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勇者の決算書〜冒険者ギルド会計士のヤケクソ仕訳  作者: 十一


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8/22

8、南部救済キャラバン

連結決算はできるか?


新たな弥生への依頼である。

南部の変事で物流が滞り、物不足で困っている南方の村と在庫を抱えた商人ギルドのマッチング。

侯爵主催の晩餐会でその寄付を募った。

その晩餐会は、南方に所領を持つ辺境伯のご家族が疎開してくるので、その歓迎会として開かれたものだ。

そこで集めた寄付金を使い、南方の人たちを援助する慈善事業が組織された。

冒険者ギルドや商人ギルド、辺境伯や侯爵をはじめとする貴族たちが関わる、予想外に大規模なプロジェクト。

当然弥生たちの手に負える規模ではないので、辺境伯の傘下で行われることになった。

傘下と言っても帳簿は別。


つまり、連結決算だ。


「勉強はしましたけどね、連結決算ですよ、連結決算。冒険者ギルドでは縁がないと思ってましたけどついに連結決算ですよ、勉強しといて良かった〜」

弥生は浮かれている。

「僕に出来ますかね、連結決算。やってみたかったんですよ、連結決算。」

「そっか、良かったね。」

あの蒼真が引くほどである。

重症だ。

そもそも浮かれている場合ではない。


今日は一筋縄ではいかない商人ギルドとの交渉日。

即ち在庫を買い入れる。

商人ギルドとしては処分価格と言っても少しでも高く売りたいだろう。

こっちはこっちで慈善事業。

予算の上限は確定事項だ。

不当に安く買い叩くような非道はしないが、少しでもお安く、が今回の至上命題だ。

果たして、商人ギルドから送り込まれたのは…

「商人ギルド会計科より参りました卯月・ブリエです。」

メガネ姿で小柄な女性会計士だった。


7.南部救済キャラバン①


何を隠そう、商人ギルドと冒険者ギルドは折り合いがイマイチだ。

冒険者が持ち帰ったアレコレを、商人ギルドに安く買い叩かれる事象が頻発したからだ。

例えばグリフォンの羽毛の入手がどれだけ困難か。

確かに使い途はあまり無い。

柔らかさではグースに劣るし、頑丈さではバジリスクの鱗にも勝てず、美しさなら孔雀の敵ではない。

そうは言ってもグリフォンなのだ。

孔雀の留守中巣を探せば拾える孔雀の尾羽とは違うのだ。

それにもかかわらず、商人ギルドがつけた値段と言ったら!思い出すだけでも腸が煮えくりかえる。


その、商人ギルドの卯月・ブリエ。


バシ太郎のデリバティブ取引に横槍を入れようとした、宿敵卯月・ブリエ。


「あら、アバカスさん。最近見かけないと思っていたらこのようなところで会うなんて。奇遇ですね。」

「ご無沙汰してます、ブリエさん。最近は冒険者パーティーに同行してまして。数字は机上の空論であってはならないというのが身上ですから。」

「現場の空論なんてものもありますから。私たち会計士には帳簿がすべてです。帳簿外の数字に不正以外のなんの意味が?」

「帳簿内すべての数字に不正はないとでも?そして数字は帳簿外にもある。それを残さず拾うことこそ僕ら会計士の仕事では?」

「…仲悪いのかしら?」

流石の琴音にも分かるほど火花が弾けて炸裂している。

「弥生の知り合い?はじめましてだよね。俺、蒼真・ペンドラゴン。弥生の友達!」

火花を気にするような蒼真ではない。

なんなら会話が盛り上がってる!などと思ってさえいるかも知れない。

仲間に入れて的テンションだ。

「蒼真さん、今はこう見えて仕事中ですよ。『依頼人』とでも名乗ってください。」

「分かった!依頼人の蒼真・ペンドラゴン!弥生はレンケツケッサン?初めてなんだって。詳しい人なの?」

宿敵相手に余計なことを!

「………は…い……///」

あれ?

