14、前受金
分かっている限りでは唯一の魔王の目撃者である蒼真を餌に、魔王を釣り上げる。
人を人とも思わぬ所業だが、その護衛を担うのが当代最強と名高いリアステア少将の特務隊大隊なら、言うほど悪い話ではないのかも知れない。
蒼真や琴音、轟たちは上級冒険者で、冒険者としてはスゴ腕と言っても良いが、魔王が敵というなら話が別だ。
そして今、恐らく魔王はすぐ側まで迫っている。
…と、弥生は自分に言い聞かせる。
また、『アリステリア』について言えば、辺境伯の奥方はともかく、配下の騎士たちは納得していそうもない。
とりわけ眼帯の騎士の視線と言ったら!
とは言え、辺境伯側の気持ちも分からなくもない。
国宝の聖剣『アリステリア』を一介の冒険者に託すなんて、前代未聞で荒唐無稽。
睨まれるくらいで良かったとするべきだろう。
特務隊は、早くも蒼真の自宅周りの防衛態勢を整えたようだ。
戦闘になる可能性を考慮し、非戦闘員を遠ざけて、それらの家屋の住人になりすまそうとしている。
元々冒険者や元冒険者が多い地域なので案外違和感は少ないが、身のこなしがスマート過ぎる。
冒険者の背筋はあんなにピンと伸びていない。
精査が必要な書類が山ほどある。
さっさと片付けて、この窮屈な日々を終わらせたい。
そう思いながら部屋に入ると卯月が書類に埋もれてうずくまっていた。
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思いますか?」
留守番を押し付けられた卯月。
しかもあの、リアステア少将と2人きりで。
「そのリアステア少将は?」
「副長の方に呼ばれてどこかへ行きました。どこかは知りません。聞けると思います?わたしは一介の会計士ですよ?」
半泣きである。
「…す…すみませんでした…」
「3,658秒も何してたんですか?なんでわたしを置いてったんですか?リアステア少将も困ってらっしゃいました!わたしに何が出来たと言うんです?!」
「か…数えてたんですか…」
「数えても落ち着かなかった!」
つまり、リアステア少将はアンデッドより怖い、と。
その時
「ただいまー!」
空気を読まない蒼真の帰宅。
聞きたいことや言いたいことが山程あるが、弥生が口を開く前に蒼真が先に爆弾投下。
「俺たち、特務隊に入る!」
「は?」
要するに、冒険者としてクエストだなんだとチョロチョロされるより、魔王討伐本隊の特務隊に放り込んだ方が手っ取り早いということだ…と、弥生は理解した。
蒼真には貯金なんかないのでクエストを受け、報酬を受け取らないと生活出来ない。
特務隊に入れば給料が出る。
『アリステリア』を抱えてホームレスなんかにさせるわけにはいかない。
そうは言っても、である。
「なんでなんですか…琴音さん、轟さん…おふたりが着いていて…」
「あら、ちゃんと実技試験も合格したわ。私たち全員。」
「蒼真は剣の腕も褒められていたぞ。」
ふたりして孫の成長を喜ぶよう。
「大丈夫よ。私たちも着いていくもの。」
ある意味かえって心配だ。
蒼真だけでなく、琴音と轟もちゃっかり入隊するらしい。
確かにこの2人もクエスト報酬がないと生活出来ない。
「特務隊は強いぞ。儂らが確かめてきた。」
「だから返り討ちにできるわよ。」
琴音たちは現状を分かっている。
魔王を釣り上げる。
蒼真を餌にして。
蒼真が餌になり得る理由。
今まで弥生は気にはなっていたものの、聞くことができなかったこと。
「…それなら確認しておきたいことがあります。」
「?」
「蒼真さんは18年前のあの日、魔王を見たんですよね?」
「…!」
卯月が後ろで椅子から滑り落ちた。
18年前のあの日、何が起こったのかなんて正確なことは分からない。
蒼真は小さな子供だったから。
夜中、眠っていたら起こされた。
父親が後から追いつくからと送り出した。
母親に手を引かれて走った。
そのまま何歩か走ったら、今度は抱き抱えられていた。
お父さんは強いから大丈夫よ。
なんてったってセレナおばあちゃんの息子なんだから。
ふらふらと歩き回っていた鍛冶屋のおじさんは、今思えばアンデッドなのかも。
何があったか今はもう覚えていない。
ただ、誰もが蒼真に祈ってくれた。
どうか幸せに。
その想いを受け継ぐように、蒼真は村の大人たちに守られ運ばれ、最後の運び手は少女だったと記憶している。
そう、お隣のアカネ姉ちゃん。
遂に魔王に追いつかれ川岸に追い込まれ、アカネは咄嗟に蒼真を川へと投げた。
忘れていいからね
あなたは幸せになるんだから
川に流されながら蒼真はそれを聞いた。
「……そんな…」
「なんで泣くの?」
