6、クエストNO.253、銀鉱山の安全確保
弥生は激怒した。
書庫で埃まみれの事務官(眼帯をしている。書庫の埃で目を痛める者が多い。
文句を言ってやらなくては)が言った。
月下美人の蜜を集めている間に、リアステア少将を代表者とした国王御璽付きの「魔王討伐調査第二次派遣」の選考が終わったと。
ワザとだ!
確かに蒼真のパーティーは高位貴族からのご指名クエストでスケジュールに空きはない。
しかし、今、不穏な南部のクエストを受注することは、冒険者としての今後に絶対有益だ。
そもそも蒼真は行方不明(亡くなっている可能性が高いが…)の祖母を探すために冒険者になったのだ。
近場でうろうろしていては探せない。
すなわち、お貴族様の道楽(道楽だ!)に付き合っている場合ではない!
弥生は覚悟を決めた。
ギルドマスターに直談判だ。
「ちゃんと候補者として推薦したぜ」
弥生の抗議にギルドマスターはあっけらかんと答えた。
「まあ…選考書類に今までの決算書があったから…」
今度は歯切れが悪い。
「決算書…」
ズタボロのゾンビめいたあれ。
「あれを…あれを…リアステア少将にお見せしたんですか!!!」
恥ずかしい!
恥ずかしくて死ぬ!!
それでは選ばれるわけがない。
選ばれたらそれこそ正真正銘の依怙贔屓。弥生はすごすごと退散するしかなかった。
弥生が帯同するようになってかなり改善されたであろう決算書。
それでもどこからどう見ても無駄遣いだらけの出費の数々を、無理矢理簿記用語に封じ込めたアレコレが、あのリアステア少将に見透かされたに決まっている。
弥生は決意を固めた。
今度は一点の隙もない完璧な決算書を作ってみせる!
完璧に作った予算案を抱え、蒼真たちパーティーのクエスト出発前の定宿に突撃した。
「弥生!大変だ!とんでもないことが分かった!」
血相を変えた蒼真。
まさか国王御璽付きの「魔王討伐調査第二次派遣」の選考に落選したことを知ってしまったのか?
「バシ太郎、女の子だった!」
すごくどうでもいい。
ものすごくどうでもいいが…
「ええ!?」
まんまと驚く弥生だった。
「女の子に『太郎』だなんて…」
「仕方ないわよ。あの子、とってもボーイッシュだったもの」
「…とりあえずそれはどうでもいいです。バシ太郎さんは今月もちゃんと稼いでくれていますよ。デリバティブにしたのは大正解でした。薬価が上がってますからね。」
デリバティブ取引…変動の激しい薬価だが、相場で薬価がいくらになっても、契約時にお互いが合意した単価で売買をする。
つまり、南部での不穏な状況から一部の薬材料が高騰しており、全体的に薬価は上がっているが、蒼真たちは当初の価格で薬を入手できるのだ。
商人ギルドから物言いがあったが、至極真っ当な取引だ。正義は我らにあり。
バシ太郎から採取できるバシリスクの毒液は薬の材料。
薬屋に預けているのだが、薬屋も高騰している材料を手元で採取でき、蒼真たちも薬を安価に入手できる、実に合理的なビジネスモデルだ。
そして、未だに信じられないが、これが全部蒼真のアイデアだ。
交渉をまとめたのは弥生だが(重要)
「…それはそれとして、みなさんに提案があります。」
さて、本題である。
今回のクエストは魔物が巣食ってしまって採掘ができない銀鉱山から、その魔物たちを駆逐すること。
発注者は鉱山ギルド(珍しく貴族じゃない!)
