4、晩餐会〜仕訳なし
平和である。
腕は良いがお金の管理がポンコツな、ギルドの次世代エース蒼真のパーティーとのクエストを終え、弥生は通常業務に戻っていた。
即ち、ギルドの経理事務である。
嵐の上級冒険者の決算期も終わり、ギルド会計科の一番穏やかな時期だ。
なので、弥生は蒼真たちのズタボロの決算書を見直していた。
何度見てもひどい。
なんとか体裁を整えて提出するにはしたが、どうにかこうにか雑損やら借越やら貯蔵品で計上したアレコレが、再振替後ゾンビのように復活していた。
なんだって未払金が出たり消えたりするんだ?
「…って、もう関係ないか」
蒼真たちとはドサクサとカオスと混沌の産物だった。
ギルドマスターのその場の思いつきで、たまたまそこにいた弥生がクエストに同行することになっただけ。
次のクエストも来るか?なんて声をかけられはしたけれど、
「所詮はただの会計士だしな…」
一抹の寂しさも一緒に閉じ込めるように、ゾンビだらけの帳簿を閉じた。
一方の蒼真たちの次のクエストは、侯爵様の晩餐会…それをクエストと言えるのならば。
蒼真たちはこの侯爵様のお気に入りで、決まって名指しでクエストを発注してくる。今回はそんなこんな慰労会だとかそんなので、この辺りのセレブが一堂に揃うのだとか。
まったく、住む世界が違うのだ。
「何やってんだ、弥生!今日の夜、侯爵様の晩餐会だろが!!」
たそがれていたらギルドマスターがすごい剣幕で駆け込んでくる。
「は?なんの話で…」
「迎えに来てるぞ!」
果たして、キラッッッキラに正装した蒼真、琴音、轟が、場違いにもギルド会計窓口で手を振っていた。
一体いくらかけたのだろう。
一見ありふれて見える轟の軍装さえも生地が異次元に超上質なミスリルシルク。
王家とかのエライ人が参軍する時に着るやつだ。
琴音の見立てだと言う蒼真のフロックコートも間違いなく一点もののオーダーメイド。
当然こちらもミスリルシルク。
本物の王子も裸足で逃げ出す王子様っぷり。
四分の一とは言ってもエルフの遺伝子はこういう時、本当に強い。
そして真打、琴音ときたら!
シンプルだがシルクの良いところを全部形にしたドレスに、控え目で上品なジュエリーが映える。
しかしそれよりもご自慢の髪。
月光を紡いだような金髪に、星を散らしたみたいにビーズを編み込んでいる。
動く度、風が起こる度、小さな星が生まれて輝くさまはまさに月の女神のよう…と、数字至上主義の弥生をも詩人にしてしまう美しさ。
…だが、これ、本当に一体おいくらですか?
流石の弥生でも答えが怖くて聞けなかった。
「と言うか、何故僕が侯爵様の晩餐会に?」
「俺たちのパーティー全員が招待されたから。」
「は?」
「クエスト行ったじゃん、一緒に。」
そうだけど、そうではないのでは?
「いや、でもですね、」
「遅刻しちまうぞ、着替えてもねえじゃねえか。」
「と…轟さん、そうは言ってもですね、ふ…服!侯爵様の晩餐会に着て行けるような服なんて…」
「あら、そんなことじゃないかと思って用意してあるに決まっているでしょう?」
琴音がいそいそと出してきたのは、王子様風フロックコートのコーディネート。
「本気ですか…?」
本物の王子も裸足で逃げ出す王子様っぷりの蒼真の隣で、ほぼ蒼真と同じデザインのフロックコートを着ろと言うのか?
「とっても良いお品よ。特別にラペルに生地と同色で刺繍を入れてもらったの。ほら、算盤。」
返品できない、もはや。
そうだ、こういう人たちだった!
