10、南部救済キャラバン③
キャラバンは小さな村に到着した。
涙を流して歓迎してくれたので、弥生も少し目頭が熱くなった。
泣くのは自分の仕事でないので、とにかく目の前の数字に集中する。
「遅くなってごめんね。」
蒼真も涙目。
情緒がめちゃくちゃで混乱したまま、村の子供たちと走り回って遊んでいる。
そう言う『仕事』こそ蒼真向きだ。
琴音や轟はもちろん、キャラバンの面々も暖かいスープを配膳しながら微笑ましげに様子を見ている。
轟も特別に秘蔵の酒を振る舞う。
大人の皆さんには何よりの逸品。
轟謹製傑作の一献だ。
弥生だって列に並びたいくらいだ。
「良ければ暖かいうちにどうぞ召し上がって。」
琴音が木陰で座り込み目をケガしているらしい眼帯をした村人にスープを持って行く。
さながら女神だ。
その女神の前にたちまち行列が出来た。
琴音の美貌は効果てきめん。
そこにいるだけで華やかだ。
持参した物資を配ると残りは70%ほど。
ここで具体的な原価を計算するのは無粋だ。
「残りは取得原価で換算すると3,350,000Gくらいでしょうか。」
サッと暗算するのは卯月。
…これだから商人ギルドとは相容れない。
9.南部救済キャラバン③
夜になってキャラバンの全体会議。即ち、この後どうするか。
他の村に向かうのはもちろんなのだが、そのルートをどうするか。
また、村人たちをどうするのか。
流通経路はほぼ機能していないし、今回の弥生たちのようなキャラバンを定期的に送るのも現実的とはとても言えない…となると日常生活の維持すら難しくなる。
「避難してもらうのがベストだけど…」
それも非現実的だ。
避難経路が事実上無い。
「家から離れたくないって。りんごの収穫の時期だからって」
持ち前の人懐っこさで、村人の話を聴き集めるのも蒼真の得意分野。
無意識にやっているから強い。
収穫したりんごを買い取ったところで、キャラバンで持ち運べる範囲一帯はりんごの産地。
何もかもが足りない中、不自由しないのはりんごだけと言う状況だ。
「そう言えば蒼真さんの故郷もりんごが名産でしたね。」
「そう!よく覚えてるなあ。アップルパイが最高なんだ。」
「そうでしたね。」
「冬になると流星雨が降るんって言ったっけ?願い事し放題。なんかね、星が落ちた所に出来た村なんだって。」
「それは興味深い。そう言えば前に子守唄を歌ってくれましたよね。星のかけらを数えましょう、でしたっけ?」
「本当によく覚えてるなあ。星の欠片ってそっごく沢山集めないと使えないし加工するのも大変みたいだけど、剣にできたらいいよね。欲しいなあ!」
「あったとしてそれ買えませんよ、きっとそれ。」
「そうだけどさー」
「ーアバカスさん、ペンドラゴンさん、話が脱線してますよ。」
卯月が目を閉じたまま指摘。
あおうは言っても話を戻したところで解決策も浮かばない。
明日には次の村へ向かう。
村に結界を張り、聖水を一樽置いていくことしか、出来ることはなかった。
無力感と義務感を抱えてキャラバンは進む。
その後は旧国王軍のアンデッドには会敵していない。
が、アンデッドの通った跡はクッキリと残っている。
障害物があっても避けることなくそのまま真っ直ぐ、止まることなく行進し続けるらしい。
生物も例外ではない。
動物や魔物を見境ないなく狩る。
喰うわけでもなく、それらが無残に転がっている。
一度だけバジリスクと会敵した。
バジリスクのアンデッド。
国境防衛を本分とする辺境伯の兵士たちの敵にはならず、蒼真たちの出番はない。
そのため、戦う代わりに近くの村に前乗りした。
「こちらの村は放棄されたようですね。」
兵士や冒険者なら対処できるバジリスクでも、ただの村人には難しい。
無理もない。
「襲われたわけじゃなさそう。家の鍵もかけてあるし、自分たちで出て行ったようですね。」
弥生は結論付けた。
「帰ってこられるといいね。」
蒼真が言う。
この村の人たちはきちんと片付けて、持ち出したものも当面必要なものだけだ。
帰って来るつもりで村を出た。
きっと村人全員で。
南に向かえば向かうほど、破壊の跡が濃くなった。
今日到着したこの辺りで一番大きな町は、まるで難民キャンプのようだった。
収穫目前のりんごを諦め、周囲の村や町から避難してきた人たちだ。
轟が摘果したりんごでりんごのワインを仕込んだ。
子供用にりんごジュースも。
こんな時でも酒はまだしも、しっかり麹種を持参しているところは流石轟。
出荷出来ないかも知れないりんごの使い途としては、そんなに悪くない。
酔っている場合ではないが、素面でいるのも辛いだろう。
ワインの出来を見にくると約束して、さらに南へ。
轟はその約束を守るだろう。
秋ももうすぐ終わり冬が来る。
空を見上げると手が届きそうな星空だ。
その星空を横切るように星が一筋、流れて消えた。
