第36話 知らないはずの人
目の前の男を見た瞬間。
胸の奥が、強く締めつけられた。
知らない。
絶対に知らない人物のはずなのに。
私は、この人を知っている。
そんな矛盾した感覚があった。
「……あなたは誰?」
私が尋ねると、男は微笑んだ。
「そうだな」
赤い瞳が細くなる。
「今のお前には、そう見えるだろうな」
「どういう意味?」
「私はお前が生まれる前から、お前を知っている」
私は剣を構えた。
「答えになっていません」
「相変わらず警戒心が強い」
「……」
「母親に似たな」
その言葉に、私は息を呑む。
「お母様を知っているの?」
「ああ」
「どんな関係?」
男は少しだけ目を伏せた。
「……愛していた」
地下聖堂が静まり返る。
「でも、あの女は私を裏切った」
「違う!」
父が叫んだ。
男が父を見る。
「お前には関係ない」
「ある!」
父は剣を抜いた。
「二度と、彼女を利用するな」
「彼女?」
男は私を見る。
「お前の母親か?」
「……」
「それとも――お前自身か?」
その瞬間。
レオンハルトが私の前に立った。
「アリアに近づくな」
男が笑った。
「なるほど」
「何が可笑しい?」
「お前は一度目の人生でも、同じことをした」
レオンハルトの表情が変わった。
「……何?」
「彼女を守ろうとして、すべてを失った」
「!」
「そして最後には、自分の手で彼女を殺すことになった」
私は凍りついた。
「……嘘」
「違う!」
レオンハルトが叫ぶ。
「俺はアリアを殺していない!」
「だが、お前は――」
男が指を鳴らした。
空中に映像が浮かぶ。
処刑台。
血。
そして。
レオンハルトが私へ剣を向けている。
「……!」
映像の中の私が笑っていた。
『殿下……お願い』
『私を殺して』
私は首を振る。
「違う……」
けれど。
映像の私は。
確かにそう言っていた。
レオンハルトが震える手で剣を握っている。
『これしか方法がない』
そして――。
剣が私の胸を貫いた。
「……!」
私は膝から崩れそうになった。
「アリア!」
レオンハルトが支える。
「これは違う!」
「……でも」
「偽物だ!」
彼の声は震えていた。
私は彼を見る。
その目には。
恐怖と後悔があった。
その瞬間。
私の中の銀髪の少女が囁いた。
『それも、本当』
「……え?」
『ただし――』
少女が続ける。
『あなたが見た“死”とは意味が違う』
私は顔を上げた。
男が笑っている。
「そろそろ思い出す頃だ」
「何を?」
「お前が二度目の人生へ戻った理由を」
そして。
男は王冠を掲げた。
「お前は――一度目の人生で、死んでなどいない」
私は目を見開いた。
では。
処刑された私は。
誰だったのか。
男は笑った。
「お前が殺されたと思っていた相手は――」
赤い瞳が私を射抜く。
「お前自身だ」




