17、顔
「そもそも佐藤博とは何者だ?」
辺境伯奥方の疑問はもっともだ。
「魔王の関係者だろう、と言うのが目下のところです。手がかりがそれしかないものですから、その情報を追っています。」
「文書の閲覧請求一覧に何度も名前がありますし…同姓同名の可能性も勿論ありますが、ペンドラゴンさんのことを調べていたように見えるんです。」
卯月が補足。
よく目をとじたまま言えるなあ。
「間違いなく会計士です。それも超優秀な。すごいですよ。例えばこの商業ギルドの連結損益計算書の完成度!商業ギルドの複数の進行中のプロジェクトの進捗がこれだけでも読み取れる。ほら、ここ見てくださ…
「弥生、俺に言われても分からないよ。」
それは間違いない。
見れば見るほど非の打ち所がない財務諸表なので、我を失ってしまった。
これほどのスゴ腕会計士が敵なのだろうか。
「でも、蒼真はその佐藤博の顔を覚えてるのよね?」
「あ!全員の顔と名を覚えたって言ってましたよね。どんな顔ですか?」
「顔かあ…」
どことなく心許ない。
「目が大きいとか」
「大きくも小さくもなかったと思う。」
「背丈は?」
「普通…俺よりちょっと小さいくらい。」
「肌の色とか…」
「肌色?」
…役に立たない!
「口では説明出来ないんだよ。書くものある?似顔絵書くよ。」
絵なんか描けたっけ?
そうして生み出され作品は…
「……これは…」
「僕が見た佐藤博とは別人のようですね。僕が見た人は少なくとも人間の形をしていましたから。」
弥生は言い切った。
「え?人間に見えない?」
「見えませんね。卵に手足が5本ですよ?」
「え、もしかしてこれのこと?剣だよ?」
「け…剣?し…しかし目?ですかね左右の大きさがこんなに違うじゃないですか。」
「右目は眼帯だよ。」
「眼帯…?ですか。矢張り僕が会った佐藤博とは別人かも。眼帯なんて付けてなかったし、右目も普通でなんともなってなかったですよ。眼帯してたら覚えてますし。」
弥生は改めて記憶を掘り起こすが、曖昧模糊として佐藤博らしき男の顔は五里霧中だ。
「ケガが治ったのでは?」
「それなら跡が残るはずです。それなら覚えていると思うんです。」
「ケガなんかしてなかったのかもしれないよ。」
蒼真が自信満々に指摘する。
「じゃあなんの為に眼帯を?」
「カッコいいから。」
「……」
「……」
「…いい大人ですよ?」
「…そ…そうですね。潜伏するのにわざわざ目立つものをつけませんよね」
卯月必死のフォロー(?)
「あ、そう言えば点呼の後、これが落ちているのを見つけた。」
そう言ったセレナの手にあるのは眼帯である。
「じゃあやっぱり蒼真と弥生くんが見た佐藤博は同一人物なんじゃない?右目は治ったのよ。ものもらいとか。」
琴音がおっとりと言う。
こんな時でも余裕の表情だから流石である。
「そう言えば奥方の騎士にもいなかった?眼帯の人。」
蒼真が言うので記憶を手繰る。
アリステリアが脱走して返還しに来た時だったか、険しい視線を向けて来た騎士…
「…いました…ね…」
資料に辺境伯奥方の護衛の騎士名簿が加わった。
名簿上では当然のように佐藤博が2人いる。
そして眼帯の騎士はいなかった。
「この仕訳問題の解答から見ても、僕らが探してる佐藤博ではなさそうですしね。」
「まあ…逃げ出した後ですよね、普通に考えて。」
卯月と2人で書類をめくる。
冒険者ギルドや商人ギルドから人手を借りたいところだが、魔王や魔王の手先が紛れ込んでいる可能性が高いため、確実に佐藤博と無関係である弥生と卯月の2人だけでの作業が続く。
「フリーランスの会計士…でしょうか…冒険者ギルドは勿論、商人ギルドや市庁舎の財務諸表を作成してますね。どれも素晴らしい出来だわ。」
閲覧請求一覧と、その時に閲覧した書類を繋ぎ合わせる。
「ブリエさん、今は蒼真さんに関係するものだけに絞りましょう。」
佐藤博は多過ぎて追跡不能なので蒼真から追うことにする。
「…なんか、ペンドラゴンさんのクエスト報酬…高くありませんか?」
「…上級ですから…あと、人気もあったし。」
そう、蒼真の報酬は相場より高めだ。
依頼者に貴族が多いせいなのであって後ろめたく思う必要はない。
そもそも今はそれは重要じゃない。
「…なのに貯金はない…」
痛いところをつかれた。
それも今回の調査には関係はない。