その夜、蒼真が熱を出した。
夕食までは元気で、ほとんど前触れもなくバタっと倒れた。
「体調が良くないなら言ってください。いつからですか?」
「うん…なんか急にぐわってきた。」
「弥生くん、休ませてやってちょうだい。回復魔法よりしっかり休む方が効き目があるわ。」
「そうですね。」
いつも元気な蒼真なので、おとなしいと妙な感じだ。
「弥生、ついててやってくれるか。儂は明日のルートのことで隊長サンと話し合いだ。」
「はい、もちろん。」
蒼真ときたら目を離すと起きようとするので、放っておくことが出来ないのだ。
蒼真の熱は下がらない。
案外おとなしく寝ているので、体調が良くない自覚があるのだろう。
考えてみれば今まで平気そうだった方がおかしい。
空を見上げるとまた流れ星。
「ああ、近いなあ…」
無意識に呟く。
蒼真が熱を出した理由に思い至ることがある。
「…弥生は知ってるんだね。」
蒼真の声に我に返る。
「な…何をですか?僕はほら、星に手が届きそうだなって…」
「本当にそれだけ?」
蒼真はそれで誤魔化されるほど鈍くない。真っ青な瞳が真っ直ぐ弥生を見上げている。
「…いえ、近くですね。蒼真さんの…故郷…」
子守唄の歌詞の通り、
甘いりんごが名産で、
アップルパイが美味しくて、
冬には星が降る、
星が落ちたところに出来た村。
「…もう無いけどね。」
寂しそうに。
今はもう焼け野原。
その、ただひとりの生き残り。
「じゃあ、俺の名前も知ってる?」
何かを覚悟するように目を閉じる。
弥生は静かにその名前を呼んだ。
「…蒼真…ソーマ・フィロソフィ・ルクレティア・リヒト・アリステリア・インテグレート・アンダンテ・ペンドラゴン…ですね。」
エルフ特有の長過ぎる名前。
「…よく覚えたね。」
「リストにあるのを見つけた時は、心臓が止まるかと思いました。」
死亡者リストだったので。
18年前に国王軍と一緒に消えた村の。
「前に弥生に長い名前聞かれた時、ビックリした…自分でも…忘れそうだったから」
確かにちょっと変だった。
その時は気づかなかったけど。
「でも、だから蒼真さんのおばあさんも生きているって思えたんですよ。書類上で亡くなっていても、こうして元気に生きているのを目の当たりにしたんですから。蒼真さんが、おばあさんが生きてることの証拠なんですよ。」
「…弥生は…すごいなあ…」
「そうですよ。僕はすごいんです。」
弥生も泣き出しそうになったので空を見た。
流れ星を数えた。
冬が近い。
ー蒼真の故郷も。
「弥生くん、ちょっとどいて。」
琴音が血相変えて飛んで来て、少し迷って何かの呪文を唱えた。
「え?何したんですか?」
「蒼真を寝かしたのよ。絶対起きて欲しくないの。」
只事ではない。
轟も荷馬車から愛用の斧を取り出し聖水で清めている。
「…アンデッドよ。」
「まさか!だって『アレ』は逆方向に向かって…」
「別のアンデッドなのよ!見せたくないの、蒼真だけには!」
言って頭を抱えてしまう。
「前のとは違う。軍隊じゃねえしバラバラにこっち向かってやがる。弥生と卯月はここで蒼真と一緒にいてくれ。いまから戦闘開始だ。」
「馬鹿な!戦うなって奥方が!」
「それとは別なんだってば!」
琴音の叫び声は悲鳴のよう。
それで気付いた。
「ま…まさか…?」
ここは蒼真の故郷の村が近い。
蒼真を残して全員が命を失った、まさにその場所。
「蒼真には絶対に見せないで!目を覚ましても絶対に何も知らせないで!」
「琴音、お前は下がってろ。ここは儂らが…」
「他人だけにやらすものですか!自分でやった方がずっとマシよ!」
蒼真の村の人たちなら、琴音も知らない人たちではない。
蒼真の祖母は琴音の親友だ。
「あの…一体何が…」
卯月だけが何も知らない。
琴音の剣幕やぐったりと眠る蒼真に戸惑って弥生を見るが、弥生にも何も出来はしない。
18年間、弔われることのなかった人たちが、今、土へと還って行く。
その中に、蒼真の両親たちがいるのかも知れない。
珍しく琴音が呪文を詠唱している。
轟の斧はいつも以上に正確で、確実に一撃で。
聖水を入れた酒樽が空になる。
灰となり、
塵となり、
風と共に消えて逝く。
空には星。
流れ落ちていく。
ひとつ。
またひとつ。
弥生にとって魔王とは、漠然とした『悪』だった。
アンデッド化させられた国王軍の隊列を見た時、なんとしても倒すべき脅威だと思った。
でも今は、憎い。
ひたすら、憎い。
その間、蒼真は目覚めなかった。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
ちょっと重い話が続きました。11話からは元のテンションに戻ります。
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