などと茫然自失してたら侯爵様のお屋敷に着いた。
着いてしまった。
何故だかサイズピッタリのフロックコートを身にまとい、穴があったら入りたいとあるはずのない穴を探し、床ばかり見ている弥生である。
わあ、大理石だ。
アラバスター。
高価なやつ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。」
琴音がいつもにましてキラキラと笑う。そりゃアンタはそうでしょうよ。
「みなさんはこういうの慣れてるんですか?」
「そうね。なんでか分かるかしら?」
「いえ…侯爵様からのご依頼が多いから…ですよね?」
「なんで依頼が多いか、よ?」
そう言えば。
今回クエストに同行して、蒼真たちのパーティーの確かな実力を目の当たりにした。
とは言え、ギルドNO.1ではない。
上級冒険者の決算手続きを担当した弥生にはそれが分かる。
上には上がいる。
「何か…あるんですか?」
「……それはね…」
晩餐会会場の大広間の豪華なドアが、厳かに、もったいつけて開かれる。
彼女の為だけのように。
「私たちが美しいからよ。」
……………ソウデスカ……
侯爵様のお客様たちの間を小さくなって歩き周る。
流石は侯爵様の招待客。
ご婦人方のドレスやジュエリーはモチロンのこと、紳士の皆さんも豪華絢爛、歩く固定資産と言った塩梅だ。
弥生は、ダイヤモンド付革の眼帯なんて初めて見た。名のある騎士か何かかも知れない。
そして、弥生もなんとなく理解しつつあった。
琴音の言ったこともあながち冗談でもない。
決算に来た上級冒険者たちを何人も見たが、あの武装した物騒としか言い様のない面々は、この光景には馴染まない。
蒼真たちなら圧倒的にこういうところ向きだ。
琴音はもちろん、蒼真だって黙っていれば立派に目の保養。
黙っていれば、だが。
とは言え、ある賢者が言うには、相手の人となりの判断材料は、見た目55%、声38%、話す内容7%…であるらしい。
つまり見た目と声で充分に欠点を補っている、と言える。
実際、蒼真の周りの着飾ったレディたちはうっとり見上げるだけで、話の内容は多分ほとんど聞いていない。
「あ、弥生〜」
その蒼真が弥生の方に歩いてくる。
あの髪、間違いなく琴音御用達の高級美容室の仕業だな、と頭の中の算盤が音を立てた。
本当、目の保養だ。
「もしかしたらなんだけど、あの人たち俺のこと好きみたい」
……………7%……か…。
もうアレコレ考えるのをやめ、自費ではとても食べられない豪華ディナーに舌鼓を打つことにした。
美味!
完全に他人の財布なので仕訳はしない。そんなの無粋だ。
「轟さん、こう言ってはなんですが、轟さんのお酒の方が美味しいですね。」
「そうだろう、そうだろう。」
お世辞ではない。
事実である。
商売度外視の趣味の極致の轟の酒は、だからこそ商品化不可能だ。
例え、金に糸目をつけない富裕層が相手であっても。
「そう言えば琴音さんはどこに?あれ、蒼真さんも姿が見えないようですが。」
「ああ、侯爵様にご挨拶だな。」
「轟さんは行かなくていいんですか?」
そんなことより会場中の酒を並べ、味比べに余念のない様子。
流石は侯爵家。
銘酒揃いだ。
「呼ばれてるのは蒼真だけだからな。」
「でも琴音さんは…」
子守か?
「なんつーか…侯爵様のご令嬢がな、蒼真の熱烈なファンでな…」
「ああ…」
侯爵様直々のご指名クエスト…推し活なんだ…
「なんか…」
「まあ、色々あるわな、生きてると。」
大きなため息をつく轟と弥生。
実力はある。
しかし、別の力の強さを前になんとなく無力感を感じたその時、大広間のドアが開く音がした。
そして静寂。
招き入れられた者の迷いの無い足音だけが部屋に響く。
国王軍特務少将、星羅・リアステア
国王軍でも最強の魔法剣士で唯一の女将軍。
あまりの強さに味方すら何が起こったのか分からぬ間に魔族一個大隊を殲滅した、というテの話が両手でも足りない生ける伝説だ。
琴音にも負けない美貌で、闇を流したような黒髪と、蒼真と同じくらい真っ青な瞳の持ち主だが、吸い込まれそうな蒼真のものとは違い、目を合わせてはいけない、言うなれば深淵に引き摺り込まれそう…
そんな瞳だ。
そんな彼女が晩餐会には不似合な軍装のまま執事を探し、よく通る声で要件を伝える。
「ご招待頂いたが、火急の件にて急遽出陣が早まった。無礼を詫びに罷り越した次第。無礼を重ねるがすぐに発つ。」
一瞬、目が合った、気がした。
それだけ言ってしまうと、一陣の風のように去っていく。
その間もその後も誰もが金縛りにでもあったかのように、しばらく固まっていた。
「リアステア少将が来たって?本物?」
と、空気を読まないのは当然蒼真。
「ええ、遠くからお見かけしただけですが、カッコ良かったですよ。」
「えー!俺も会いたかったのに!」
「恐れ多いから今度にしとけ。」
「今日だったら俺、琴音にカッコ良くしてもらってたのに!」
「蒼真はいつもカッコいいわよ。」
琴音と轟に嗜められるが、蒼真は納得できない様子。
弥生に言わせればこの蒼真をあの星羅・リアステア少将に会わす勇気はない。
侯爵様ナイスタイミング、などと思っているのは弥生だけじゃないだろう。
蒼真の語る、止まらないリアステア少将の輝かしい武勇伝を聞き流しながら、そう言えば、と思い出す。
侯爵様のご令嬢。
「…大丈夫でしたか?その、侯爵様と…その…お嬢様…」
キョトン、と首を傾げる。
「うん、多分ね、俺のこと好きみたい」
「………」
この人無敵だ…。
琴音と轟も温く微笑む。
弥生も同じ表情でやっと言った。
「………ソウデスネ…」
読んでいただきありがとうございます!
次回は【本日夜20:30】に更新予定です。
第五話にはちゃんとクエスト回です。お楽しみに!
面白いと思っていただけたら、ぜひページ下部の「お気に入り登録」や「感想」で応援していただけると励みになります!




