第14話:マシンのような男と、砂上の宴
第14話:マシンのような男と、砂上の宴
[場所:砂漠の宿場町ザハラ・噴水広場]
「……なによこれ。砂漠のど真ん中に、こんな『成金が作ったラブホテル』みたいな街があるなんて聞いてないわよ」
ヒカリは、極彩色のネオンが輝く宿場町ザハラの入り口で、心底嫌そうに扇子を仰いだ。
昼間の灼熱が嘘のように、夜の砂漠は急速に冷え込んでいる。しかし、この街だけは異様な熱気に包まれていた。ベリーダンスの鈴の音と、酔っ払いたちの野太い笑い声が、乾いた空気に不協和音を撒き散らしている。
「ヒカリ様、見てください! 噴水から出てるの、これ水じゃなくてオレンジジュースですよ! 飲んだらベタベタしそうだけど、色だけは超映えますね!」
ハルカが、はしゃぎながらジュースを指差す。その姿は一見いつも通りだが、ふとした瞬間に彼女の動きがカクつく。まるで、フレームレートが落ちた古い動画のように。
「……ハルカ、騒ぐな。……この街の活気は、死に物狂いの空騒ぎだ。……『いつか消える』と分かっている奴らが、最後にバカ騒ぎしてるだけだぜ」
クニオが、灰色の肌を隠すようにマントを深く羽織り、低く呟いた。彼の声からは、もはやかつての剣豪らしい覇気が消え、システムの警告音が混じるような冷たさが漂っている。
「……やれやれ。騒げるうちに騒いでおくのは、論理的な生存戦略かもしれませんよ。……僕にはもう、その『熱さ』が何だったのか、あまり思い出せませんけど」
タツヤが、ひどく穏やかな笑みを浮かべて続いた。
彼の視界の端に浮かぶ『NPC化まで:あと2日』という数字は、もはや赤を通り越して、今にも消え入りそうな漆黒に染まっていた。彼にとって、クニオの言葉もハルカの興奮も、ただの「入力信号」に過ぎないようだった。
「……あんたたち、全員気味が悪いわよ。……誰か、アタシをまともに怒鳴らせてくれる『血の通った人間』はいないの!?」
ヒカリが叫んだ、その時だった。
「――私が来たぞ。と言いたいところだが、今はここが私の固定位置だ」
背後から、大地の底から響くような重低音が響いた。
振り返ると、そこには宿場町の入り口にある巨大な防壁を、片手で持ち上げている「筋肉の塊」のような男が立っていた。
【ダグラス】
職業:英雄(自称:重装歩兵)
「なによ、その『プロテインの擬人化』みたいな男は。あんた、そんな壁持ち上げて何してんのよ。筋肉の無駄遣いにもほどがあるわ」
ヒカリの鋭いツッコミに対し、ダグラスは表情一つ変えず、ゆっくりと壁を下ろした。ドシン、と街全体が揺れる。
「……私の筋肉は、システムの負荷を分散するために最適化されている。……お前たちは『ノイズ』だな。ログ(記録)にある。非常に効率の悪い、やかましい連中だと」
「やかましくて悪かったわね! でも、その効率の悪さが人間ってもんでしょ。あんた、そんな岩みたいな顔して、自分の名前は覚えてるんでしょうね?」
ダグラスは、一瞬だけ視線を遠くへやった。
「名前は……ダグラス。だが、最近は『ゲート・ガーディアン一号』という表示の方が馴染みが深い。……私の自意識、残り30%。……お前たちのパーティーに空きがあるのは計算済みだ。……一時の休息に、私の火力は役立つはずだ」
「……計算高い筋肉ね。いいわ、タツヤが今にも『置物』になりそうだし、アンタみたいな『喋る防壁』が一人くらいいてもいいかもしれないわ」
ヒカリは鼻を鳴らし、一行を連れて街の酒場へと向かった。
[酒場:ザハラの宴]
酒場の中は、最後の宴を楽しむ転生者たちで溢れかえっていた。
だが、その光景は地獄絵図に近い。
同じ武勇伝を100回繰り返す者、自分のステータス画面を虚空に見つめたまま固まっている者、そして――。
「……見て。あのお姉さん」
