5、クエストNO.252月下美人の蜜採集
第1回魔王討伐隊事前調査クエスト予算委員会。
ギルドの会議室に掲げられた表題である。
正式な発注があり、暫定の予算も展開された。
その振分がギルド会計科の大仕事。
代表執行者は国王直轄特務第三大隊少将、星羅・リアステア。
国王御璽付の、ギルド始まって以来の超大物案件である。
「調査概要を説明する。」
ギルドマスターに言われ、眼帯姿の男が地図を広げた。
「主目的は魔王討伐。しかし、その魔王がどんな姿なのか誰も知らない。姿を見た者全員殺されているからだ」
曰く、南部に不穏な動きがある、と各地の冒険者ギルドや商人ギルドに報告が上がっている。
「そう言えば本来南部が生息地のバシリスクがこの辺りに巣を作っているとか」
弥生も同行したクエストがそのバシリスク退治で、本来、この地域ではあり得ないほど大きな群れだった。
「それどころじゃない。南部に向かった冒険者や商人で、それきり消息が分からないなんて話が連続しているんだ。」
「それって…」
18年前の国王軍全滅。
合わせて周囲の村も文字通り焼け野原になった。
生存者ゼロ。
死者数不明…未だ調査すら出来ず。
「…恐らく、あの時と同じだ。」
この調査クエストの派遣最有力候補が蒼真たちだと聞いている。
そして弥生も帯同するつもりだ。
そうは言ってもこれは…と、背筋が寒くなる。
「それで、先遣隊は出発済だ。リアステア少将の出陣に先行しての出発だから、そろそろ何か連絡が来るだろう。」
え?
弥生は思わずギルドマスターを見た。
ギルドマスターは目で弥生を制し、後で説明すると合図を送った。
要するに、お得意様の侯爵様を始めとしたご指名クエストが立て込んでいるのだ。
確かに魔王討伐なんて怖い。
だけど冒険者としては冒険者冥利につきるってやつじゃないだろうか。
しかも今度のご指名クエストが…
「月下美人の蜜採集だって。」
「確か満月の夜にしか咲かない花よね。香りが素晴らしいの。香水の材料になるのよ。」
…なので。
「いいんですか、みなさん。」
「まあ…魔王討伐クエストは確かに面白そうだし報酬も抜群だが、これも公爵サマの依頼だろ?」
今度は公爵様。依頼主がランクアップしている。
「この前の晩餐会でお会いしたのよ。何かあったらお気軽にって申し上げたの。こんなに早くご依頼頂けるなんてね。」
アンタのせいか…
ギルドマスターも言っていた。
蒼真たちのパーティーにオイシイ依頼が集中していることを、面白くないと思っている上級冒険者たちも少なくないと。
名指しでの依頼だから他の冒険者に振るわけにはいかないからなのだが、傍目には依怙贔屓に見えなくもない。
だから今回の国王御璽付だが名指しではないクエストは、蒼真たちに振りにくいのだ。
それは分かる。
分かるのだが…。
「俺、月下美人の花って見たことない。楽しみだな。」
蒼真にニッコニコでこう言われてしまうと、弥生がアレコレ言っても仕方ない。
流石は公爵様のご依頼で報酬は破格だし。
前言撤回。
かれこれ数時間森の中を彷徨っている。
「なあ、月下美人ってどれ?」
「この辺りで去年咲いたって言ってなかったか?」
「花が咲いてないと全然特徴ないじゃないですか。どうするんですか、満月今夜なのに。」
「次の満月では花の季節が終わってしまうわね。」
昼のうちに月下美人を見つけ、満月を待って蜜を採集…が計画だったのだが、その月下美人が見つからない。
「見つからなかったら手付金全額返金ですよ!だから言ったじゃないですか、今回のクエストの為に装備を新しくする必要ないって!」
「だがな、弥生よ。月下美人の花びらを酒に入れると芳しい酒になるんだ。」
「だからって酒樽と麹種は買い過ぎです。在庫まだあるのに!
なんですか、琴音さんも!クエスト前になんでヘアパックとツヤ出しトリートメントが必要なんですか?」
「月下美人の前でみすぼらしい格好でなんていられないわ。」
「花と張り合わないでください!
