第5話 隠された地下聖堂
翌朝。
私は一睡もできなかった。
机の上に置かれた銀色の鍵。
何度見ても、昨日まで存在しなかったものだ。
「二度目の人生を始めた者だけが、扉を開けられる……」
私は小さく呟いた。
前の人生。
私はこの屋敷で十五年間暮らしていた。
けれど。
地下聖堂なんて、一度も聞いたことがない。
――なら。
この屋敷には、私が知らない場所がある。
そう考えると。
少しだけ怖くなった。
「お嬢様」
扉の向こうから、マリーの声がした。
「入っていい?」
「ええ」
扉が開く。
マリーが朝食を運んできた。
「今日は王宮へ行かれる予定でしたよね?」
「……そうね」
私は答えながら、鍵をポケットへ入れた。
「少し調べたいことがあるの」
「何をですか?」
「……昔の屋敷のこと」
マリーは少し考えてから言った。
「でしたら、古い書庫をご覧になってはいかがですか?」
「書庫?」
「はい。旦那様も滅多に入られません」
私は顔を上げた。
「場所は?」
「西塔の地下です」
「……地下?」
心臓が跳ねた。
「案内してくれる?」
「もちろんです」
西塔。
私はマリーと一緒に階段を下りていった。
一階。
二階。
そして。
地下。
そこには、埃をかぶった大量の本が並んでいた。
「こんな場所があったなんて……」
私は驚いた。
前の人生では一度も来たことがない。
マリーが蝋燭を灯す。
「私も初めて入りました」
私は本棚を見て回った。
家系図。
古い契約書。
王家との記録。
そして――。
一冊の古い日記。
表紙には名前が書かれていた。
『アリア・フォン・ベルク』
「……私?」
手に取った瞬間。
胸がざわついた。
十五歳の私が書いたものではない。
もっと古い。
私はページを開いた。
『今日、あの子が生まれた』
「あの子……?」
次のページ。
『この子には、普通の人間にはない力がある』
さらに。
『だから私は、地下聖堂を封じる』
私は息を呑んだ。
「……誰の日記?」
私の名前。
でも。
内容は私の知らないものだった。
さらに読み進める。
『もし、この子が二度目の人生を歩むことがあるなら――』
手が止まった。
「二度目の人生……?」
マリーを見る。
彼女は何も知らない。
私はページをめくった。
『銀の鍵を渡しなさい』
「……!」
ポケットの鍵を取り出す。
日記に書かれていた鍵と。
まったく同じ形だった。
「まさか……」
私は本を閉じた。
その瞬間。
――カチッ。
どこかで音がした。
「……今の音、聞いた?」
マリーが頷く。
「はい」
壁を見る。
何もない。
けれど。
よく見ると。
本棚の後ろに小さな隙間があった。
私は本棚を押した。
動かない。
もう一度。
力を込める。
「……!」
ギギギ……。
重い音とともに。
本棚が動いた。
その奥に。
階段があった。
下へ。
さらに下へ。
「お嬢様……」
マリーが震えた声を出す。
「これは……」
「地下聖堂」
私は呟いた。
階段を下りる。
蝋燭の明かりだけが頼りだった。
一段。
また一段。
どこまで続くのか分からない。
やがて。
巨大な扉が現れた。
扉の中央には。
銀色の鍵穴。
「……これだ」
私は鍵を差し込んだ。
カチッ。
扉が開く。
中は。
想像していた聖堂とは違った。
巨大な石造りの部屋。
壁には無数の絵が描かれている。
一人の女性。
銀色の髪。
その腕には――。
赤ん坊。
「……この人」
私は息を呑んだ。
女性の顔が。
私にそっくりだった。
そして。
赤ん坊の胸には。
小さな黒い印。
「何これ……?」
その瞬間。
壁の絵が光った。
『彼女は、二度殺される』
「……!」
声が聞こえた。
女の声。
『一度目は、命を』
『二度目は、記憶を』
私は後ずさる。
「誰なの?」
『あなたを守るために』
「誰が私の記憶を奪ったの?」
沈黙。
そして。
『あなた自身よ』
「……え?」
意味が分からない。
『あなたは、一度目の人生で、自ら記憶を捨てた』
「私が……?」
そんなはずはない。
私は十年前まで。
普通に生きていた。
何も知らなかった。
「どうして?」
『あなたが、真実を知ったから』
胸が苦しくなる。
「どんな真実を……?」
すると。
聖堂の奥にある巨大な壁画が開いた。
その奥には。
黒い石棺があった。
そして。
石棺の蓋に。
私の名前。
『アリア・フォン・ベルク』
その下には。
もう一つの名前が刻まれていた。
「……誰?」
私は近づく。
そこに書かれていた名前を見た瞬間。
全身の血が凍った。
それは。
私を処刑した親友――
エレナ・ルーゼンの名前だった。
「……どうして」
その瞬間。
背後から声がした。
「そこに近づいてはいけません」
私は振り返った。
「……誰?」
暗闇から。
一人の青年が現れた。
黒い髪。
銀色の瞳。
私は知らない。
少なくとも。
今の人生では。
けれど。
彼を見た瞬間。
頭の奥が激しく痛んだ。
「……あなた」
なぜか。
知っている。
前の人生で。
どこかで会っている。
青年は私を見つめた。
そして。
悲しそうに笑った。
「やっぱり……覚えていないんですね」
「あなたは誰なの?」
青年は答えなかった。
代わりに。
私の後ろを見た。
「逃げてください」
「え?」
「もう、来てしまった」
「何が?」
青年の顔から血の気が引く。
「あなたを十年前に戻した存在が――」
その瞬間。
聖堂全体が揺れた。
「――こちらへ来ます」
壁に描かれた黒い花が、一斉に咲き始める。
そして。
地下聖堂の奥から。
低い笑い声が響いた。
「……ようやく見つけた」
私は息を呑んだ。
その声は。
前の人生の処刑台で。
私を殺した男の声だった。




