18、眼帯の男
「我が顔を覚えているか?」
魔王だ!
弥生は必死に目に焼き付ける。
絶対に顔を、姿を覚える。
魔王が指揮をする。
三拍子。
旧国王軍が動く。
魔王が操っているのか。
あくまで訓練された動きだ。
「お前…人間?」
蒼真の声で我に返り、再び視線を魔王に向ける。
表情は見えない。
しかし、嗤った。
「そう見れるか?」
「あんまり。」
「正解だ、蒼真・ペンドラゴン。」
矢張り名前を知っている。
一歩前に出ようとした。
「何をするつもりだ、弥生・アバカス。お前に何が出来る?この期に及んで。」
「…!」
弥生の名前をも知っている。
帳簿だ。
蒼真の決算書なら弥生の名前も書いてある。
「ビジブルアンビジブル。」
「何?」
「可視化された不可視…それが我が種族だ。」
「改めて聞こう、蒼真・ペンドラゴン。我が顔を覚えているか?」
と、魔王が言い切る前に閃光が弾けた。
「蒼真!弥生くんも!下がりなさい!」
琴音がさらに呪文を重ねる。
立て続けに閃光が弾ける。
手加減なし。
凄まじい威力だ。
「弥生!城壁から降りろ!巻き込まれるぞ!」
轟が城壁の下から叫ぶ。
すでに盾の影に卯月を匿っている。
ここまでやって城壁は無傷。
とんでもないコントロールだ。
初めて見る、攻撃に全振りした本気モードの琴音。
今までも充分琴音の実力は見ていたし、抜きん出た魔法使いなのは知っていた。
それを踏まえても本気モードは常軌を逸している。はっきり言って魔王より…怖い。
ドラゴンを駆り、琴音はピタリと蒼真の前に立ちはだかって盾となる。
「下がりなさいって言ったわよ、蒼真。」
「…うん…見たことあるなって…思い出そうとしていたところ。」
弥生の目には蒼真の言葉に魔王が笑っているように見えた。
「覚えてるんですか!?」
蒼真は魔王なんてどうでもいいと言い放っていたが…。
「なんか……5〜6人くらい……この人かな?って人がいるんだけど…」
「は?」
「弥生も知らない?ほら、俺が最初の決算書持ってギルドに行った時、弥生の後ろにいた眼帯の人に似てる気がするんだけど。」
蒼真にそう言われ、弥生も思い至る。
「え?あ……ああ!バシ太郎さんを薬屋に預けた時にいた人かも。」
「晩餐会にもいなかった?」
「あ、ダイヤモンド付き眼帯の人!」
弥生はさらに記憶を手繰る。
眼帯だ。
眼帯……
魔王討伐委員会にもいたような…
冒険者ギルドの倉庫でも騎士団の事務官にも似ている気がする。
朧げに浮かんでくる、記憶の中から眼帯の男を検索する。
「おいおい、キャラバンにもいなかったか?荷馬車貸してもらったぞ」
「言われてみればキャラバンの夜、仕訳しようとした時、灯りを消した人に似ています!」
「待って、私がスープを差し上げた村人だわ!」
矢張り記憶を検索したらしい轟や琴音や卯月も思い出したようだ。
さらに弥生と蒼真もあの人だ、と思い出す。
他にもいたような気がする。
「やっぱり辺境伯のとこにいたのもこの人ですね…」
「特務隊の3人目の佐藤博もこの人だよ!似顔絵通りだろ?」
「「「それだけは違う」」」
いくらなんでも多過ぎないか?弥生たちは顔を見合わせる。
そのうちの1人に絞りきれず、代表して蒼真が本人に確認することにした。
「…で、どれ?」
魔王は笑った。恐らく。
「………全部…私だ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……暇なの?」
やっと声に出したのも蒼真だ。
魔王の顔はそれほどまでに特徴がない。
これだけ検索しても正直、眼帯しか覚えていない。
さらに今、弥生は顔を覚えようと魔王の顔に穴を開けるくらいのつもりで睨むが、眼帯以外は頭に入ってこない。