蒼真さんも剣なら研ぎに出したばかりでピカピカですよ。」
「俺、月下美人用の剣なんて持ってなかったから。」
「そんな剣ありませんよ!」
「ほら、前のクエストの報酬やバシ太郎のお金が…」
「そんなの晩餐会の衣装代で消えましたよ!」
「え?そうなの?」
「そうです!分かったら絶対見つけて下さいよ!見つからなかったら轟さんのお酒全部と琴音さんの美容室の会員権、蒼真さんの剣売っ払いますからね!」
「「「ひどい!」」」
「ひどいのはあなたがたの金遣いです!」
月下美人は慎み深い。
なかなか姿を見せず、それらしいのを見つけた時は既に黄昏時だった。
そう、楽なクエストなどないのだ。
満月がのぼり、後は月下美人の花が咲くのを待つばかり。
琴音が魔法でやっと見つけた月下美人候補に印を付けて回っている。
薄暗い森の中で点々と小さな灯りが灯る。
その他3人は夕食の準備だ。
「そう言えばみなさんってどういう経緯でパーティーを?」
「轟は俺の親代わりだよ。」
「え?そうなんですか?」
「そうそう、俺、両親いないの。」
思わぬ告白。
両親に溺愛されて育ったとばかり。
「轟って大工なんだよ、元々。」
「そうだな。閉鎖される孤児院の解体の仕事でな、コイツと会って。ばあちゃんが生きてるって言うから、じゃあ一緒に探してやるかってな。」
「それは…」
人が良すぎるのでは?
そして琴音と蒼真の祖母が親友同士。
蒼真の祖母を探すことを目的としたパーティーなのか。
「蒼真ー!ちょっと手伝いなさい!あなたも魔法使えるでしょ?」
「はーい。」
琴音に呼ばれて蒼真が立ち上がる。
光が強すぎるなどとアレコレ注文をつけられながら、蒼真も月下美人に目印を付けていく。
琴音は紫。
蒼真は青。
美しい景色だ。
増えていく灯りを数え、算盤を弾く弥生の隣で、ぽつりと轟が呟いた。
「…蒼真のばあちゃんな、」
「はい?」
「…死んでるんだ。」
「…え?」
算盤を弾く手も止まる。
「従軍魔法使いだったんだがな、18年前の例の戦死者名簿に名前があった。」
「そんな…それ…蒼真さんには…?」
「言えなくてなあ…」
青い灯りを見つめたまま絞り出すように轟は続ける。
「…どうしても言えなくてなあ…」
蒼真が明るく笑えば笑うほど。
「轟ー!弥生ー!月下美人が咲き始めたよー!」
言えるわけがない。
弥生だって。
「い…今行きます!ちょっと蒼真さん足元!気を付けて!」
空には満月。
地上には月下美人。
柔らかな花の香りで満たされる。
「素晴らしいわね!なんて香りなのかしら!蒼真!蜜を舐めないで。花1輪につき1滴しか採れないんだから。」
「絶対美味しいと思うんだけどな。」
「駄目ですよ。1滴10,000Gです。」
「本当に?」
「本当だ。」
言いながら轟は蜜を集めず花びらを集めている。
酒がなんとかとか言ってたな。
花びらはクエスト外だしまあいいだろう。
問題は蒼真。
「蒼真さん、またなんか拾ったりしないでくださいよ?」
「見て弥生、月下美人の妖精だ!」
それは蝶のこと。
月下美人の蜜を吸いに蝶が集まってくるのだ。
気付けば蒼真は蝶まみれ。
「この子たち、俺のこと好きみたい!」
弥生もそうかも、と少しだけ思いつつも客観的な指摘をする。
「蒼真さん、蜜、舐めましたね?」
図星だ。
「さっき言いましたよ、1滴10,000G…」
蝶を一匹、弥生の立てた人差し指に止まらせると屈託なく笑う。
「琴音には、内緒。」
琴音に月下美人の妖精を引き連れ見せに行く。
弥生は黙ったままその後ろ姿を見送っていると、人差し指に止まった蝶が、蒼真の後を追うように羽搏き飛んでいく。
しばらく蝶を目で追っていたら、遮るように琴音が弥生の目の前で止まった。
「セレナ…蒼真のおばあさんのこと、轟に聞いたのね。」
「…はい。でも、本当なんですか?何かの間違いと言う可能性も…」
「それはないわ。」
あまりに強い断言に思わず怯む。
「どうして?」
「蒼真に会いに来ないから。あと、私にも。」
「…」
「蒼真には言わないで。」
「でも…」
「…お願い。」
見たことないぐらい必死な表情だった。
そんな琴音の肩越しに蒼真と轟が蝶と戯れているのが見える。
どこまでも楽しそうに。
それこそが琴音と轟が守ってきたものだ。
ーそれでも。
彼は探し続けるのだろうか。
もうこの世にいない存在を。
この世にいると信じ続けて。
弥生は思う。
「そんなの、悲しすぎますよ…」
読んでいただきありがとうございます!
次回は【15日7:30】に更新予定です。
第六話ではお待ちかね(?)お小遣い帳が登場!付けてますか?お小遣い帳。
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