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処刑された令嬢、十年前に戻ったので今度は誰も信じません  作者: ななほし


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第4話 地下聖堂への招待

「この筆跡を……知っている?」


私は黒い花の下に置かれた紙を握りしめていた。


父は黙っている。


「お父様?」


「……知らない」


「嘘です」


思わず言葉が強くなった。


父の表情が変わる。


「この筆跡を見たことがあるんですね?」


「……」


「誰なんですか?」


長い沈黙。


やがて父は、低い声で言った。


「それを知る必要はない」


「どうしてですか?」


「知れば、お前はまた殺される」


「……また?」


その言葉に、私は息を呑んだ。


「お父様」


父を見る。


「やっぱり知っているんですね」


父は答えなかった。


でも。


それが答えだった。


私は黒い花を見つめる。


「この花は?」


「触るな」


父が突然、私の手を掴んだ。


「絶対に触るな」


「……何があるんですか?」


父の手が震えている。


こんな父を見たことがなかった。


「三日後」


父は言った。


「地下聖堂へ行くな」


「……」


「これは命令だ」


私は黙って頷いた。


「分かりました」


けれど。


心の中では決めていた。


――絶対に行く。


翌日。


私は王宮へ向かった。


会いたい人がいた。


「アリア?」


庭園にいた王太子が振り返る。


「どうした?」


私は彼の前に立った。


そして。


「殿下は、前の人生の記憶がありますか?」


「……!」


彼の顔から笑顔が消えた。


答えは、それだけで十分だった。


「……あるんですね」


彼はしばらく黙っていた。


そして。


小さく頷いた。


「……ああ」


胸が苦しくなった。


「どこまで?」


「全部だ」


「全部……?」


「君が処刑された日も」


私は目を伏せた。


「……私が殺されたところも?」


「覚えている」


彼の声が震えた。


「忘れられるわけがない」


「でも」


私は彼を見る。


「殿下は私を助けませんでした」


彼は目を閉じた。


「……そうだ」


「なぜですか?」


「助けられなかった」


「……嘘」


私は首を振った。


「殿下は王太子です。命令すれば、処刑を止められたはずです」


「できなかった」


「どうして!」


思わず叫んだ。


庭園に声が響く。


彼は苦しそうに私を見る。


「俺も……君を殺したかったわけじゃない」


「……」


「君を守るために、君を犯人にした」


「…………え?」


意味が分からなかった。


「何を言っているんですか?」


「十年前の俺には、時間がなかった」


彼は静かに話し始めた。


「君を殺さなければ、王都の人間が全員殺されると脅された」


「……誰に?」


「分からない」


「そんな……」


「俺が抵抗すれば、君だけじゃない。父上も、母上も、国民も殺すと言われた」


私は言葉を失った。


「だから……」


彼は拳を握った。


「君を悪女に仕立てた」


「……私を?」


「そうするしかなかった」


「それなら……」


涙が出そうになる。


「どうして最後に謝ったんですか?」


彼は私を見た。


「……あれが、俺にできる唯一の抵抗だった」


胸が締めつけられた。


前の人生。


私は彼を憎んだ。


でも。


本当は――。


「……誰が殿下を脅したんですか?」


「分からない」


「地下聖堂は?」


彼の目が変わった。


「……知っているのか?」


私は頷いた。


「昨日、手紙が届きました」


「誰から?」


「分かりません」


私は黒い花のことを話した。


すると。


王太子は顔を青ざめさせた。


「黒い花……」


「知っているんですか?」


「ああ」


彼は低い声で言った。


「前の人生で、君の処刑が決まった日に――」


一瞬、言葉を止める。


「王宮の地下にも、その花が咲いていた」


「……!」


「そして翌日」


彼は私を見る。


「俺の父上が死んだ」


「王様が……?」


「違う」


王太子は首を振った。


「殺されたんだ」


私は息を呑んだ。


「前の人生では、父上の死は病死として処理された」


「でも違った?」


「違う」


彼は答えた。


「胸に黒い花の刻印があった」


私は背筋が寒くなった。


黒い花。


地下聖堂。


私の処刑。


王様の死。


すべてが繋がっている。


「……殿下」


「何だ?」


「私たちが二度目の人生を始めた理由って……」


彼は黙った。


「偶然じゃないですよね?」


その瞬間。


風が吹いた。


庭園の木々が大きく揺れる。


王太子は空を見上げた。


「俺もそう思っている」


そして。


彼は私に手を差し出した。


「だから今度は――」


私はその手を見る。


「一人で戦うな」


「……」


「前の人生で君を守れなかった」


彼の瞳には、強い後悔があった。


「だから今度は、絶対に君を死なせない」


私は迷った。


前の人生では。


この手を何度も握った。


そして最後には。


その手が私を救えなかった。


でも。


今は違う。


私はゆっくりと手を伸ばした。


そして。


彼の手を取った。


「……一つだけ」


「何だ?」


「私を裏切ったら、今度は絶対に許しません」


彼は少し驚いた。


そして。


初めて笑った。


「分かった」


「本当に?」


「ああ」


「約束ですよ」


「約束する」


その瞬間。


遠くで鐘が鳴った。


三日後。


地下聖堂へ行く。


その決意をした――その夜。


私は一人で自室にいた。


机の上には、黒い花。


触れないようにしていたはずなのに。


突然。


花が開いた。


「……!」


黒い花の中心から。


小さな銀色の光が浮かび上がる。


そして。


女の声が聞こえた。


『やっと、二人が揃った』


「誰……?」


『アリア』


「私の名前を……」


『あなたは、前の人生でもここまで辿り着けなかった』


「どういう意味?」


『三日後、地下聖堂へ来なさい』


声が少しずつ遠ざかる。


『そこで、あなたが殺された本当の理由を教えてあげる』


「待って!」


光が消える。


静寂。


私は呆然と立ち尽くした。


けれど。


机の上には、もう一つ。


見覚えのないものが残されていた。


古びた銀色の鍵。


その鍵には、小さな文字が刻まれている。


『二度目の人生を始めた者だけが、扉を開けられる』


私は鍵を握った。


すると。


鍵の奥から、かすかな声が聞こえた。


『――急いで』


私は振り返った。


窓の外。


暗い庭園に。


誰かが立っている。


その人物は私を見ると――


ゆっくりと頭を下げた。


そして。


姿を消した。


私は知らなかった。


その人物が。


前の人生で私を最後まで守ろうとしていた、もう一人の人間だったことを。

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