9、南部救済キャラバン②
18年前、魔王討伐のために国王軍選りすぐりの精鋭部隊が派遣された。
しかし結果は全滅。
周囲の村を巻き込んで、残ったのは焼け野原だけ。
一面の死の世界。
忘れられた世界。
18年経った今は、暴力的なまでに死の世界だ。
当時の選りすぐりの精鋭たちは、死してなお整然と隊列を組み、その威容は往時さながらだ。
辺境伯の奥方が戦うなと言っていたが、戦えと言われたところで戦えるものか。
文字通りの死の行進。
それでも蒼真にとっては別の意味がある。
「蒼真さん!戻って!」
18年前派遣された精鋭部隊の中に蒼真の祖母がいた。
既に両親を亡くした蒼真が、戦死者名簿にその名前があっても、それでも生存を信じて探していた唯一の肉親。
「あの中には蒼真さんのおばあさんはいません!」
「で…でも…」
「生きてます!証拠だってあります!今は僕を信じて隠れて!」
そう、弥生は証拠を見つけた。
決定的とは言えないかも知れないが、それでも証拠と言うに足る根拠。
一瞬だけ泣き出しそうな表情になった。
そんな蒼真を見ていられず、肩を掴んで身体を伏せさせた。
蒼真はこんなのに耐えられるほど強くない。弥生はそれを知っていた。
8.南部救済キャラバン②
夜明けだ。
アンデッドの行軍とは裏腹に、良く晴れた美しい朝だ。
息を潜めて隠れていただけなのに、身動き出来ないほどに身体が重い。
とりわけ、商人ギルドの会計士で、禄に町を出たことすらなかったであろう卯月に至っては、眠っているのか気絶しているのか。
それでもこの場にはいられない。
即座に出立の支度が始まる。
眼帯姿の騎士に頼んで荷馬車を借り、卯月を荷馬車に寝かし、弥生たちは徒歩。
弥生はもちろん、琴音や轟、蒼真でさえも疲労の色を隠せない。
「弥生…さっきの話…」
蒼真の祖母の話。
「…お金の動きを追ったんです。もっと早くお伝えすれば良かったんですが、なんだかバタバタしていて」
琴音や轟も黙って隣を歩く。
聞いている。
特に琴音にとって、蒼真の祖母は親友なので。
「騎士団の給料口座を見つけたんです」
蒼真の祖母、セレナ(中略)ペンドラゴンは超腕利きの魔法剣士だった。
魔王討伐の派遣部隊に所属していただけはある。
そして彼らはほとんど自宅に戻らず転戦している。
その間の報酬を貯めて置く場所がそれだ。
全滅した元精鋭部隊の報酬は、彼らの遺族の申し出により引き渡されたが、セレナにはその遺族がいなかった。
唯一の遺族が蒼真なのだが、その時蒼真はやっと3歳かそこら。
そんな手続きなど出来るわけもない(今だって怪しい)
ただ、事情が事情なだけにそのまま、しかしひっそりと残されていた。
放置されていたとも言うが。
「それが、動いてたんですよ。」
蒼真の家賃とか買掛金や未払金がそっと支払われていた。
何件も。
匿名で。
弥生はその出処を探してもいた。
蒼真自身での支払いではないのはかなり早い段階で分かった。
蒼真ときたら壊滅的に貯金が出来ないので。
それなら誰が?
「そこから支払われていたんです」
貸借がほぼ一致していたので。
「忘れられた口座でした。18年間誰もが見て見ない振りをしていた。見ようとしたのはきっと蒼真さんと蒼真さんのおばあさんだけです。」
弥生は蒼真を見上げる。
「だから、蒼真さんのおばあさんは生きているんです。アンデッドにだってなったりしてません。死人やアンデッドが口座のお金を動かしたりなんてできません」
「だったらなんで…どこに…」
「それは分かりません。でも…」
実はもうひとつ『根拠』がある。
だが、それを口にすべきか弥生には分からない。
何故なら蒼真は嘘をついている。
「…だってそれは蒼真さんと同じで…
「即刻方向を東へ!」
突然だった。
よく通る声が空から。
「ドラゴンだ!?」
轟の言う通り空にドラゴンがホバリング。
「…リアステア少将…だわ…」
琴音の言う通り、ドラゴンに騎乗しているのは間違いなくリアステア少将だ。
「え?ひとり?」
「と言うかここへ来てはダメなはずじゃ…」
「その通り。軍法会議モノなので内密に願いたい。」
闇を溶かしたような真っ黒の髪を靡かせ、騎乗したまま言葉を続ける。
「昨夜のアンデッドの行進は西へ向かった。遠回りだが東へ進路を取れ。上空から確認したが今なら間に合う。」
それだけ言うと飛び去ろうとしてしまう。
「ま…待って…!」
「待てぬ。昼には奥方がいらっしゃるのでそれまでに断固帰還せねば。ここに居たことを知られるわけにはいかない。武運を祈る。」
一気に飛び上がりあっと言う間に姿が見えなくなった。
『神速の星羅』なんて渾名もあったな、と見送りながら思い出す。
「わ…わざわざそれを伝えに?」
「第三特務隊は空って本当だったんだ…」
ちなみに第一は陸、第二は海…との噂だ。
「カッコいい!奥方、俺に推薦状書いてくれるって言ったよね。今からでも頼めば書いてくれるかな?」
