第15話:黄金の墓標と、消えゆく「サイコロ」
第15話:黄金の墓標と、消えゆく「サイコロ」
[場所:黄金のピラミッド・入口前]
「……なによ、この巨大な砂の塊。これを作ったデザイナー、絶対センスのかけらもないわよ。四角く積み上げれば威厳が出ると思ったら大間違いなんだから」
ヒカリは、月光に照らされ不気味に輝く黄金のピラミッドを見上げ、鋭く言い放った。
夜の砂漠特有の静寂が辺りを支配している。足元の砂はさらさらと音を立てて流れ、まるで巨大な砂時計の中に閉じ込められたような錯覚を覚えさせる。
「ヒカリ様……これ、全部本物の金ですかね? 削って持ち帰ったら、王都でめちゃくちゃ贅沢できそうじゃないですか? 映えるどころか、人生勝ち組ですよ!」
ハルカがピラミッドの壁面に爪を立てようとするが、その動きは不自然に固い。
右腕を振り上げる動作が何度も繰り返され、システムの処理落ちのような残像が引いている。
「……ハルカ、やめろ。……それは富の象徴ではない。……数多のプレイヤーが『効率』という名の呪いで固められた、ただのデータの墓標だ」
クニオが、もはや感情の起伏を失った平坦な声で警告する。
彼のマントの裾は、いつの間にか境界線のテクスチャが崩れ、背後の砂漠と一体化し始めていた。
「……計算によれば、内部のトラップ密度は88%。……攻略には、肉体的な耐久値と、一定の『無駄』を切り捨てる覚悟が必要だ」
新メンバーのダグラスが、巨大な石柱を背負ったまま、無機質な声で分析を述べる。
彼の瞳は赤く点滅し、周囲の空間を「排除対象」か「障害物」としてのみスキャンしているようだった。
「……。運は、天に任せましょう」
タツヤが、壊れた蓄音機のように同じ言葉を漏らす。
彼はもはや自力で歩くことすら怪しく、ヒカリの腕を掴む力も、冷え切った石像のように無機質だった。
「……行きましょう。あんたたちの『無駄』が全部消えて、ただの記号になる前に。この世界の『バグ』の出どころを拝んでやるわ」
ヒカリは強がって扇子を広げたが、タツヤを支える指先が、わずかに震えているのを隠せなかった。
[黄金のピラミッド・地下一層「忘却の間」]
内部は、壁一面が鏡のように磨き上げられた黄金で埋め尽くされていた。
松明の火が反射し、無限の回廊が続く。
だが、その鏡面に映るパーティーの姿は、あまりにも異様だった。
ヒカリの姿だけが鮮明に映る一方で、タツヤの姿は「ドットの粗い人型」に、クニオの顔は「のっぺらぼうの3Dモデル」に置き換わっている。
「……見てよ。アタシたちの仲間に、いつの間に『モブキャラ』が混ざってたのかしら。あんたたちの個性が削れすぎて、鏡のシステムすら読み取りを拒否してるじゃないの」
ヒカリが自虐的に笑った、その時。
鏡の中から、黄金の鱗を持つ巨大なコブラが這い出してきた。
【黄金のコブラ:Lv.32】
「……排除を開始する。……効率、最大」
ダグラスが最短距離を突き進み、巨大な石柱を振り下ろす。
衝撃波が黄金の壁を砕き、蛇の頭部を粉砕した。
だが、敵は死なない。砂となり、再び再構成される。
「……ダメです、ヒカリ様。これ、物理攻撃じゃ倒せません! 多分、何かの『フラグ』を立てないと、無限にリスポーン(復活)する仕様ですよ!」
ハルカが叫ぶが、彼女の言葉の最後は「……仕様です、仕様です」と反復し始めた。
「……チッ、めんどくさいわね! タツヤ、あんたの出番よ! そのクソみたいな強運で、当たり判定を引っぱり出しなさい!」
ヒカリがタツヤの背中を叩く。
タツヤは、虚空を見つめたまま、懐から一個のサイコロを取り出した。
それは彼がかつて、博打で負け続けても「これだけは手放せない」と笑っていた、手垢のついた古いダイスだった。
「……。……。……。運、を……」
タツヤが、システムに抗うように、震える手でサイコロを振った。
黄金の床を転がるサイコロの音だけが、ピラミッド内に響く。
出目は――『1』。
「テテッテッテー!」
ヒカリ(Lv.18 → 19)
[能力向上]: 精神力が 15 アップ! / 罵倒の語彙が 12% 増加!