ハルカが指差した先では、一人の踊り子が、脚の骨が折れかかっているのも構わず、同じステップで踊り続けていた。
彼女の名前表示はすでに【村人B】。
周囲の観客も、それを見て笑うわけでもなく、ただ「素晴らしい踊りですね」と、等間隔のタイミングで拍手を送っている。
「……あれが、この世界の『ハッピーエンド』よ。……痛みも苦しみも忘れて、ただ役割だけをこなす装置。……反吐が出るわ」
ヒカリがワインを煽った、その瞬間。
酒場の床を突き破り、黄金の砂が噴き出した。
【システム警告:NPC化バグの発生】
酒場にいた【村人】たちが、一斉に動きを止める。
そして、彼らの頭部から、蠍の尾のような「砂の触手」が生え、周囲を無差別に攻撃し始めた。
「……やれやれ。宴はおしまいですね。……僕も、そろそろ『定型文』の方が話しやすい気がしてきましたよ」
タツヤが、座ったまま呟く。彼の指先が、徐々に砂に変わっていく。
「タツヤ! 正気に戻りなさい! ダグラス、アンタのその筋肉は飾り!? さっさとその『バグった連中』を黙らせなさいよ!!」
「了解した。……敵の排除を開始する。……あばよ、ベイビー」
ダグラスが、腰に下げていた巨大な石柱を軽々と振り回した。
「イワゴロゴロリン」を唱えるまでもなく、物理的な破壊力が酒場の壁を粉砕し、バグを巻き散らすNPCたちを砂へと還していく。
「テテッテッテー!」
ヒカリ(Lv.17 → 18)
[能力向上]: 精神力が 20 アップ! / 自虐の鋭さが 10% 向上!
[代償]: 記憶データ 『初恋の人に渡せなかった手紙の内容』 を削除完了。
ダグラス(Lv.25 → 26)
[能力向上]: 防御力が 100 アップ! / 合理的思考が 20% 増加!
[代償]: 記憶データ 『自分の故郷の言葉』 を削除完了。
タツヤ(Lv.12 → 13)
[能力向上]: 運が 5 アップ!
[代償]: 記憶データ 『夕食後に飲む茶の温かさ』 を削除完了。
【システム警告:自意識侵食の深刻化】
対象: タツヤ
進行度: [第3段階:待機モード] 完了間近
定型文(暫定): 「……。運は、天に任せましょう」
「……ねえ、タツヤ。あんた……。アタシが誰か、わかる?」
戦闘が終わった静寂の中、ヒカリがタツヤの肩を揺さぶる。
タツヤは、ゆっくりと瞬きをした。
その瞳は、もはやヒカリを映していない。ただの「プレイヤー」という記号を走査しているだけだった。
「……。運は、天に任せましょう。……。運は、天に任せましょう」
「……。バカ。……大バカ野郎。……あんたのその、クソみたいな博打好きの記憶が消えたせいで、ただの『真面目な人形』になっちゃったじゃないの」
ヒカリの毒舌は、ついに震え、言葉にならなかった。
ヒカリは新メンバーのダグラスを見上げた。彼は、ただ機械的な視線で「被害状況、問題なし」とログを報告している。
「……ノイズが、また一つ消えた。……効率化が加速している」
ダグラスの言葉に、ヒカリは自分の「高級ハリセン」を握りしめた。
「効率化、効率化って……うるさいわよ、この筋肉ダルマ!……行こう。ピラミッドの奥に『真実の鏡』があるんでしょ?……それを使って、このクソみたいな『プログラム』を、一ピクセル残らずブチ壊してやるわ!!」
ヒカリは、もはや返事をしなくなったタツヤの手を引き、砂塵の舞うピラミッドへと足を踏み出した。
【自意識モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 55日
タツヤ: NPCまで あと 1日(絶望的臨界・発言不能)
クニオ: NPCまで あと 8日
ハルカ: NPCまで あと 40日
ダグラス: NPCまで あと 22日