「そっか!えーっと…」

「商人ギルドの卯月・ブリエさんです。」

「卯月って呼んでいい?よろしく!」

握手。

「は……///っ…い…こっ…こちらこそ…、、」

これはこれは。

蒼真は言動が色々アレだが、それを差し引いても流石はクォーターエルフ、見栄えは抜群。

年頃の女性、とりわけ数字オタクの会計士…卯月には刺激が強い。

「女の子が来てくれるなんて嬉しいわ、卯月さんっていうのね。私のことは琴音って呼んでね」

「ヒッ…は…っは…いぃぃ…っ」

加えて琴音がいつもに増してキラキラと。多分面白がっている。

蒼真も琴音も言動はアレだが、見慣れぬ者には威圧感を与えるくらいの美形ではある。

事実、あの卯月・ブリエを圧倒している。

…これは優位に立てるのでは?

弥生は悪い顔をして笑い、轟はそれを見て軽く引いた。


流石は商人ギルドの懐刀。

弥生の目論見の甘さは程なく明らかになった。

「こちらが輸送まで担うんですよ!その値段なら諸掛はそちらの負担にすべきでしょう!」

「市場価格の半額以下ですよ。適正です。諸掛とは言うけれど、そのうちいくらかは輸送キャラバンの仕掛品として消費する分も含んでいます。こちらの諸掛分の負担としては過分では?」

「仕掛品と製造間接費は別に計上すべきでしょう!」

「納品後の仕訳はそちらの仕事。こちらとしては等しく『売上』です。」

ああ言えばこう言う。

弥生もやや旗色が良くないことに気付いてはいる。

こんなことを言いたくないが、これは慈善事業なのだ。商人ギルドを救う事業でもあるのだ。

ここは飛び道具を繰り出すしかない。

同席している“飛び道具”蒼真を見ると、圧倒的に分かってない顔でキョトンとしている。

それでもちゃんとイケメンだ。

「そ…蒼真さんはどう思いますか?」

卯月の顔が引き攣ったのを弥生は見逃さない。

卯月がずっと蒼真に視線を向けないようにしていたのにも気付いていた。

「よく分からないけど、たくさん買えるといいと思う。」

その“飛び道具”の言葉には、ビックリする程中身がない。

しかし、見た目55%、声38%、話す内容7%だ。攻撃力は健在のはず…

「こ…今回の分としては充分な量だと思いますよ。輸送部隊の規模を考慮するとこのくらいの量が最大量でしょう」

あれ?

卯月にしては手ぬるいが蒼真に対してこの落ち着き。

「!」


目を閉じている!!


第一ラウンドは商人ギルド卯月の勝利…いや、予算内にはなんとか収まっているので引き分けだ。

負け惜しみではない。


物資が揃えばあとは出発するのみ。

消費期限が短いものが多いので早急に。

「リアステア少将は来られないんですか?」

見送りにきた辺境伯夫人に質問。

元々は少将が南部派遣の責任者だったのだが…。

「特務本部から強く派兵延期の指示があってな。本人は出兵する気満々で王都に直談判に行く勢いだったが、なんとか妾が止めたところだ。こちらに残って短気を起こさぬよう見張っておこう。」