[代償]: 記憶データ 『小学校の帰り道に見た夕焼けの赤さ』 を削除完了。
ダグラス(Lv.26 → 27)
[能力向上]: 重装歩兵技能が 50 アップ! / 人間的共感が 30% 減少!
[代償]: 記憶データ 『母親が呼んでくれた自分の本名』 を削除完了。
タツヤ(Lv.13 → 14)
[能力向上]: 運が 99 アップ!
[代償]: 記憶データ 『自分という人間が存在した証明』 を全消去。
【システム警告:NPC化の完了】
対象: タツヤ
進行度: [第4段階:完全NPC]
現在、[黄金のピラミッド]の第1層で「サイコロを振り続けるNPC」と化している。
[離脱理由:NPC化]
[現在の定型文]:「運は、天に任せましょう。……さあ、賭けますか?」
タツヤの手から放たれたサイコロが、光り輝く「当たり判定」となってコブラを貫いた。
モンスターは断末魔を上げることなく、静かに消滅する。
だが、それと同時に、タツヤの体から色が完全に抜け落ちた。
「……タツヤ?」
ヒカリが声をかける。
だが、そこに立っていたのは、穏やかな笑みを浮かべ、手に持ったサイコロを弄ぶだけの「灰色の村人」だった。
彼の頭上からは名前が消え、ただ【ギャンブラー】という記号だけが浮いている。
「運は、天に任せましょう。……さあ、賭けますか?」
タツヤは、ヒカリの方を見ることなく、ただその場所で一歩も動かなくなった。
彼の意識は、話しかけられた瞬間にだけ起動する、スリープ状態のデータへと書き換えられたのだ。
「……なによ。……なによそれ。アタシたち、一緒に魔王を倒しに行くんじゃなかったの?」
ヒカリが彼の肩を掴もうとするが、見えない壁(進入不可領域)に阻まれ、指がすり抜ける。
彼はもはや、ヒカリと同じ「次元」には存在していなかった。
「……ヒカリ。……これが『最適化』だ。……彼はもう、不確実な未来に怯える必要はない。……定められた台詞を言い続ける、幸福な背景になったのだ」
ダグラスの言葉は、もはや慰めですらなく、ただのシステムログの読み上げだった。
「……幸福? こんな、感情も、負けた時の悔しさも、勝った時のバカ笑いも全部消去された状態が、幸福だって言うの!?」
ヒカリは、黄金の壁に向かって全力で扇子を叩きつけた。
パキン、と乾いた音が響く。
「……いいわよ。あんたたちが全員、ただのテクスチャになっても、アタシだけは最後までこのクソゲーの『バグ』として残ってやるわ」
ヒカリは涙を拭うことさえせず、ただ前を見据えた。
背後では、灰色のタツヤが、虚無の空間に向かってサイコロを振り続けている。
「……さあ、行きましょう。この墓場に、アタシの特大の悪口を刻み込んでやるから」
黄金の回廊に、ヒカリのヒールと、ダグラスの無機質な足音だけが響いていった。
【自意識モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 53日
タツヤ: [完全NPC化:離脱]
クニオ: NPCまで あと 5日(急激な摩耗)
ハルカ: NPCまで あと 35日
ダグラス: NPCまで あと 18日