「蒼真さんこそ…なんで笑ってるんですか?」
「だってすごいだろ?俺、生きてちゃんと幸せだ。こんなにすごい人たちが他のどこにもいるもんか。」
「…そうですね、本当に。」
「そうだよ。それに比べたら魔王の顔なんかどうでもいいよ。」
蒼真にとっては、
村の人たちを一人残らず覚えていることと、
魔王のことなど忘れること。
きっとそれが復讐なのだ。
「……だからとても……寂しいよ…」
琴音がそっと蒼真を抱き締めた。
「…そうね。当然のことだわ。とても素敵な人たちだもの。」
幸せと寂しさは両立する。
寂しさとは、誰かに愛されたからこそ抱ける感情だ。
前受金だ、これは。
だけど、こんなにも重くて価値のある、壮絶なまでに優しい債務を弥生は知らない。
「…ブリエさん、いつまで泣いてるんですか。」
「だっ…だって…」
「泣いてる場合じゃないんですよ。一刻も早く魔王をぶち倒さないといけないんですから。」
「分かってます。分かってますけどあまりにも…」
弥生だって思い出したら泣きそうだ。
だからこそ今は書類に集中したい。
「ほら、この閲覧請求一覧の『佐藤博』の謎に挑みましょう。よくある名前ですからまずはこれが何人なのか仕訳して…」
「あ、それなんですが偽名も含まれているかも知れません。」
しゃくりあげながら閲覧請求書類の書き方見本を差し出した。
氏名:佐藤博
「は?」
「ご覧の通り書き方見本がこうなので、なんとなく見本通りに書いちゃった人とかいませんかね?」
絶 対 い る。
領収書の宛名を“上様”にするように。
「それじゃ永遠に終わらないじゃないですか!!」
別の理由で弥生は泣いた。
佐藤博問題は深刻化の一途である。
何者なんだ佐藤博。
何人いるんだ佐藤博。
「…アバカスさん、一旦、佐藤博は忘れませんか?」
「いいえ!絶対魔王と関係があるんです!この町の住民登録での佐藤博はたったの788人ですよ!」
「どこが"たったの"なんですか!」
「あ、特務隊にもいるよ、佐藤博さん。」
最近特務隊に入隊し、訓練の日々を送る蒼真からの情報。
「え?!」
「3人。」
「3人!?」
結構多い。
早速特務隊に在籍する3人の佐藤博に会いに行こうとしたら、蒼真が着いてきた。
「どうやって調べるつもり?」
「良い考えがあるんですよ。」
なお、特務隊の3人の佐藤博の疑いはすぐに晴れた。
良い考え…彼らは3人とも剣の減価償却が出来なかったのだ。
それも簡単な定額法なのに。
探している佐藤博なら目を瞑っても解けるはずだ。
せっかく用意した良い考え②の仕訳問題10問の出番がなく、弥生は少々ガッカリした。
「それで?特務隊はどうですか?」
「楽しいよ。ドラゴンに乗る練習してるんだ。特務隊でも第三は空って本当だった。」
なので蒼真は毎日ご機嫌だ。
蒼真は自分のドラゴンを弥生に会わせたくてくっついて来たらしい。
ドラゴンの厩舎に引っ張っていく。
「…ドラゴンに名前付けてないですよね?」
「付けたに決まってるよ!ほっしぃと一緒に考えたんだよ。銀色のキレイな女の子!だからつっきぃ!」
「………」
「分かる?星と月!“つっきぃはアタシの妹”だって。」
その『つっきぃ』は確かに美しいドラゴンだった。
本当に名前だけが残念だ。
「俺のこと好きだと思うよ!」
こればかりは本当かも。
確かによく懐いていて、蒼真に嬉しそうにピッタリくっついている。
まるでとんでもなく大きな犬みたいだ。 それだけに名前が残念だ。
「弥生もつっきぃに乗りたい?」
「いえ、結構です。」
実は高所恐怖症なのだ。
極秘事項だが。
ふと、つっきぃが顔を上げたのでそちらを見る。
「失礼、こちらにアバカス会計士が来ていると聞いたのだが…」
リアステア少将だ。
「はい、ここにいます。」
「前に依頼された特務隊の帳簿の件で…」
「ありがとうございます…って蒼真さんは見ても分からないですよ」
横から蒼真が覗き込むので思わず苦笑い。
「……ペンドラゴン…帰ったのでは…」
少将が心底驚いた表情。
「はい、一旦帰りました。でも弥生が……」
その少将をまじまじと蒼真が見つめている。
目を逸らさず真っ直ぐに。
「蒼真さん、ちょっと失礼で…
「……もしかして…」
蒼真が一歩、リアステア少将に近付いた。
「…おばあちゃん?」
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次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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