「…ずっと近くにいたのか…」
まったく気が付かなかった。
改めてゾッとし…
「気持ち悪いわねえ、ストーカーみたい。」
「みたいじゃなくてそのものだな。」
「愚弄するのか!?」
「愚弄なんかじゃないわ。私は事実しか言っていないもの。いくら私が美しいからって。」
魔王が心外!という顔をした。
「お前じゃない!」
ブチ切れ魔王。琴音に勝てるわけないじゃないか。
「だったら何よ?他に何の用が?」
魔王は再び蒼真を指差す。
「お前だ、お前!」
「俺?」
「覚えているだろう?俺の顔を!」
つっきぃが蒼真を守ろうとしてか首を上げる。
「うん、だからギルドの人とキャラバンの人と…あ!あと特務隊の佐藤博と…
「それじゃない!」
「え?でも全部自分だって」
「それじゃない!もっとあるだろう、ほら…!」
魔王は必死だ。
蒼真は改めて魔王を見る。
蒼真にしては珍しく案外真剣に考えている。
「…あ…!」
「!」
「…いや、ごめん、違う人だった。顔覚えるの得意な方なんだけどな…アンタ何者?ビジビジアンドブルブルってそういう種族なのか?」
「ビジブルアンビジブルだ!」
魔王を煽る蒼真。多分わざとではない。
「18年前だ!覚えているだろう!?」
「!」
蒼真とセレナの故郷である星が降る村を焼き、国王軍を全滅させた…
「…分かった!石食べてた人だ!」
「え?」
多分そこじゃない。
弥生でもうっすら分かる。
「そうだ!なんか村の監査?だかなんだかで来て何ヶ月かいたんだよ。石拾ってはペロってしてて、俺、お腹空いたのかなって思って…」
「石を食べるんですか?うわ…そういう種族なんですか、ビジブルアンビジブルって。」
「食べたんじゃない!」
「でも石をペロって…」
「土壌調査だ!貴様らは知らないんだろうがな、ある種の石の判別に大変有効なのだ!目視だけで石の種類を判別するのは難しい。しかし軽く舌で触れるだけで、その石に石灰質が含まれているかが分かるのだ!石灰質が含まれていると舌の水分が……」
「…」
我に返った。
「…いや、石のことはどうでもいいんだ。」
まさにその通りである。
「覚えてないなら思い出させてやろう…私は…
稲光の一瞬後、魔王の声を掻き消すような爆発音…そして地響き。
「ま…まずいわ、みんな逃げるわよ、早く乗って!」
琴音がドラゴンの向きを変え、轟と卯月をドラゴンに乗せると城壁の影に身を隠す。直後、その城壁が軋んで音を立てた。
「え?なんですか!?魔王の援軍ですか!?」
蒼真につっきぃの背に乗せてもらいながら弥生は琴音を振り返る。
「違うわ、セレナよ!」
「おばあちゃん!?」
「魔法学校、私が次席で首席はセレナよ!特に攻撃魔法は歴代最強!教授たちを吹っ飛ばしまくってたんだから!しかも今は思い切り怒っているわ!」
稲光の逆光の中、闇を溶かしたような髪が風圧で暴れている。
真っ黒な闇。
悲嘆の黒…あるいは怒りの黒だ。
ドラゴンがホバリング。
砂嵐が立ち上る。
セレナ…今は『リアステア少将』と呼ぶべきだろう…の青い瞳が鈍く光る。
再び地響き。
「ちょ……見てください、旧国王軍!梯子作ってる!」
流石は卯月。
周りを見ている。
彼女が指差す方を見れば、確かに梯子を作り、城壁を登ろうとしている。
「馬鹿な!アンデッドにそんなこと出来るわけないのに!」
魔王はそれをアンデッドにさせることができるほどのネクロマンサー。
しかし、
「お前が魔王か…!」
稲光が地を這い回る。
獲物を探して這い回る。
「……セレナさん…いえ、『リアステア少将』の方が怖いですね…」
今、地面に降りたら感電する。
実際、アンデッドが痺れて次々に梯子から落ちた。
これが当代最強。
自慢げな顔の蒼真。
「…お前は我が顔を覚えているか?」
