第6話
「お前は、私たちの娘ではない」
「……え?」
サクヤは目の前にいる母を見つめた。
「お前は両親から買った」
「……嘘」
「儀式の贄にするために育てた。それだけだ」
「やめて……」
何を言っているのか分からない、いや分かりたくなかった。
いつも髪を整えてくれた。
いつも食事を用意してくれた。
何不自由なく暮らせるようにしてくれた。
それが全部――。
「お前を愛していたことなど――」
「やめて……!」
腹部に鋭い痛みが走る。
「っぅ……!」
その衝撃でサクヤは目を覚ました。
暗い天井が見える。
荒い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと周囲を見回す。
「……ぁ」
ここは屋敷ではない、昨日泊まった宿だ。
「……夢」
小さく呟く。
「サクヤ?」
隣から声がした。
エリアスが身体を起こしている。
「大丈夫かい? 随分と魘されていたようだけど」
サクヤは答える前に、ゆっくりと息を整えた。
「……大丈夫よ」
「そうかい」
エリアスはそう言ったものの、サクヤの顔を見て眉を寄せた。
「酷い汗だ」
部屋に備え付けられていたタオルを手に取り、サクヤへ差し出す。
続けて、自分の水筒も渡した。
「汗は拭いた方がいい。水分も補給しておきなさい」
「……ありがとう」
サクヤはタオルを受け取り、額や頬、首筋の汗を拭った。
それから水筒に口をつけ、水を一口飲む。
冷たい水が喉を通り、乱れていた呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……明日は沢山歩くからね。ゆっくり寝なさい」
「わかったわ」
エリアスは、何か思うところがあるようだったが、少し考える素振りを見せたあと、頭を横に振って、聞くことを止めたようだった。
「じゃあ、おやすみ」
エリアスは再び横になる
「……おやすみなさい」
サクヤも同じくしてベッドへ戻った。
目を閉じる。
けれど、すぐには眠れなかった。
夢の中で聞いた言葉が、頭から離れない。
――両親から買った。
――儀式の贄にするために育てた。
それが本当なら。
十九年間、自分が暮らしてきた場所は何だったのだろう。
答えは出なかった。
やがて疲労が勝り、サクヤは再び眠りに落ちた。
――翌朝
窓から差し込む光で、サクヤは目を覚ました。
昨晩の夢を思い出す。
けれど、それ以上考えることはしなかった。
ベッドから起き上がり、身支度を整える。
昨日エリアスに用意してもらった服に着替え、髪を整えていると、向こうから声がした。
「おはよう、サクヤ」
「おはよう」
エリアスも荷物をまとめ終えたところだった。
「よく眠れた?」
サクヤは小さく頷いた。
一瞬だけ間が空く。
エリアスは何も言わなかった。
「じゃあ、朝食を食べて出ようか」
「分かった」
二人は一階の食堂へ向かった。
朝の食堂には、昨日の夜よりも多くの客がいた。
仕事へ向かうらしい人々。
旅の支度をする商人。
子供を連れた家族。
サクヤは席につきながら、周囲を静かに眺めていた。
屋敷での食事とは、ずいぶん違う。
誰かが用意したものを、決められた場所で食べる。
それが当たり前だった。
けれど今は、知らない人たちと同じ場所で食事をしている。
それだけのことが、少しだけ新鮮だった。
「今日は街を出る前に、必要なものを揃えるよ」
エリアスがパンをちぎりながら言う。
「何が必要なの?」
「食料。それから着替えをもう少し。あとは君の荷物を入れる鞄かな」
「鞄……」
「昨日も思ったけど、君は荷物が少なすぎるからね」
「そうなの?」
「そうだよ」
サクヤは自分の荷物を思い浮かべた。
服、身の回りの物。
それだけだった。
屋敷にいた頃は、必要なものがあれば誰かが用意してくれた。
自分で持ち歩く必要などなかったのだ。
「……分かったわ」
「うん」
朝食を終えると、二人は荷物を持って、宿の入口へ向かう。
扉が開くと、朝の空気が流れ込んできた、街はすでに動き始めている。
店を開ける人、荷車を引く人、道を行き交う人々。
昨日見た街とは、また少し違って見えた。
「行こうか」
「ええ」
サクヤはエリアスの隣へ並ぶ。
一度だけ、泊まっていた宿を振り返った。
昨夜の夢が、ほんの少しだけ頭をよぎる。
けれど、今は考えない。
サクヤは前を向いた。
二人は街の中へ歩き出した。




