11、南部救済キャラバン④
夜明けだ。
すべてのアンデッドの鎮魂が終わった。
流石は国境防衛の要である辺境伯麾下の兵士たち。
損害なし。
失った物資は聖水くらい。
弥生たちにも負債無し。
目に見えるものに関しては、だが。
加えて蒼真は目覚めず、この光景を見ずに済んだ。
あの琴音が髪の乱れもそのままに座り込んでいる。
肩を震わせ声も噛み殺して泣いていた。
「…琴音さん、お疲れ様でした。」
「…見ないで。私、今、とんでもなく不細工たから。」
確かに泣き腫らした顔をしてはいるが、弥生には今までで一番きれいに見える。
「そんなことあるわけないじゃないですか。どんな時だって琴音さんはきれいですよ…そう思いませんか、ブリエさん。」
「え…そうですね…」
弥生に言われ、琴音が卯月に視線を向けた。
「ヒャッ……!ほん…本当に…きれい……でふ…」
確かに琴音は並外れた美人だが、卯月もそろそろ慣れても良いころではないだろうか。
それでも琴音が笑った。
「…そうみたいね。」
「でしょう?」
今はそれで良かったと思う。
「轟さん……あなた、一体何を仕出かしたんですか?」
まだ熱が下がらない蒼真の看病で目を離したのがいけなかった。
「材料が揃っていたからな。後片付けでキャラバンも2日ほど動かないってことで時間もあったんだ。」
材料→麹種、山程のりんご………そして
聖水
「普通使いますか、聖水ですよ!聖なる水と書いて聖水ですよ!!」
「残りが中途半端な量でな、鎮魂するには足りないが、手持ちの麹種にはちょうど良くてだな。」
「そう言うこと言ってんじゃないんですよっ!」
卯月の方はもう今にも失神せんばかり。
ようこそ冒険者の世界へ。
「そんなことより見てみろ。流石は聖水だ。たった半日で飲めるとこまで醸造されたぞ。」
「そんなこと言ってんじゃ…」
樽からはあまりにも甘美で芳醇な香り。
「…」
こっくり澄んだ黄金色の聖水の成れの果て。
「味見するか?」
ゴクリ。
これを目の前にして断ることが出来る者などこの世にいようか。
美酒だった。
極上のりんごワイン。
五臓六腑に染み渡り、色んなアレコレに耐えてきた胃壁が修復されていく…ように感じる。
「お…美味しい…!」
卯月も恐る恐る一口飲んで、その後は一気にあおった。
間違いない。
イケるクチだ。
「で…でもでも!これ辺境伯軍側の在庫では?それをこんなことに勝手に…」
とは言えまだ会計士の理性は残っている…ギリギリだが。
「そうですよ、轟さん。この量では辺境伯側の皆さんの分が足りないじゃないですか!」
「アバカスさんも!そう言うこと言ってるんじゃないんですよ!」
「でも本当に美味しいわね。それに疲れがスッと軽くなるわ。」
言われて見れば確かに琴音のキラキラが復活している。
「ほら、蒼真も飲め。美味いぞ。」
琴音の詠唱付き魔法で眠らされていた蒼真は、起きてはいるがまだぼんやりしている。魔法がまだ残っているのだろう。
つくづく琴音を怒らせてはいけない。
「待って。病み上がりだしまだ熱も下がりきってないわ。蒼真はお酒、あまり強くないし、ホットワインにしたからこちらを飲みなさい。」
そう言って琴音の差し出すりんごのホットワインは、ほんのりシナモンの香り。
「…アップルパイだ…」
思い出の。
両手を暖めるようにして大切に飲む。
轟のワインはアンデッドの鎮魂には使えないかも知れない。
しかし、今、生きている者には限りなく優しい。
「そうは言っても飲み過ぎですよ、ブリエさん。それ何杯目ですか?」
「証拠隠滅ですよ、アバカスさん。早く飲み切ってなかったことにしなくては。」
「会計士ともあろうものが何を言ってるんですか。」
弥生もイケるクチだが卯月はそれ以上だと思われる。
数字の強さに比例するのだろうか。
「流れ星に美味い酒。悪くねえよな。」
言いながら轟は卯月の器に、もう何杯目か分からないワインを注ぐ。
「そうですよ、パーって行っちゃいましょう!たまのことなんですから。」
こんなキャラなのか、卯月って。
まあ確かに商談にはお酒は付きもの。商人ギルドの懐刀なんて、飲まずにやってられないのかも。
「ずるいですよ、轟さん!ブリエさんばっかり。僕の分はあるんでしょうね?」