この期に及んで魔王は嗤った。
「貴様など知らん。」
『リアステア少将』も嗤った。
魔王も雷を放つ。
地を這う稲光が一気に収まった。
「何が…?」
「逆向きの雷で打ち消した…初めて見た!」
「何喜んでるんですか、蒼真さん…うわあ!」
今度は風。頭を下げるのが一瞬遅れたせいで弥生の髪が少し短くなった。
魔王の背後で起こった旋風でアンデッドが舞い上がる。
魔王より『リアステア少将』を止めたくなる。
「強いですねえ…」
「な、流石は俺のおばあちゃん!」
「蒼真!下がりなさいってば!セレナが剣を抜いたわ!」
「剣を抜いたらマズイの?」
「セレナが今から本気出すわよ!」
「ええ!?あれで今まで本気じゃなかったの!?」
『リアステア少将』の剣の一振りで、風、雷、炎、氷まで放たれる。魔王を捕らえた瞬間、その総てが弾けて刃になる。どんな仕組みか分からない。
「貴様ら少しは私の言うことを聞け!」
魔王が叫ぶ。攻撃をかわしながら。
かわしても氷の刃が魔王を追う。追い続ける。
「こっち来るな、儂らが巻き込まれるだろうが!」
轟が投斧で牽制する。
「あ、見て下さい、アンデッドがまた梯子作ってます!」
卯月の方は魔王よりむしろ国王軍の方が気になるようだ。
「卯月ちゃん!頭低くして隠れてなさいってば!」
「じゃあ魔王だか佐藤博はおばあちゃんに任せて俺たちは国王軍の方をなんとかしよう。」
蒼真が一気に高度を上げる。
弥生は悲鳴を飲み込みつっきぃにしがみつく。
高所恐怖症なのだ。
心の準備ができていない。
「待ちなさい、蒼真!聖水がないのよ!」
琴音も蒼真を追いかける。
轟の顔が引き攣った。
多分轟も高いところが苦手なのだろう。
「朝までだ。アンデッドは朝には寝るからそれまで粘ればいい。」
高い。
上空から見下ろすと、特務隊の面々がすでに旧国王軍との戦闘を開始している。
特務隊の飛行部隊は100騎ほど。
残りは地上援護と町の人々の避難誘導だ。
「特務隊!魔王は少将がなんとかする!俺たちの敵はアンデッド!一兵たりとも町に入れるな!」
蒼真が号令する。
特務隊が呼応する。
雄叫び。
ドラゴンの咆哮。
それには魔力なんかない。
それでも高揚した。
ーーまるで、魔法みたいに。
「ごめん、弥生。降ろしてやれないからこのまま掴まってて。」
「は…うわあああ!」
今度は超高速で急降下。
掴まっているしかない。
掴まっているしかないが高所恐怖症なのだ!
「計算して、弥生。」
風の中で蒼真の声がやっと聞こえる。
「け…計算?」
蒼真はきっと笑っている。
「計算中は無敵なんだろ?」
そうだった。僕としたことが。
風になる。
城壁に立て掛けられた梯子をなぎ倒し、城壁に近づくアンデッドをアリステリアで斬り倒し、時には魔法の光が疾走る。
やったれー!
多分アリステリアも言っている。
1199
マイナス52
すでに死んでるアンデッドは斬っても死なない。
プラス52
計算は続く。
朝まで。
離れたところに雷が落ちた。
特大の。
「琴音さん!加減してください!!城壁が壊れちゃう!」
「そしたら儂が直せばいいさ!」
琴音も戦っている。
轟も。
卯月も。
セレナも。
特務隊も。
ーー町の人も。
「夜明けまであとどれくらい?」
「あと3時間くらい!」
「あとたったの10,800秒です!カウントダウン始めましょうか?」
「ブリエさん、カウントダウンには早すぎますよ!残り100秒からでお願いします!」
笑った。
みんなで。
だって、無敵だ。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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