16、差異分析
「…セレナ…?セレナなの?」
「…エリシオン…お久しぶりね。」
もうひとつの再会。親友同士の再会だ。
「私、今、『琴音』なのよ。」
「…え?なんで?」
…色々あったのである。
それについては、お時間のある時にでも「勇者の決算書~冒険者ギルド会計士のヤケクソ仕訳」第一話をお読みください…。
蒼真の自宅で作戦会議が開かれることになった。
会議メンバーは蒼真のパーティーメンバー、卯月、『リアステア少将』またはセレナ。
ほとんどなし崩し的に巻き込んでしまった卯月だが、情報の秘密保持のためしばらくは商人ギルドへは返せない。
卯月もここまできたら結末を知りたいのだろう。
帰る気はないようだ。
会議の議題。
即ち、魔王討伐について。
現在、魔王は王都に潜伏しているらしいこと。
南部には魔王のアンデットの軍隊…元々は18年前全滅した国王軍…が未だ跋扈し、南部の状況は深刻であること。
最前線の辺境伯領も限界が近いだろうこと。
「南部には何があって、魔王は今も旧国王軍を置いているんでしょうか?」
卯月が目を閉じたままセレナに質問する。
無理もない。
セレナは目が潰れそうなほど美しい。
「恐らく星鉄。私や蒼真の村は星が落ちた跡にできた村で、土などにその星の成分が含まれている。」
「含まれると言ってもほんの少しだから資産価値なんてほとんどありませんよ?」
流石は卯月。
目を瞑っていれば鋭さは棄損されることはない。
お空の星がふる夜は
星のかけらを数えましょう
ひとつ
ふたつ
もりだくさん…
セレナが歌った。
「…歌の通り。たくさん集めれば美しい剣を鍛えることが出来る。」
「…『ほっしぃ』だ…!」
本当に名前が残念だ。
「…そっか…『ほっしぃ』は俺たちと同じなんだ。」
感極まった表情で蒼真が『ほっしぃ』の鞘を払う。灯りを受けてキラキラと輝く。
「?どういうことですか?」
星はみんなのお友だち
あなたもわたしも星の子よ
蒼真が続きを歌った。
「俺たちは星の染み込んだ土で育ったりんごを食べて育つんだ。だからいっぱいの星の欠片でできてるんだよ。」
本当に子守唄のままなのだ。
しかし弥生は思う。
同じなのはそれだけではない。
蒼真はそれこそたくさんの村人…星の子たち…の願いを受け、それを大切に抱えてきた。
どうか幸せに。
だから、『星の乙女』は蒼真を選んだ。
「ねえ、『ほっしぃ』すごく良い名前があるんだけど。」
蒼真が『ほっしぃ』に語りかける。
「俺の本当の名前は『ソーマ・フィロソフィ・ルクレティア・リヒト・アリステリア・インテグレート・アンダンテ・ペンドラゴン』って言うんだよ。おばあちゃんが付けてくれたんだ。」
まるで返事をするように、『ほっしぃ』がキラキラと瞬く。
「アリステリアはどうかな?俺たち、同じ名前だよ。」
15.差異分析
ーーそれ、好き。
と、彼女は返事をしたのだそうだ。
「よくやった、ペンドラゴン!」
報告を受け、元々のアリステリアの持ち主である辺境伯の奥方も、心の底から安心しただろう。
至高の聖剣の銘が危うく『魔王カッター』だの『ミスコシ』だの『ほっしぃ』だのになるところだったのだ。
全部その蒼真・ペンドラゴンの所業だが。
そして、
南部救済キャラバンの報告
国宝アリステリアを蒼真に正式に貸与することの告示
魔王討伐隊の壮行会
…という、三本立ての晩餐会が、辺境伯奥方の主催で開催されることになった。
佐藤博問題に取り組みながら、弥生と卯月はキャラバンの報告書を書き上げた。
ただし、仮の報告書であり、この後、冒険者ギルド、商人ギルド、そして辺境伯の報告をまとめ、正式な報告書が作られる。
仮の報告書での開示は、今回の情報の緊急性と重要性が高いからに他ならない。
「こんな時に晩餐会だなんて。」
しかし弥生は少々不満である。
「いいじゃないですか。せっかくなので楽しみましょうよ。本当に大変だったんですからこれくらいやってもらわないと。」
卯月は変なところで豪快だ。
「卯月ちゃんの言う通りだわ、ねえ、そのドレス素敵ね」
琴音が物理的にキラキラしながら話しかけてくる。
「ヒッ!こ…こ…琴音さんこそッ。」
多少は琴音の美貌に慣れてきた卯月だが、パーティーエディションの琴音を前にしてはどうにもならない。
晩餐会の名目が深刻なもので、琴音も今は特務隊の一員として特務隊の軍礼装を身に纏っているが、かえって本人の美しさが際立っている。
「蒼真で魔王を釣り上げたいんでしょう?餌を見せる必要があるのよ。しかもとびきり美味しい餌をね。」
美しい顔をして嫌なことを言う。
それが分からぬ弥生ではない。
「蒼真さんはどう思っているんですかね」
舞台上では蒼真が改めて奥方からアリステリアを拝領している。傍らには轟。抜刀後、鞘を轟が受け取る。
「私たちが守るわよ。」
「分かってます。」
“儀式”は進み、次の舞台の主役はセレナになっていた。
派兵延期になっていた特務隊が遂に動く。
「私は18年間、魔王を討つことだけを考え、準備をしてきた。我ら特務第三大隊は最強だ。それでも私の力だけでは及ばぬかも知れない。だから皆さんの力が必要だ。」