半分は前払い…つまり手付金で、半分はクエスト完遂後に支払われる。
尚、経費は報酬から払う。
また、クエストで得た副産物については基本的には全部パーティの収益にしてOK。ただし報告要。
予算案
報酬は2,000,000G(手付金含む)
内訳
クエスト前
前払給料 200,000×3=600,000(10%×3)
小口現金 100,000G(5%)
各種引当金 100,000G(5%)
仕掛品 600,000(30%)
後払給料 200,000×3=600,000(10%×3)
クエスト後
残金及び収益に対し
手数料(弥生の分)10%
負担金 10%
負債支払 30%
賞与 30%
次期繰越 20%
「前払いでお渡しする給料に関しては好きにしてください。ただし…」
ノート三冊。
「お金の出入りを記録してください。」
単式簿記…要するにお小遣い帳である。
「僕がみなさんの無駄遣いをやめさせてみせます!」
「すごいわね、お小遣い帳。お金の流れが一目で分かるわ」
クエストへの道すがら、馬車の中でまじまじと琴音が言う。
三人とも意外と素直にお小遣い帳に記入している。
「確かに。これがなかったら酵母を二重で買っちまうところだったぜ。」
「…でも…轟、琴音…あと…いくら残ってる?」
珍しく気弱な蒼真の声。
「…」
「…」
縋るような視線が弥生に集中した。
案の定、前払い分を使い果たした様子。
「「「…」」」
三人の視線が突き刺さる。
少なくないぞ、200,000G。
「「「…」」」
次第にうなだれる三人。
これからクエストなのに…。
「…分かりました」
組んだ予算には後払い分の報酬も入れてある。
失敗するわけにはいかないのだ。
「クエストで貢献してください。薪や食事の準備でもなんでも良いです。そしたらお小遣いをお支払いします」
「「「!」」」
その分は仕掛品から出せばいい。
まあ、そのためのお金だし。
不利差異さえ出さなければいいのだ。
さて、銀鉱山に到着した。
湧き出るスライムに閉口する。
初級冒険者でも充分に対処できる魔物だが、数が多すぎる。
文字通り池になっている。
しかも湧き水付き。
「あーもう面倒くさいなあ!剣の切れ味落ちちゃうよ」
蒼真も珍しく魔法中心で戦っている。
特にお金の動きもないので弥生の算盤も沈黙したままだ。
「琴音さん、広範囲魔法は駄目です!鉱脈が破損したら復旧工事費を請求されます!」
「だからってこんなのやってられないわ!」
一方で轟は大量のスライムを捕食しに来た見慣れないカニに似た魔物…こちらも大量…を、斧で叩き割っている。
こっちも対処しないと今度はカニの魔物を補食する別の魔物もやってくる。
それが自然の理だ。
それにしてもあのカニの殻、何かに使えないかな…弥生も飽きてきて余計なことを考える。
頭に浮かんだカニ殻アーマー(モデル蒼真)のあまりのバカバカしさに、自分で笑いそうになる程退屈な戦闘だった。
「明日もこれやるのか…」
轟があまりの徒労感に厭世気味なため息をつく。
「まったく減ったように見えないわね。」
琴音も同様。
「別の方法を考えた方がいいかも知れませんね。」
などと淀んだ空気が漂う。
「みんなー夕食の用意できたよー」
蒼真だけは元気そう。
「あ、ありがとうございます。」
「うん!だからほら!」
あ、お小遣い。分かりやすい。
「では1,000Gお支払いします。お小遣い帳に記録してくださいね。」
「やったー!」
「ず…ずるいわ!夕食の支度は私がいつもやっているのに!」
「弥生!火の番は儂がしよう!」
「わ…私は弥生くんの帳簿整理を手伝うわ!」
「それだけは結構です。」
野営の用意だの水汲みだの、競って雑用をこなす。
仕掛品足りるかな…などと、今までとは違う不安を覚える弥生だった。
クエスト2日目。
「俺、もう6,000Gも貯まったよ!」
「あら、私だって6,000Gよ。今日の夕食は私が作るわ。特別なレシピよ。」
「儂はもうすぐ10,000Gだ。薪と火の番は任せろ」
今日もスライム池の掃討中。
上級冒険者の彼らにとってスライムくらいは敵ではない。