「は…はあ…まあ…ああ言う人ですから。」
とは言えまったく卯月の言う通り。
それでもかなりマシになったんです、弥生は言いたい。
「それにしてもこの依頼者の充実ぶり。それだけに目立ったのでしょうね。クエストごとの決算書については全部閲覧しているようです。」
「…かなり前から近くにいたと考えるべきですね。」
しかしまったく気付かなかった。
「それにしても見つかると思いますか?佐藤博…あるいは魔王。」
今、蒼真たち特務隊が町中を探している。琴音と轟が蒼真を守りながら。
セレナこそ蒼真を守りたかっただろうが、彼女は隊を率いなくてはならない。
「まあ、無理でしょうね。手がかりが眼帯しかないんだから」
あの後、またもう一本眼帯を見つけたらしいが、探しているのはあくまでも佐藤博であって、眼帯ではない。
「あ、似顔絵もありますよ。」
「…だからですよ…」
あの似顔絵に似た人が実在していたら、それこそ新種族の発見である。
常識的に考えてこの世にいるはずがあるものか。
そしてそれを思い出せなかったとしたら、弥生はいよいよ自分を信じられなくなってしまう。
「あ、ブリエさん、これ…」
弥生は蒼真の故郷の村の緻密な監査報告書を見つけた。
作成者は当然のように佐藤博。
「ここまで緻密である必要ありますか?商人ギルドでは地価の査定もしてますよね。これって普通ですか?」
「…いいえ…これは…すごいですね。これ、土壌調査までしてます。少なくともここまでの調査依頼はギルドとしてはしませんし、予算も出していないはずです。期間も少なく見積もっても数カ月はあの村にいないと集まらない量と質です。」
「これは何の為の調査でしょうか?何の目的もないならここまで調べませんよね。しかも自腹でしょう?」
それほどまでに綿密な調査だ。
「…星の欠片でしょうか。」
恐らくそれだ。
とは言え材料にしようとしたら途方もない量が必要なので、資産としてはほぼ価値はない。
ただ、その途方もない量を集めることが出来れば、アリステリアを生み出せる。
「…もしかしたらなんですが、魔王かあるいは佐藤博はあの子守唄を聞いたのかも知れません。」
もしそうなら、あの子守唄の「意味」に気付いたかも知れない。
これだけ詳細にこの村のことを調べたのなら。
星の欠片と星の子とアリステリアを繋ぐ子守唄。
あの子守唄が始まり…かも知れない。
俄に外が騒がしくなった。
町の人々が取るものもとりあえず屋内に逃げ込んでいる。
逆に騎士たちは町の南側城門へ向かう。
弥生も城門へ向かって走る。
「ブリエさんは蒼真さんの家で待っててください、何があるか分かりませんから。」
「何を言ってるんですか、ここまで巻き込んでおいて今更蚊帳の外だなんて!」
そう言われると返す言葉もない。
気付けばすでに陽は落ちた。
町を守る城門に特務隊が集結している。
特務隊の内、第一は陸、第二は海、そして第三は空。
ドラゴンが飛び交う。
轟は地上。
人々の避難誘導をしているのを見た。
琴音は空。
その轟を空から誘導をしている。
蒼真…蒼真を探す。
城門の少し上。
つっきぃで飛ぶ蒼真を見つけた。
弥生は城門の階段を登り、蒼真に近づいた。
蒼真らしくない固い表情だ。
「蒼真さん!何があったんですか?!」
振り返りもせず蒼真が応えた。
蒼真らしくない震えた声で。
「…こんなところまで来たよ。」
蒼真が指差した先…
…町の外を見た。
方向は南。
弥生は黒い影を見た。
逆光で姿はよく見えない。
指揮をしているのか…四拍子。
角のようなもの。
見えたのはそれだけ。
「…そんな…」
隊列は整然と進む。
足音には一切の乱れはない。
緑色の瞳が鈍く光る。
軍旗。
18年前の
「国王…軍…?」
その時、空間を切り取ったような闇が浮かび、蒼真の前にピタリと止まった。
…眼帯。
「蒼真さん…!」
蒼真は目の前の闇を真っ直ぐ見ている。目を逸らさずに。身動ぎもせずに。一度だけ瞬き。それだけ。
耳が痛くなるほどの静寂。
時が止まったかと思うような沈黙。
闇の声だけが弥生の耳にも届いた。
「我が顔を覚えているか?」
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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