あっさり蒼真が元気になった。
確かにリアステア少将のドラゴン騎乗姿は画になっていた。
「さあ。特務隊入隊には筆記試験があるって言いますよ。大丈夫ですか?三角測量とか。」
「んー無理かあ。じゃあこのままおばあちゃん探すしかないかあ。」
「…そうですね。」
「ー弥生、ありがとう。」
吸い込まれそうな真っ青な蒼真の瞳に弥生が映っている。
「いつも助けてくれて。」
吸い込まれた。
久し振りに。
言葉が出なかった。
弥生は何もしていない。
何も出来ない。
蒼真はそれを知っているはずなのだ。
少将からの情報はとても重要なので即座にキャラバン全体で共有する。
弥生が蒼真に、少将による軍規破りの結果の情報なので、情報の出処を伏せるように伝え忘れたせいで、素直にありのままを話してしまった。
「ああ…本当にすみません、リアステア少将…」
「でも結果としては良かったのでは?少将からの情報として伝えたからこそ、情報の信憑性が担保出来たんですから。」
目を覚ましたそばから卯月の指摘は鋭い。蒼真は嘘が下手だし、少将もよりにもよってドラゴンで飛んで来たので、何を言っても今更だ。
「大丈夫だよ。誰から聞いたか内緒だよって言っておいたから。」
「このキャラバンの持ち主、辺境伯ですよ?辺境伯の奥方に知られたくないから内緒なのに。」
「だからだよ。奥方がこの事知ったとしたら、きっと少将を褒めると思うよ。部下を守ったんだから。」
そういう見方もある。
蒼真はこういうところが意外と鋭い。
「そうよね。あのリアステア少将が軍法会議覚悟で伝えようとした情報よ。しかも内容がアレのいない方角だもの。喉から手が出るくらい欲しかった情報じゃないかしら。ねえ、あなたもそう思うでしょ、卯月ちゃん。」
「ヒッ!……は…はい!」
琴音は分かってやっている。
何か言おうとした弥生の肩を轟が軽く叩き、諦め顔で首を横に振った。
力及ばずすみません、卯月・ブリエさん…などと弥生が思っているのは本当だが、僕ら冒険者ギルドの恨みを思い知れ!と言う気持ちも多少あるのも正直なところ。
結構根に持つ性分だ。
そうじゃなきゃ期末ごとの決算整理仕訳なんてやってられない。
何しろ、商人ギルドとのアレコレの帳簿はまだ閉じていないのだから。
その夜は静かな夜だった。
リアステア少将のお陰だ。
昨夜の疲れから、全員がアンデッドの3倍くらい死者になったように眠った。
キャラバン本隊の兵士が順番に見張りをしてくれるので、今夜ばかりはそれに甘えた。
しかし弥生は眠れなかった。
18年前に全滅した国王軍は、間違いなく魔王によってアンデッドにされてしまった。
それでも、18年も何をしていた?
確かに18年前の惨事についてあまり調査は出来ていなかったが、それでも南部に向かった冒険者や商人の失踪が度々報告されるようになったのはここ最近のこと。
キャラバンを組んで助けに行くべき村や町だってある。
つまり、アンデッド化したのは最近だ。
すべてを殺してしまうので、正体不明の魔王は…
「ネクロマンサー…ですね。」
「!」
卯月も眠れないらしい。それもそうだ。
彼女はほとんど1日荷馬車の上で気絶していたので。
「わたしもこちらに派遣される前に色々と調べたんです。特に18年前のことについて。」
自分の荷物の中から手帳を引っ張り出すと卯月が続ける。
「全滅した国王軍のお墓も行ってきました。墓石は1200人全員分あるんですが棺は空っぽか、愛用品なんかを入れてあるそうです…セレナさん…でしたか。彼女の墓石も確認しています。」
昼間の話を聞いていたらしい。
「国王軍の皆さんご自身は誰ひとり埋葬出来ていなかったと言うことですね。」
「そうです。評判の通り、魔王はただひとりも討ちもらさなかったと言うことです。それが帳簿の数字。」
「ええ。」
「でも、昨夜のアンデッドは1199体でした。」
卯月の言葉に弥生は耳を疑った。
「ちょっと待ってください、…ブリエさんまさか…数えたんですか…?」
「とても怖かったので目を閉じて数えてました。会計士なので…数を数えていると落ち着くので…」
数えていると落ち着くのは弥生も分かる。それでも弥生にはできなかった。
『あれ』を数えるなんて。
それも何度も。
「アバカスさんの言う通りです。わたしが言っていたのは机上の空論でした。帳簿外の数字を見ていなかった。」
「そ…そんなことより本当に1199体だったんですね?」
「はい。ですのできっと…」
セレナ・ペンドラゴンは生きている。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【17日20:30】に更新予定です。
第十話では蒼真の嘘が明らかに。お楽しみに!
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