このお方は特務隊トップである辺境伯の奥方で、現国王の姉君だ。

流石の少将も逆らえまい。

それにしても、そうまでしてリアステア少将を派兵出来ないほどのことが、南部では起こっているのだろうか。


「南部ではアンデッドの大群が跋扈している。」

弥生の疑問を読み取ったらしい。

「アンデッド…生ける屍…ですね。」

「さみしがり屋でな、仲間を求める。」

「あ…」

「そう言うことだ。」

当代最強のリアステア少将やその隊が万が一アンデッド化したら、それこそ本当に手に負えない。

「妾の配下には強く申し伝えたが、アンデッドが活動する夜は息を潜めて隠れていろよ。会敵しても戦わず逃げろ。それが南部の現実だ」


ーーなどと、余程強く言われているのだろう。


まだ陽のあるうちに夜営の準備が始まった。隊付魔法使いによる結界も厳重。

夜陰に紛れるためとかで、会計士の仕事柄(?)夜型の弥生と卯月は夜のお楽しみ(勘定元帳への記入と計算)をしようと点けた灯りも、眼帯姿の騎士に消されてしまった。

お陰で手持ち無沙汰だ。


一方、蒼真は早くも夢の中。

「弥生くんと卯月ちゃんも早く寝なさいね。夜更かしはお肌に悪いわ。」

多分琴音もすぐに寝る。

轟は秘蔵の陰干し中だった酒樽を聖水入れに使われご機嫌斜め。

アンデッドの鎮魂に聖水は不可欠。どれほどの大群かは分からないが、この量ではまったく足りないだろうからお守りだ。

「アンデッドなんざ敵じゃねえんだがな。」

轟の不満はそこにある。

聖水よりお酒を持ってきたかったのだ。

「大群らしいですから。大群だとそれだけで大ごとでしょう?ほら、前の鉱山のスライムとか。」

「ああ…あのレベルの大群のアンデッドには会いたくねえな。下手に戦ってアンデッド化されちゃ面倒だし。」

聖水は、キャラバンメンバーがアンデッド化した時用の備えでもあるのだ。


そんなノロノロ進行でも遂に警戒地域に到達した。

弥生たちの緊張感が緩み始めた頃だが、流石は国境防衛を担う辺境伯麾下の部隊。

初日と変わらぬ警戒態勢だ。

とは言えここまでのところ、アンデッドを含む魔物には会敵していない。

「多分、それだけアンデッドが多いんだ。」

蒼真が冒険者らしいことを言っている。

アンデッドは見境ない。

アンデッドに襲われたら全部がアンデッド化するわけではない。

恐らくこの辺りの生き物は、アンデッドに狩り尽くされたと言うことだろう。

「そ…それでは今から向かう村とか町は無事なんでしょうか。」

「そこなんだよな。」

「と言うか卯月ちゃん、どうして目を瞑っているのかしら?」

「ヒッ!な…なんでもないんです!目が疲れたのでっ!」

「そうだよね、薄暗いとこで魔法陣書いてたもんね。」

蒼真にかかれば仕訳も魔法陣だ。

「俺、こう見えて回復魔法使えるんだ。今…」

「ヒィィッだ、大丈夫です!そこまでして頂くほどではッひええええっ!」

勢いで目を開けてしまった。

目の前には蒼真のドアップ。

「ええ?本当に大丈夫?!真っ赤だよ!」

蒼真に乙女心など分かるものか。

あえて助け舟を出すわけではないが、弥生は多少気の毒に思った。

「ふふふ…可愛い…❤」

しかしこの嫌なウキウキ感でいっぱいの琴音を見ると、今度こそは本気で卯月に同情する弥生だった。

「おい、静かに。」

一応見張りをしていた轟が声を落とす。

「何かあった?」

「琴音、迷彩結界使えたよな?」

前線部隊のただでさえ少なかった篝火が一斉に消され、周囲は闇。

「普通の結界なら俺でも張れる。そっちは俺がやるから琴音は迷彩の方を。」

「分かっているわ、蒼真。弥生くんと卯月ちゃんは隠れていてね。」

顔付きが違う。

敵は近い。


闇の中に足音がする。

規則正しく、整然と。


「これ…何体いるんだ?」

会敵したら逃げろと言われている。


近付いてくる。

目と鼻の先。

『それ』の瞳が緑色に鈍く光る。

規則正しく並んだ光が川となって流れてくる。


「まるで…軍隊だわ…」

琴音の声すら震える。


逃げられるのか?


弥生の隣で卯月が小さくなって震えている。

大丈夫だとは言ってやれない。

弥生だって悲鳴を噛み殺すのに精一杯だ。


「な…なあ、弥生……このアンデッドってもしかして…」

蒼真が震える指で指した先には軍旗があった。


暗闇にアンデッドの瞳と月の淡い光の中。


軍旗が揺れる。

国王軍の軍旗が揺れる。


「…18年前全滅した…」


国王軍だ。


読んでいただきありがとうございます!

次回は【本日夜20:30】に更新予定です。

第九話では弥生が見つけた『証拠』が明らか。引き続きお付き合い頂けたら嬉しいです。

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