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勇者の決算書〜冒険者ギルド会計士のヤケクソ仕訳  作者: 十一


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20/22

20、会計士

「5!」

カウントダウンが続く。

「4!」

もうほとんど夜は明けた。

「3!」

アンデッドは動かない。

「2!」

全員でのカウントダウン。

「1!」


夜明けだ。



「俺らの勝ちだ!」

地鳴りのような歓声。

魔王は蒼真と向き合う。

弥生も蒼真とともにつっきぃの背から魔王を見下ろす。

「さあ、もうあなた1人きりですよ、佐藤博。」

弥生はあえて魔王ではなく本名らしき名前で呼んだ。

もはや“これ”は魔王ではない。

「一体なんなんですか。こんなに素晴らしい財務諸表を書けるあなたが、なんでこんなデタラメでヤケクソな計画を立てたんですか。」

何度見ても見惚れるような美しい諸表。

それだけに本当に惜しい。

「…分かるか?」

「ええ!分かりますとも!佐藤博の署名入りの諸表を見つければ、しみじみ眺めては勉強してましたよ!とりわけ、減価償却の耐用年数見直しの際の有形固定資産台帳の美しさと言ったら!手帳に書き写して手本にしているほどです!」

「…しかし私を覚えていないのだろう?」

「まあ、顔は覚えてませんね、それは僕の専門じゃないので。だけど諸表は覚えていますよ。あなたの書く決算書はそれほどまでに美しい。」

それだけに残念だ。

これほど腕の立つ会計士が魔王だなんて。

魔王…佐藤博が淡く笑った。

何かを諦めるように。

「…私の顔は覚えていないのだな?」

「うん。」

「ええ、はい。」

「ならば今度も忘れるといい…」

バサっと音を立てて闇が落ちた。

「え?」

「待て!」

急いでつっきぃから降りて闇を追う。

「あれ?これ抜け殻ですよ!?」

「違うよ、服だよ、多分。襟のとこのこれグリフォンの羽毛じゃないか?めっちゃチクチクしたよ、きっと!」

「蒼真さん、服の着心地は今のところどうでもいいですよ。それでは中身は?」

辺りを見渡すと特務隊の面々と、歓声に驚いて様子を見に来た町の人が通りに溢れているのが目に入る。


これはマズい!


あの人混みに紛れ込んだらもう二度と見つからない。

「あっち!あっちに行ったぞ!」

轟はすでに走り出している。

「つっきぃ、疲れてるのにごめんな。」

謝りながらも再びつっきぃの背に飛び乗る。

「追いかけるよ!弥生も乗って右見て!俺左見る!」

「はい!」

「ねえ!眼帯拾ったわ!」

琴音が乗るドラゴンが眼帯を咥えているではないか。


…眼帯をも…外した?

