えることもないというのに……」


アメンテの口から放たれる言葉は、重低音のシステムボイスそのものだった。

彼はその完璧な審美眼の檻から、ヒカリの「人間臭い歪み」を嘲笑うように見下ろしている。


「……ハッ! 完璧なルーティン? 笑わせないで頂戴。毎日決まったセリフを吐くだけの拡声器が、偉そうにアタシに説教してんじゃないわよ! あんたのその綺麗な顔、ただの書き割りのテクスチャじゃない。そんな死んだような美しさなんてね、アタシに言わせれば、ただの『宝の持ち腐れ』よ! その顔に土下座して謝りなさい!」


ヒカリの激昂と同時に、アメンテがその黄金の杖を振り下ろした。

空間全体が激しく歪み、床のタイルが四角いプログラムコードの塊となって剥がれ、パーティーの足元を襲う。


「……クニオ! 前衛を張りなさい! あんたのその、無駄に渋い演技力で敵のターゲットを固定するのよ!」


「……了解。……ターゲット固定。……我は、ただ、ここに、立つ、のみ……」


クニオが前に出るが、彼の足音はすでに消えていた。

アメンテの放つ精神侵食の波動がクニオを直撃した瞬間、彼の頭上から【クニオ】の文字が急速に薄れていく。


「……フハハハ! 壊れかけたデータが、我が最適化の領域で耐えられると思うか? さあ、無駄な個性を捨て、我が宮殿の立派な『門番』となるがいい!」


アメンテの背後から、無数の【黄金のコブラ】がリスポーンし、牙を剥いて突撃してくる。

ハルカは言葉を失ったまま、ただ虚空に向けて「アワアワモコモコ」を乱射しているが、その泡は敵に届く前に四角いエフェクトとなって霧散していった。


「……ダグラス! 敵の術式を叩き割りなさい!」


「……不可能です。現在、右腕の駆動ログに深刻なエラーを検出。……人間的共感の完全喪失まで、あと、3秒……」


ダグラスの動きが完全に静止する。彼の視界には、すでにヒカリの姿すら映っていない。


「……誰も彼も、アタシを置いて人形にならないでよ! メラメラアッツー!」


ヒカリが渾身の魔力を込め、扇子から特大の炎を放つ。

炎はアメンテの黄金の鎧を焼き、その表面をドロドロと溶かしていった。

だが、アメンテは痛みの表情一つ見せず、ただ冷酷に、次の最適化プログラムを実行する。


「……無駄だ。痛みを知らぬ我が肉体に、その程度の『ノイズ』は響かぬ。」


ピラミッドの最深部が、眩い光に包まれる。


「テテッテッテー!」


ヒカリ(Lv.19 → 20)

[能力向上]: 魔力が 22 アップ! / 罵倒の語彙が 15% 増加!

[代償]: 記憶データ 『子供の頃、お祭りで買ってもらった安いお面の感触』 を削除完了。


ハルカ(Lv.17 → 18)

[能力向上]: 敏捷性が 30 アップ! / 発言の予測不能度が 45% 減少。

[代償]: 記憶データ 『実家の愛犬が自分を迎えてくれたときの鳴き声』 を削除完了。


クニオ(Lv.22 → 23)

[能力向上]: 防御力が 99 アップ!

[代償]: 記憶データ 『自分がなぜ、この世界で侍として生きようとしたか』 を全消去。


【システム警告:NPC化の完了】

対象: クニオ

進行度: [第4段階:完全NPC]

現在、[黄金のピラミッド]の最深部で「玉座を守る門番」と化している。

[離脱理由:NPC化]

