15、貸倒損失
この国の軍隊の中でも特に精鋭と名高い特務隊。
さらにその中でも最強の呼び声が高い特務第三大隊…を率いる星羅・リアステア少将…が、
おばあちゃん?
「な…何を言ってるんですか!?」
弥生は蒼真を下がらせようとする。
しかしビクとも動かない。
「…探してたよ。絶対生きてるって思ってた!だってあの日、従軍していて村にいなかったから」
「蒼真さん…!」
リアステア少将は凍り付いたように蒼真を見ている。
「…少将?」
「…あ、」
弥生の呼びかけで我に返った。
「ひ…人違いだろう…ご期待に添えなくて申し訳ないが…」
「そんなことないよ。俺と目がいっしょだもん」
確かに、吸い込まれそうな青い瞳。
「従軍していたなら死んでいる。あの時の国王軍は全滅しているのだから。」
「生きてる!弥生も言ってた。おばあちゃんの口座が動いてるって。弥生、そうだよね?」
「…そ…それはそうですが…」
リアステア少将の表情が歪む。
「セレナ・インテグレート・ラメンタービレ・リタルダンド・アルクトゥルス・スフェーン・ティアラ・アレキサンドライト・ド・ペンドラゴンは死んだ!」
あの長い名前。
「…死んだのだ」
吐き出すように言ってしまうと、背中を向けて立ち去ってしまう。
「待っ…
お空の星が降る夜は
星のかけらを数えましょう
蒼真が歌った。
あの、星が降る村の子守唄。
ひとつ
ふたつ
もうひとつ
「……蒼真さん…」
星を拾ったごほうびに
甘い木の実をあげるから
少将の足が止まる。
今日はおやすみ
また明日
弥生はふと、先ほど手渡された書類を見る。
少将のサイン。
『星羅・リアステア』
お空の星が降る夜は
星のかけらを数えましょう
蒼真の頬を涙が流れた。
ひとつ
ふたつ
もりだくさん
「…あ!」
弥生は気付く。
星はみんなのお友だち
あなたもわたしも星の子よ
セ レナ
イ ンテグレート
ラ メンタービレ
リ タルダンド
ア ルクトゥルス
ス フェーン
テ ィアラ
ア レキサンドライト
今日はおやすみ
か細い声で少将も歌う。
また明日
セレナ・ペンドラゴンが歌った。
あの日見たのは焼け野原だけだった。
南部で失踪者が相次いた。
恐らく、魔王が潜伏している。
その情報に基づき、国王軍の中でも特に選抜された精鋭部隊が組織された。
家族の暮らす村が魔王の潜伏地域に近かったので、セレナ自ら手を挙げて見事その精鋭部隊に採用された。
入隊後、間もないことだった。
村が襲われたと伝令が届く。
出撃準備に時間かかかり、それを待ちきれず軍を抜け出したセレナが見たものは、破壊され尽くされた一面の焼け野原。
火は、まだ消えていなかった。
その焼け野原を彷徨った。
探しているのは魔王なのか大切な者たちなのか。
川沿いを辿ると動くものがあり、慌てて駆け寄った。
女の子。
知っている顔。
あの子は確かお隣の……
……アンデッドだ。
今はもう。
斬れなかった。
セレナは帰軍した。
一刻も早く合流し、差し違えてでも魔王を斬る。そう決意していた。
そしてセレナはもうひとつ、別の焼け野原を見た。
そして、髪が黒く染まった。
「…まだ会えないの、蒼真。迎えに行くから。魔王を倒したら、必ず。」
リアステア少将…セレナの蒼真によく似た真っ青な瞳から、後から後から涙が零れ落ちて行く。
「嫌だ。」
「蒼真、お願いよ。」
「村のみんなはどうか幸せにって言ってたよ。俺だけに言ってたんじゃないよ、絶対。」
「だから許さないって決めたの。そんな人たちを奪った魔王が、蒼真と同じ世界にいるなんて許さない。絶対に許さない…!」
蒼真が手を伸ばす。
セレナの腕を掴む。
「だったら俺が手伝うよ!上級冒険者で特務隊の入隊試験も合格した。今の俺なら魔王とだって戦える。」
言いながら『アリステリア』…『ほっしぃ』の鞘を払う。
「見て。国一番の剣だって俺たちの味方だ。」
「……それは…」
星の欠片を集めて作られた星鉄の剣。