「もう目印がありません!!」

卯月が絶望的な悲鳴を上げた。

「ここまできてあり得ないよ!」

「卑怯だぞ、佐藤博!!」

思わず弥生も叫ぶ……と、

「ええ!?」

「あ…わ…私ですか?」

「いきなり失敬だぞ!」

「な…なんでオレが…」

世紀の難問佐藤博問題再び。

数人の罪のない佐藤博さんたちが傷付いた表情をして振り返る。

「…嘘でしょ…」

「………うわ…」

蒼真や琴音でさえ引いた。

今頃気が付いたか、弥生と卯月の帳簿精査チームの苦労を。


姿形が曖昧で、その姿を覚えることが出来ず、どこにでも紛れ込むことが出来る佐藤博は、名前でも多くの同姓同名に紛れ込むことが出来る。

ついさっきまで死闘を繰り広げていたその相手の顔が、まったく思い出すことが出来ない。

「それでも何がなんでも魔王の野郎を見つけねえと。昨日みたいな総力戦は今夜は無理だ。ドラゴンたちは限界だろう。」

轟の表情は険しい。

「城壁がぐるっとアンデッドに包囲されてやがる。奴ら、夜が来たら動き出すぞ。」

「寝てるうちになんとか出来ないんですか?」

弥生の質問に蒼真が難しい表情で答える。

「バラバラにしても夜になったらくっついて動き出すんだ。それを佐藤博にどこかに隠れて操作されたら俺らに出来ることなんてないよ。」

「じゃあ聖水は…?」

「あの量を用意するのは無理だ。」

『リアステア少将』が答える。

「轟の言う通り、今は佐藤博を探す。でも特務隊は休ませよう。俺たちで探すよ。」

蒼真の指示にセレナが眉を寄せた。

「おばあちゃんも休んで。俺たちが万が一佐藤博を捕まえられなかったら…任せる。出来るよね?」

決意が伝わる。

「私を誰だと思っているの?」

当代最強『星羅・リアステア少将』。そして何より

「俺のおばあちゃん!」

「正解。」

全開の笑顔。

「ドラゴンは置いて行きなさい。あなたたちの居場所が丸見えよ。どこへ逃げたら良いか知らせるようなものよ。」


そう言いすぐに将軍モードに切り替わる。

「特務隊!全軍休息!」

号令がかかると、一斉に特務隊のドラゴンが空から撤退した。


残されたのは弥生たちだけだ。

「…ブリエさん、あなたも休んでください。」

卯月含む。

「いいえ。わたしも探します。」

「だけど疲れてるでしょう?」

「それはアバカスさんたちだって同じです。決算期末に比べたらこんなのへっちゃらです。」

まあ、確かにあれに比べたら。

「これは会計士の戦いです。わたしたちは会計士として、佐藤博を許してはならない。違いますか?」

「…そうですね。」

卯月に言われるまで弥生は、どこか蒼真たちの戦いを見守るような気持ちでいた。

ある意味、自分の戦いではないと。

しかし違う。

自分たちこそ戦うべきだ。


「……あと、あの人たちものすごく目立つし…わたしと違って…」

「…あ…ああ、確かに。」

クォーターエルフのイケメン勇者蒼真。

輝くばかりに美しいエルフの琴音。

見るからに只者ではないドワーフの轟。

「この人たちが人混みに紛れ込むのは不可能です。」

まさに佐藤博とは真逆の存在感だ。


「なあ!眼帯落ちてるの見つけたんだって!こっちの方に逃げたんじゃないかな?」

蒼真が早速手掛かりを見つけた。

とにかく目立つ蒼真はその目立つことと人懐っこさを利用して、町の人に聞き込みをしている。

「あら?私も眼帯を拾ったって教えてもらったわ。」

琴音も情報収集。琴音の“お願い”を断ることが出来る生物は存在しない。

「…儂も……」

轟の酒を一口飲めば、誰もが口が軽くなる。

「…どこで拾ったって聞きましたか?」

「「「あっち。」」」

三者三様バラバラの方向を指差す。

「……」

「……これは罠ですよ…」

「……本当に卑怯ですね…佐藤博……!」

全員無言で空を見た。

途方に暮れた。


「で…でも!この町にいるのは間違いない。そうだよね?」

蒼真が努めて明るい声で言う。

「ええ、そうね。」

「で、多分、佐藤博はどこかから眼帯を投げ捨てたんだと思うんだ。だから、眼帯が落ちてたとこから線を引いて結べばどこにいたか分かる!」

どうした蒼真、頭が良さそうなことを!

「…で、眼帯が落ちてない方に逃げたんだろう、多分な。」

轟もいつになく鋭い。

「魔法で印を付けたわ。そこから光の線で結ぶわよ…あそこね。」

琴音の仕事も早い。

「よし…!」


「待ってください、蒼真さん!」

走り出す蒼真を止める。

「僕たちが捕まえます。蒼真さんたちは目立つから僕らから少し距離を取ってついてきてください。」

「そんな…!危ないわ!」

「危なくなったり、捕まえたりしたら大きな声で呼びます。僕の声の大きさはご存知ですよね。」

さんざん怒鳴りつけたから。

「…分かった。絶対呼べよ。速攻で駆け付けるから。」

「…はい。行きま…ブリエさん早い!」

卯月はとっくに走り出している。

「…弥生、頼んだ。」

蒼真に頷き卯月を追う…


…遅い。

「あの、ブリエさん、それ、走ってます?」

「ぜ…全速力…です…走るのは…専門外なもの…ですから…」

早くも息も絶え絶えである。多分歩いても速さは変わらない。

それでも走る。

ノロノロとした速さでも。

「アバカスさんも言ってましたよね。佐藤博が書いた財務諸表を手本にしてるって。」

「え?はい。固定資産台帳の写しを。」

「わたしもそうです。サインはよく確認してなかったんですけど、改めて見てみたら佐藤博のものでした。」

息を切らしながら卯月が続ける。

「ご存知の通り商業ギルドは持株団体で、ギルドが『親』商人たちが『子』として連結しています。その連結初年度の決算書を書いたのが佐藤博なんです。」

歩いた方が速いので、走るのをやめて歩き出した。

「それは見てみたいですね。」

「ええ、ぜひお見せしたいです。本当に美しいですよ。芸術です。わたしたち商人ギルドの会計士は毎年、それを見ながら連結決算をするんです。」

「ええ。僕たち冒険者ギルドもそうです。佐藤博が書いた固定資産台帳を元に決算書を作ります。」

今回の調査で自分たちの仕事の要に佐藤博の足跡を見つけた。

弥生たちは始めから、会計士になった時から、佐藤博の後を追いかけていた。

「どれも素晴らしかったですよね。」

「ええ。会計士としては一切の不正もない、完璧な仕事でした。」

だと言うのに何を間違えてしまったのだろう。

「数字を誤魔化すようなケチな真似をこの私がする訳ないだろう。」

「そうですよ。」

「そうそう、会計士たるもの少しの差異が命取り……」

「……」

「……」


い た。


「ブリエさん捕まえて!」

「アバカスさん早く、早く!!呼ばないと!!」

「そ…蒼真さあああん!!捕まえた!捕まえましたよーっっ!!!」

弥生と卯月が全力で佐藤博にしがみつく。

「し…しまった!!」

佐藤博がぐにゃぐにゃと動く。

「じっとしてください!もう絶対逃しません!」

佐藤博にしがみつきながら蒼真を探すと、アリステリアを抜き、駆け寄って来るのが見えた。


流石は蒼真。


どこにいてもすぐ分かる。

そして終わりだ。

「お待たせ、弥生、卯月!」

蒼真がアリステリアを振り被る。

いつも通りの美しい剣筋。

すうっと、細く、光が疾走った。


…だけだった。


「…蒼真さん?」

何も斬れていない。

何も斬らずに蒼真はアリステリアを鞘に戻した。

佐藤博の正面に立つ蒼真の瞳は、今日も空より真っ青だ。

「いい事思いついた。」

その真っ青な瞳で佐藤博の目を覗き込んで言った。


「アンタ、村、直せる?」



読んでいただきありがとうございます!

次回は【明日20:30】に更新予定です。

お楽しみに!

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