[現在の定型文]:「これより先は、許可なき者の立ち入りを禁ず。……引き返されよ」


光が収まったとき、クニオの体から「生身の渋み」が完全に消失していた。

彼の顔はのっぺらぼうの3Dモデルから、完全に固定された「無表情な武人のテクスチャ」へと書き換わり、その場から微動だにしない。


「……クニオ? 嘘でしょ、あんたまで……アタシに、あの意味の分からないパスタの男みたいに、冷え切ったセリフを吐き続けるつもり!?」


ヒカリが叫び、彼のマントを掴もうとしたが、彼女の指先は見えない壁に弾かれ、空を斬った。

クニオの頭上には、ただ【門番】という灰色の記号だけが浮いている。


「これより先は、許可なき者の立ち入りを禁ず。……引き返されよ」


クニオはヒカリを見ることもなく、ただアメンテの玉座を守るための完璧な配置オブジェクトとして、その場に固定された。


「……あぁ、素晴らしい。これでまた一つ、世界から無駄な雑音が消えた。……次はお前だ、バケモノと呼ばれた賢者よ」


アメンテが冷酷に笑い、ヒカリに向けて最後の精神侵食を放とうとした、その時。


「……うるさいわね、このメッキ剥がれの成金野郎」


ヒカリの瞳に、激しい怒りと、絶対にシステムには屈しないという狂気が宿る。

彼女は自分の脳内から、また一つ大切な記憶が消えていく恐怖を、特大の「ノイズ」へと変換した。


「あんたがどれだけ綺麗に世界を整えようがね、アタシたちの生きてきた無駄な時間は、その安っぽい金ピカの箱なんかよりも、ずっと泥臭くて、愛おしいのよ! あんたのその効率的なシステムごと、アタシの特大の悪口でブチ壊してあげるわ! ドロドロトケール!!」


ヒカリが放ったのは、攻撃魔法ではない。

アメンテの「完璧な防御フラグ」そのものを、ドロドロに溶かすための最悪の嫌がらせ魔法だった。

強酸の光がアメンテの黄金の鎧を直撃し、システムの最適化領域を激しく侵食していく。


「……バ、バグだと!? 我が、我らの完璧な日常が……この、下品な言葉の羅列によって……!?」


アメンテの体が、ノイズと共に激しく点滅し始める。

彼の完璧な彫像のような顔が、歪み、崩れていく。


「……行け、ハルカ! ダグラス! あんたたちの壊れかけのその体で、この成金を床に叩きつけなさい!」


「……フラグ、回収。……ピカピカドカーン!」


ハルカが最後の力を振り絞り、予測不能な軌道で雷撃を放つ。


「……ターゲット破壊。……カゼキリバッサリ」


ダグラスの無機質な石柱が、真空の刃を伴ってアメンテの玉座を真っ二つに叩き割った。


「……あぁ……この、無駄に長い悪口……。この、不条理な痛み……。懐かしい……。この世界には、久しく、そんな『非効率な音』は、響いていなかった……。行け、ノイズ共……この静かな地獄を、お前たちのやかましさで……ブチ壊して、くれ……」


アメンテは、かつて自分がプレイヤーだった頃の、遠い記憶の断片を吐き出すようにそう呟くと、黄金の砂となって完全に崩壊した。

床には、最深部のボスを倒した証明である【黄金の瞳】が、虚しく転がっている。


「……勝った、のよね。アタシたち」 


ヒカリは息を切らしながら、周囲を見渡した。

玉座の跡地には、灰色のテクスチャとなったクニオが、今も変わらず「これより先は……」と呟き続けている。

ハルカは地面に座り込み、自分の指先をぼんやりと見つめ、ダグラスの瞳の赤色は、もはや完全に常時点灯のホストプログラムへと切り替わっていた。


「……なによ。誰も、一緒に喜んでくれないじゃないの。……バケモンね、ホントに。アタシだけが、こんなに生々しく傷ついて、怒ってるなんて」


ヒカリは涙を拭うことすら忘れたように、ただその場に立ち尽くした。

ピラミッドの崩壊と共に、世界の彩度が、また一歩、不自然なほど鮮やかに引き上げられていく。


【自意識モニター】

ヒカリ: NPCまで あと 51日

クニオ: [完全NPC化:離脱]

ハルカ: NPCまで あと 22日(深刻な摩耗)

ダグラス: NPCまで あと 5日(臨界)

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