第35話 死んだ母の笑顔
「……お母様?」
そこにいた。
間違いなく。
私の母だった。
銀色の髪。
優しい瞳。
私が幼い頃に何度も見た顔。
けれど。
母はもう死んでいる。
「どうして……」
私は一歩近づく。
「どうしてここにいるの?」
母は微笑んだ。
「アリア」
その声も。
間違いなく母だった。
私は涙をこらえられなかった。
「お母様……」
走り寄ろうとする。
だが。
「待て!」
ルシアンが叫んだ。
私は足を止める。
「近づくな」
「どうして?」
「それは――」
ルシアンが剣を構える。
「お前の母親じゃない」
母の笑顔が消えた。
「……やっぱり、あなたは気づくのね」
声が変わった。
母の声ではない。
もっと低く。
冷たい。
「誰……?」
母の姿が崩れていく。
銀髪が黒く染まる。
瞳が赤くなる。
そして。
顔が別人へ変わった。
「……王妃?」
レオンハルトが呟いた。
そこにいたのは。
レオンハルトの母。
王妃だった。
「なぜ母上が……?」
レオンハルトが愕然とする。
王妃は笑った。
「王冠は記憶を映す」
「……」
「だから、最も信じさせやすい姿を選んだだけよ」
私は拳を握る。
「お母様の姿を利用したのね」
「そうよ」
王妃は微笑む。
「あなたは母親に弱いもの」
その瞬間。
私の銀魔法が暴発した。
床が震える。
「アリア!」
レオンハルトが叫ぶ。
王妃は笑う。
「いいわ」
「……」
「その力よ」
彼女は私を見る。
「それこそが、王冠が欲しがっているもの」
私は怒りを抑える。
「あなたが黒幕なの?」
「黒幕?」
王妃は首を傾げる。
「違うわ」
「……?」
「私はただの代理人」
地下聖堂の奥。
黒い扉がゆっくり開いた。
「本当の王は――」
王妃が跪く。
「まだ、この世界に存在している」
扉の向こうから。
足音が聞こえた。
一歩。
また一歩。
そして。
姿を現したのは。
白髪の男。
いや。
先ほどの男とは違う。
もっと若い。
銀色の髪。
赤い瞳。
王冠を被っている。
私は息を呑んだ。
「……誰?」
男は私を見る。
そして。
優しく微笑んだ。
「初めまして」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥が激しく痛んだ。
知らない。
知らないはずなのに。
知っている。
私はこの人を知っている。
「……あなたは」
男は手を差し出す。
「私は――」
その瞬間。
王冠の欠片が激しく震えた。
そして。
頭の中に、一度目の私の声が響いた。
『この人だけは』
『絶対に信じないで』
私は凍りついた。
これまで。
ずっと探していた。
“一人だけ信じるな”ではなく。
“一人だけ信じろ”。
その答えが。
今。
目の前にいる。
私は剣を握った。
男は笑う。
「そうだ」
「……」
「その目だ」
男の瞳が赤く輝く。
「やっと、本当のアリアに戻ったな」
地下聖堂の扉が閉じる。
逃げ道は消えた。
そして私は悟った。
――第二の人生は。
まだ始まったばかりなのだ。