悲嘆の黒と言われた黒髪は今も黒い。しかし今は、決意の黒と呼ぶべきかも知れない。
「それならば、私たちは魔王ごときに敗けはしない。」
もはやもう、何色にも染まることのない深い黒。
鳴り止まない拍手をそっと制した。
「この場を借りて紹介したい。」
深淵に引き摺り込まれそうだった青い瞳は、今はとにかく深く澄み渡っている。
「私の孫の、蒼真・ペンドラゴンです。」
「孫の蒼真です。」
今、ここで落とす爆弾なのか。
一瞬の沈黙の後、爆発するような驚きが会場を満たす。さっきの拍手より大きいくらいに。
卯月がグラスをひっくり返し、琴音が一際大きな拍手をする。
弥生は絶句。
轟は大爆笑。
蒼真はいつもと変わらずニコニコと。
「最高だわ、セレナ。それでこそセレナよ!」
琴音の声に応えて手を振る蒼真と祖母。
アリステリアにも手があれば、いっしょに振っていただろう。
流石は蒼真の祖母だ。
こんなところまでそっくりじゃないか。
「き…きっと、特務隊のリアステア少将の血縁となれば、それなりの配慮が必要になるから、きっとそれで少将は…」
卯月は混乱している。
確かに、どこの何者かも分からない一介の冒険者に比べれば、少将の孫の方が特務隊内での立場は良い方に変わるだろうが…
「いえ、多分そこまで考えてないですよ。」
そろそろ長い付き合いなので、弥生には分かる。
蒼真は祖母を、セレナは孫を、みんなに自慢したかっただけなのだ。
18年分だと考えれば、控えめだと言えるかも知れない。
セレナが落とした爆弾はさて置いて、魔王討伐の戦力と体制は整った。
特務隊主力の竜騎士団が空。
精鋭揃いの騎士が地上。
特務隊の隊員のほとんどが魔法も使う。
それを率いる当代最強『リアステア少将』。
さらにそれを冒険者ギルド、商人ギルドがサポートする。
正に総力戦。
そうなれば、あとに残るのは…
「……これかあ………」
そう、世紀の難問佐藤博問題である。
「特務隊にも紛れ込んでいる可能性が高くて…」
「とは言えよくある名前だからなあ…」
晩餐会の後、改めて調査の進捗状況を改めて共有する。
佐藤博が魔王なのかは現時点では確定してはいないが、無関係では絶対にない。
蒼真の周辺で、不気味に見え隠れする、腕の良い会計士。
「会って顔を合わせて話もしたんです…でも、まったくその顔を思い出せない…その時はテストに不正解だと思ったので流してしまったというのもあるんですが…」
「そう言えば俺も全然覚えてないや。」
などと言う蒼真といっしょにして欲しくない弥生である。
その蒼真が神妙な表情で言う。
「あのさ、もしかしたら…なんだけど魔王ってさ…」
しかし、こういう時の蒼真の直感は侮れない。
「…ものすごく影が薄いんじゃないかな」
「……」
「……」
……気の迷いだった。
いつも通りの蒼真だ。
「…し、しかし、特務隊の選抜にはかなり厳しい素性調査をしている。簡単に潜り込めるわけはないのだが…」
流石は当代最強の特務第三大隊を率いるセレナ。
おばあちゃんモードは鳴りをひそめ、出来る将軍モードへの切り替え済みだ。
そのセレナでも、たとえ可愛い孫の言うことであっても、フォローを諦めたようである。
さりげなく話題を変えた。
「妾の旦那様の訓練は過酷であるし、その訓練を受けられる者さえ兵士の中から特に選抜されたのが特務隊であるしな。」
奥方がセレナを補足する。特務隊は国境防衛の要である辺境伯の元で鍛え上げられる。
「その通り……」
セレナが名簿をめくる手を止めた。
「…3人と言ったか?」
「え?はい。3人の佐藤博さんと面談しました」
「……名簿では2人だ。」
「…そんな…まさか!」
「だったら蒼真はどこで3人の佐藤博を知ったのよ」
「琴音がいつも言ってるじゃん。新しい仕事する時は、仲間の顔と名前はちゃんと覚えるようにって。だからそうしたんだよ」
「……!」
セレナが感動している。
おばあちゃんモード起動。
良い子に育って良かったですね。
「だから俺、全員覚えたんだよ。顔見て本人に名前聞いて。俺と琴音と轟とアリステリア、あとおばあちゃんを抜いて361人。」
なんでどや顔なんだ、琴音。
さぞ感激しているだろうとセレナを見ると
「……360人だ。」
「え?」
「私が今回の任務のために連れて来たのは360人だ。」
「…ええ、確かに360人です。」
卯月が名簿の人数を数える。
2回。
「招集をかけろ。」
「直ちに点呼を取ります。」
奥方の号令を受けてセレナが立ち上がる。
つられてセレナを追いかけそうになった蒼真を轟が止めた。
魔王が餌に食いついた。
弥生はセレナを追った。
蒼真の側には琴音も轟も、何よりアリステリアもいるから危険はないだろう。
ならば弥生が代わりに確かめる。
数えるのならお手のものだ。
きっと同じ理由で卯月も着いてきた。
流石は当代最強特務第三大隊。
一糸乱れぬ正確な隊列だ。
順に番号を叫ぶ。
点呼は……360人だった。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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