それは今、星降る村の生き残りの手にある。
「もう1人じゃないよ、声を聞いてよおばあちゃん。聞こえるはずなんだ。」
弥生は思い出していた。
蒼真の村は落ちた星の跡に出来た村だと。
星の欠片は土に、水に溶け込み、そして星の子と剣になる。
「みんなが言ったんだ、俺に。幸せになれって。俺は絶対それを叶えるって決めたんだ。だからおばあちゃん…」
蒼真の手がセレナの腕を離れた。
その手で頬の涙を拭う。
「……俺を…手伝ってよ…」
弥生はその場を一旦離れた。
2人の時間だから。
18年かかってやっと叶った2人のための時間だから。
「良かった…」
嬉しかった。
そのための18年だ。
「…良かったですね、蒼真さん。」
涙が出るくらい嬉しかった。
「弥生!」
すぐに蒼真が追い掛けてきた。
いつも以上に明るく笑う。
「改めて紹介するね!俺のおばあちゃん!」
弥生も笑う。
「よろしくお願いします。セレナさんとは、はじめまして、ですね」
リアステア少将ではなく。
「ええ。」
セレナが微笑む。
ふわっと、周囲を暖めるような柔らかな微笑み。
きっとこれが本当の笑顔だ。
「でね、おばあちゃん、こっちは弥生・アバカス!俺の親友!」
「そうなのね。弥生くん、どうぞこれからも蒼真をよろしくね。」
なんて綺麗な人だろう。
蒼真とよく似た吸い込まれそうな青い瞳だ。
「ええ、もちろん。」
リアステア少将は、前払金で復讐を買ってしまったような人だった。
でも今、その復讐は倒産した。
もう納品されることはないだろう。
もう二度と。
「それで?魔王討伐はどうなりますか?」
「倒すよ?」
あっけらかんと蒼真が答えた。
「だってこのままだと迷惑だもん。」
「確かに、南部をあのままにしておくわけにはいかないもの。私はその為にここに来たのだし。」
セレナも頷く。
弥生も南部の状態をその目で見た。
蒼真も、見た。
「復讐とかじゃなくってさ、俺、勇者だもん。」
なにしろ蒼真の手には国一番の剣がある。
ホントそれ!
『ほっしぃ』の声が聞こえた気がした。
そうと決まれば弥生がすべきこと。
「…これかあ………」
そう、世紀の難問佐藤博問題である。
「どうでした?特務隊の3人の佐藤さんは」
卯月に聞かれて、3人に出題した減価償却問題の解答を見せる。
「ハズレですね。こんなにも簡単な問題すら出来ませんでしたから。」
「なるほど。減価償却ですか。」
弥生から受け取ると1枚1枚精査し始めた。
「多分、僕たちが探している佐藤博は帳簿を完璧に読める人でしょうから、これくらい出来ないわけないわけないじゃないですか。」
「…あの、これはどの佐藤さんの解答でしょうか?」
思いがけず、卯月の表情は固い。
「え…?この…"分かりません"の人ですか?」
「はい。取得価格120,000Gの鉄剣、耐用年数3年の問題なんですが…」
「はい?」
「この問題文では剣を打ったのが誰だか明記されていません。この取得価格だと人間はもちろん、ドワーフもあり得ます。そうなると耐用年数は4年です。」
「…え?」
あの完璧な財務諸表を作成する佐藤博なら、そこまで掘り下げて考えるかも知れないし、そちらこそが正解だ。
「考え過ぎだとは思いますし、そこまで考える人だとしたら本当にひねくれ者だとは思うのですが…どんな人か覚えてませんか?」
弥生は記憶を辿った。
それどころではない1日ではあったが…
一人は何やらデタラメな数字を書いた、ハーフノームの工兵だった。
一人は何故か読み仮名を書いた、佐藤博という名前があまりに不似合いな堂々たる体躯のドラゴンナイトだった。
"分かりません"と書いた、もうあと一人。
あと一人は……
「…思い…出せない…」
顔も声も背格好も何ひとつ。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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