片手間でも充分に対処できる。
「みなさん、少しは集中してください!」
彼らにとってはお小遣いを増やす方が難関なのだ。
それならば
「このスライム池を一番多く片付けた人に10,000Gお支払いします。」
「早くそれを言えや、弥生よ。」
「10,000Gは俺のものだ。悪いけど。」
「下がりなさい、2人とも。こんなの私1人で充分だわ。」
…分かりやすいにも程がある。
昨日に引き続き弥生は飽きていた。
早く終わらせたい。
10,000Gくらい安いものなのだ。
なんだかんだ言ってもギルドの次世代エースだった。
弥生は一番多くスライムを倒した者に報酬を与えると言ったが、彼らは協力した方が良いと即座に判断した。
琴音のシールド魔法に守られ蒼真がスライムの池に潜る。
次に轟が砕いた岩でスライムが湧き出す池の底の割れ目を塞ぎ、スライムの供給を止める。
要するに生き埋めである。
あとは池になっていたスライムを片付ける。
そして、エサであるスライムがなくなれば、カニの魔物も減るだろう。
「流石です。みなさん全員の貢献ですので、2,000G足して一人4,000Gずつお支払いします。」
あとは塞いだスライムの噴出口を観察確認し、問題がなければクエスト完了。
そのためにもう一泊必要だ。
だからもう一晩、お小遣い争奪戦が続く。
轟と琴音がスライムの噴出口の監視や野営の準備をしている。
弥生は仕訳。
それ以外のことをすると怒られる。
弥生にはお小遣い争奪戦への参加権はない。
言うなれば審判だし。
また、スライム池に潜った蒼真はスライムを洗い流し、濡れた服やら髪やらを火の番を兼ねて乾かしている。
琴音や轟の計らいだ。
なんだかんだ言っても2人は蒼真に甘い。
「よくあの中に潜りましたね。」
「その方が早いしね。轟は泳げないし琴音は…まあ無理だよね。」
「まあ…そうですね。」
琴音にはさせられない。
なんとなく。
「…なあ、弥生。」
度々焚き木を足しながら蒼真が弥生を見た。
真剣に。
「轟か琴音に聞いた?」
「…え?」
蒼真は行方不明の祖母を探すために冒険者になった。
「弥生、なんか必死だったから。」
だけど、蒼真は自分から一度も祖母を探しているとは言ったことはなかった。
「そ…それは、決算書をですね、あのリアステア少将にお見せしなくちゃいけないので、なんとかちゃんとしたものをと思ってですね…」
「そっか。」
「そ…そうです。」
嘘ではない。
決して。
「…なあ、弥生。」
「はい」
「…おばあちゃん、死んじゃってたら…どうしよう。」
蒼真にしては珍しく、囁くような小さな声だった。
気づいていたのだ。
彼の祖母が亡くなっている可能性が高いこと。
それを轟たちが知っていること。
「そ…蒼真さんは生きてるって信じればいいじゃないですか。」
弥生の目に蒼真が小さく見えた。
そのことが弥生を急き立てる。
「と…とある賢者が言っていました。猛毒が満たされた箱に入れられた猫の死は、箱の蓋を開けた時に初めて決まると。」
「猫?」
蒼真が首を傾げる。
弥生にも自分が何を言おうとしているのか分からない。
「蓋を開けるまで信じましょう。僕も信じますから」
絶対に生きているとは言ってやれないけれど、それでもせめて。
「…そうだね。」
儚いとはこういうことか。
そう思わされるような淡い笑み。
蒼真なのに。
「髪乾いた?風邪を引いてはいけないからきちんと乾かすのよ。」
蒼真の髪は、特別に琴音秘蔵の洗髪剤で洗ったので妙にサラサラだ。
「さっきスライムを埋めた穴も大丈夫そうよ。轟が先に番をしているからもう寝ましょう。交代時間には起こしてくれるわ。」
「うん、そうだね。」
琴音に応える蒼真の横顔は、もういつもの蒼真だった。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【本日夜20:30】に更新予定です。
第七話では新キャラ登場!です。お楽しみに!
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