冒険者ギルドだって負けてられない。
「ああもう、好きに飲めや。」
轟はとうとう投げやりだ。
それを見て蒼真が笑った。
やっと。
「……楽しいね…」
それを聞いて琴音も笑った。
「うるさいだけだわ。」
蒼真と…そして琴音が笑うこと。
それが何よりの手向けなのではないだろうか。
18年経ってやっと送ることのできた、縁の人たちにとっては。
その後は何事もなく、支援物資も配り終わった。
もっとも、南部の状況が深刻だと言うことに変わりなく、改善方法も現状では手段がない。
破壊された町や村の復興に至っては当面不可能。
村を離れた人々が、元の村へ戻れるのはいつになるのか分からない。
魔王を倒す。
それが第一目標だ。
しかし今は、辺境伯の兵士たちはそのまま辺境伯所領に兵站を持って帰還し、弥生たちは元の町に帰るしかない。
色々あった旅だけど、良い旅だったと思う。
何より予算内でおさまったし、南部の状況を実際に目にすることは大きな意味があったし、南部の人々に少しでも物資を運び、多少でも助けになったと思う。
蒼真の故郷も見た。
そこで起こったことについては、悲しいことではあるけれど、大きな意味のあることだった。
そのことを蒼真が見ずに済んで良かったと今は思う。
しかしいつか話すことができたらいい。
それが、いつになるかは分からないが。
そして、この旅の最後の仕事。
「各種経費を引いて残った分については商業ギルドで責任を持って管理致しますね。」
「何を馬鹿な…!今回のプロジェクトは冒険者ギルド主導でした。冒険者ギルドで管理しますとも!」
会計を司る者としては譲れない。
お互いに。
「半分ずつにすれば?」
「何を言うんです、蒼真さん!負担割合がそもそも全然違うのに半分ではアンバランスでしょうが!」
「そうですよ。仕掛品の管理が冒険者ギルドにできますかって話です。」
卯月は目を瞑ったまま蒼真に反論する。
この旅の間で、卯月はとうとう蒼真のイケメン顔に慣れることはなかった。
「じゃあ辺境伯にお願いすれば?責任者なんだし。」
「…」
「…」
よりにもよって蒼真に負けた。
ぐうの音もでない正論かつ最善策だった。
そして今度こそ帰宅する。
弥生は一旦冒険者ギルドに戻る。
「よく無事に戻った。どうだ、南部は?」
ギルドマスター直々の出迎えだ。
第一陣で派遣された、このギルドでもNo.1のパーティー全滅の報告以降、最新の情報だ。
居ても立ってもいられないのだろう。
「想像上にひどいですよ。詳細は報告書を提出しますので。すぐにでも。」
それを聞いてか、眼帯姿の同僚がデスクを譲ってくれた。
決算を含む報告書を作らなくてはならない。
その後、卯月が作る商業ギルド側の報告書と合わせて、責任者である辺境伯…の奥方に提出する必要があるのだ。
つまり、卯月が作るそれより隙のない見事な報告書を書き上げなくてはならない。
休んでなどいられるか、と言う気分なのだ。
鉄は熱いうちに打つべきなのだ。
報告書に没頭してどれくらい経っただろうか。
「弥生弥生弥生!!」
弥生の集中力を妨げるのはいつものごとく蒼真である。
「なんですか、蒼真さん。今日くらいはゆっくり休んで…」
「ゆっくりしてる場合じゃないんだって!」
今度は何をしでかしたのか。
昨日の今日どころかまだ今日だ。
「俺だって休むつもりだったよ、流石に疲れたし。だから寄り道せずに家に帰ったんだってば!」
と言って蒼真が差し出すものは…
弥生は目の前のものを見て文字通り絶望した。
「……な…なんてことを…」
「俺じゃないってば!家に帰ったらあったんだってば!」
「だ…誰がそんなの信じると…」
「でもあったんだって!で『オカエリ〜待たせんなし』って」
弥生は頭を抱えた。
支離滅裂だ。
今までに輪をかけて。
「あのですね、どう見ても泥棒ですよ!それは勝手に動きませんしましてやしゃべったりしないんですよ、だってそれは…」
『アリステリア』通称『星の乙女』
「国宝の剣なんですから!」
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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