第13話:黄金の砂と、消えない渇き
第13話:黄金の砂と、消えない渇き
[場所:砂漠ザハラ・大オアシス付近]
「……最悪。口の中がジャリジャリするわ。誰よ、砂漠なんてロマンチックな名前つけたの。ただの巨大な猫砂じゃないの」
ヒカリは、灼熱の太陽を睨みつけながら、派手な扇子を力任せに仰いだ。
『水上の都』での戦いから数日。パーティーは、熱気で視界が歪む『砂漠ザハラ』へと足を踏み入れていた。
「ヒカリ様! 見てください、あのラクダ! まつ毛が私より長くて、なんかもう、モデルの……えーっと、誰だっけ、とにかく綺麗な人みたいにバサバサしてますよ!」
ハルカが、ラクダのコブに抱きつきながら叫ぶ。彼女の無邪気さは救いだが、その瞳には時折、システムの侵食を感じさせる「曇り」が混じり始めていた。
「……ハルカ、あんまりはしゃぐな。この街の砂は、ただの砂じゃねぇ。……俺の勘が言ってる。これは、誰かの『記憶』の燃えカスだ」
クニオが、愛刀の柄を握り、低く唸った。
彼の言う通り、風に舞う黄金の砂は、日光を反射して異様に美しく輝いている。だがその輝きは、どこか人工的で、ビデオデッキのノイズのようにチカチカと点滅していた。
「……やれやれ。記憶の燃えカス、か。かっこいいこと言うねぇ、クニオさんは」
タツヤが、力なく笑った。
彼の『NPC化まで:あと15日』の数字は、今や真っ赤な警告色となって視界の隅で明滅している。
歩くたびに、彼の足跡は一瞬で砂に消える。まるで、システムが彼の存在を「なかったこと」にしようと急いでいるかのように。
「……ねえ、あのおじさん、何してるの?」
ヒカリが指差した先。オアシスのほとりで、一人の商人が、空っぽの木箱を熱心に磨き続けていた。
「いらっしゃいませ。いい砂が入っていますよ。この砂は、100年前の『後悔』を精製したものです。一粒食べれば、自分の名前すら忘れられる。……素敵だと思いませんか?」
商人の目は、完全に焦点が合っていない。彼はもう、ここから一歩も動くことができない。
「……素敵ね。自分の名前を忘れるのが救いだなんて。……ならアタシは、アンタにこの砂を全部食べさせてあげたいわ。お腹いっぱいになって、データとして破裂しなさいよ」
ヒカリの毒舌が、熱風の中に虚しく響く。
その時、街の中央にある巨大な黄金のピラミッドが鳴動した。
【BOSS:砂塵の王スコーピオン】
巨大な蠍の姿をした怪物が、砂の中から浮上する。
その甲殻には、無数の「人間の顔」がテクスチャとして貼り付けられ、苦悶の表情を浮かべていた。
「……歓迎しよう、ノイズたちよ。お前たちが持っている『無駄なこだわり』……。それをこの乾いた大地に差し出せば、楽になれるぞ」
スコーピオンの声は、かつてこの街で魔王に挑み、敗れた『英雄』の成れの果てだった。
「誰が差し出すもんですか! 『メラメラアッツー』!! 砂を全部ガラスに変えて、あんたの足元を滑らせてやるわよ!」
ヒカリの魔法が炸裂する。
だが、スコーピオンの尾が、タツヤを狙って振り下ろされた。
「……あ」
タツヤは、避けようとしなかった。
いや、システムの侵食により、彼の思考ルーチンが「回避」を選択できなかったのだ。
「タツヤ!! 何してんのよ、この博打野郎!!」
ヒカリが叫ぶ。その瞬間、クニオが間に割って入り、タツヤを突き飛ばした。
代わりにクニオの肩を、毒針が貫く。
「……っ、クニオ殿!!」
「……構うな。……ヒカリ、撃て。……こいつの中にある『絶望』ごと、焼き払え……!」
クニオの体が、毒の影響で急速に「灰色」へ染まっていく。
自意識ゲージが、滝のような勢いで削られていく。
「……っ、ふざけないでよ……! アタシは、あんたたちみたいな『バカなノイズ』がいないと、このクソみたいな世界で生きていけないのよ!!」
ヒカリは、懐から「高級ハリセン」を取り出し、自分の頬を強く叩いた。
震えるほどの怒りが、魔力となって扇子に宿る。
「『ピカピカドカーン』!! 特盛りよ!! 全部、消えなさい!!」
爆辞と共に放たれた極大の雷光が、黄金のピラミッドの頂上を吹き飛ばし、スコーピオンのデータを物理的に消去した。
「テテッテッテー!」
ヒカリ(Lv.15 → 17)
[能力向上]: 洞察力が 40 アップ! / 罵倒の語彙数が 15% 向上!
[代償]: 記憶データ 『幼い頃に見た、夕焼けの赤さ』 を削除完了。
クニオ(Lv.11 → 13)
[能力向上]: 殺気が 60 アップ!
[代償]: 記憶データ 『娘に抱きつかれた時の感触』 を削除完了。
タツヤ(Lv.11 → 12)
[能力向上]: 運が 10 アップ!
[代償]: 記憶データ 『冷えたビールの最初の一口』 を削除完了。
【システム警告:自意識侵食の深刻化】
対象: タツヤ
進行度: [第3段階:待機モード] 入門
侵食の様子: 感情の出力に3秒以上のラグが発生。瞳のハイライトが消失し始めている。
「……ねえ、タツヤ。あんた、大丈夫?」
ヒカリが恐る恐る声をかける。
タツヤは、3秒ほど虚空を見つめた後、かつてないほど「爽やかな」笑顔で答えた。
「ええ。なんだか、すごくスッキリしましたよ、ヒカリさん。……悩みなんて、最初からなかったみたいだ。パチンコで負けた時の悔しさも、もう思い出せない」
「……。あんた、それ、一番言っちゃいけないことなのよ……」
ヒカリは扇子を握りしめ、震える声で呟いた。
タツヤの笑顔は、もはや人間のものではない。
システムに最適化された、完璧に「幸福」なNPCの表情だった。
【自意識モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 58日
サエキ: 完全NPC化(バラムにてパスタを茹で続けている)
ゴロー: 完全NPC化(ヴェーゼにて門を守り続けている)
タツヤ: NPCまで あと 3日(絶望的臨界)
クニオ: NPCまで あと 10日
ハルカ: NPCまで あと 45日
「……遠くに町が見えるわね。ザハラの宿場町かしら……少し休みたいわ。……そこなら、あんたのその『薄気味悪い笑顔』も、少しはマシになるかもしれないわね」
ヒカリは、黄金の砂を蹴り上げ、一度も振り返らずに歩き出した。
背後では、タツヤが「お供しますよ。……NPCになるまで、あと少しですから」と、機械的な丁寧さで頭を下げていた。




