13、君の名は
『星の乙女』曰く
アタシの名前、アガらなくね?
キレイな名前だとは思うよ?
でもさ、アタシの名前って言うとチガくね?
アンタらもさ、呼びにくいっしょ
もっとアガる名前が良くね?
「…………」
「…………」
多くを語るより雄弁な沈黙。
「……本当に『アリステリア』がこんなことを?」
真っ先に声を出せたのは辺境伯の奥方だが、立ち直ったわけではない。
言ってみれば持ち主である。
この場で聞かなかったフリをしたい最右翼だろう。
「そ…それでなんで蒼真さんが名前を付けるんですか?!バジリスクにバシ太郎って付ける人ですよ!??しかもメスのバジリスクに!」
弥生に関してはダメージが大きいほど多弁になる。
「えーいい名前じゃん!『アリステリア』も”チョーアゲネームヤバくね?”って言ってるし」
「え、『星の乙女』ってこのテの名前がお好みなんですか?嘘でしょ?伝家の国宝の聖剣に『バシ太郎』?!」
「そんなわけないよ、バジリスクじゃないんだから。」
「そう言うこと言ってんじゃないんですよ!」
事態は深刻である。
とんだ茶番だと言うのに。
「……現状は理解した。それならばペンドラゴンと言ったな。そなたが彼女に、今、この場で名前を付けてみよ…試しに」
さらに深刻化。
弥生は喉の奥で悲鳴を上げた。そんな無茶な!
「…そうですね…」
しかし蒼真の表情がスッと冷えた。
その横顔はまさに聖剣の使い手に相応しい怜悧さだ。
「彼女はオリハルコンとミスリルの合金…いわゆる星鉄でとても鋭い。さらに剣自体も魔力を帯びている…魔王を斬ることが出来るとしたら、きっと彼女だ」
本当に蒼真か?弥生は耳を疑った。
蒼真の手には『アリステリア』こと『星の乙女』。
その銘に相応しく、窓から差し込む光をうけて蒼真の輪郭を明るく縁取る。
「…『魔王カッター』」
「バカーーー!蒼真さんのバカ!!!」
あまりのことに弥生が壊れた。
「え?ピッタリじゃない?」
「本当に申し訳ありません、出直します、本当に出直してやり直します。何をやり直すのが未定ですが、必ずやり直しますので…」
流石の奥方も、辺境伯麾下の屈強の騎士たちも固まったままで、卯月に至っては腰を抜かして座り込んでいる。
蒼真だけはいつも通り。
この場では弁えて欲しい。
「…そっかあ、『アリステリア』も気に入らないって。“ふざけんなし”って言われちゃった」
「ほら!そんな直球ストレートじゃなくてもっとこう…」
とりあえずは命拾い?
いくらなんでも『魔王カッター』はない。
「じゃあ…そうだな、オリハルコンにミスリルが少しだから……『ミスコシ』!」
「蒼真、黙れ。」
弥生の心の声が喉から出た。
「き…急なことでもありますし、大事なことでもありますので、どうか今しばらくお時間を頂けないでしょうか。」
弥生、必死の懇願。
「う…うむ、そうするが良かろう。」
奥方も恐らく考えるのをやめている。
今はとにかくこの場から去りたい。
腰を抜かした卯月を立たせ、蒼真を引きずって奥方の御前から、文字通り逃げ出した。
諸悪の根源『アリステリア』とともに。
「とんでもないことになったのねえ。」
とは言え琴音に切迫感はない。
「そんな呑気してる場合じゃないんですよ。何かありませんか、国宝に相応しい…アガる?名前。」
「蒼真に付けてもらいてえんだろ?儂らが考えても仕方ないだろうが。」
轟の言うことは正しい。
よりにもよって蒼真である。
「オリハル子は?安直?分かるよ、名前は大切だから。」
ーーだからこそ問題は深刻なのだ。
「それで?その山盛りの資料はなんなの?」
ここ、蒼真の自宅に運び込まれた文書たち。
「ああ、どうも魔王が王都に潜伏してるらしいとなって、文書を精査することになったんです。恐らく魔王は文書を見てるので。閲覧にいくらか料金を払わせられるのでその台帳から追えないかと。」
「なんで蒼真の家で?」
「書類の近くに魔王がいる可能性が高いからです。」
琴音の美貌に多少は慣れたか薄目で答える卯月。
なし崩しで巻き込まれていることに気付かなければ良いのだが。
弥生にとって頼りになるのはこの場合、卯月しかいない。
「とりあえず仮の名前だけど『ほっしぃ』って呼んでいいって」
どうして蒼真は達成感でいっぱいの表情をしているのだろう。
「…『ほっしー』…?」
「違うよ『ほっしぃ』だよ。」
深刻さは増していく。
蒼真は当然のことながら、『アリステリア』など国宝を管理する管理局に呼ばれた。
当然1人で行かせるわけには何があってもいかないので、琴音と轟が着いていく。
しかし…
「ああ…やっぱり僕が行くべきだったかな…琴音さんと轟さんならなんとかきり抜け…琴音さんか……」
「そんなに心配なら着いて行けば良かったのでは?」
しっかり巻き込んだ卯月。
一緒に書類をめくっている。
「この量ですよ?南部救済キャラバンの報告書もあるし。」
こっちの仕事はあの3人には絶対に出来ないし。
「常識の通用しないことなんですから、常識の通用しない人たちにお任せした方が良いのでは?」
「…確かに…!」
常識外れに常識で対処など出来るわけない。要するに
もう知らん
に尽きるのだ。
「それにしてもこの財務諸表…素晴らしいですね。冒険者ギルドにここまで書ける方がいるなんて見直しました。」
「え?ああ、佐藤博先生のものですね」
「どんな方ですか?」
「僕も会ったことはないけど、見れば見るほど見事なので勝手に先生と呼んでいますね。えーっと…あった、これなんて見てください。剣の減価償却の耐用年数の基準が変わった年のものなんですが…ほら、財務諸表だけでも読み取れるほどの充実具合でしょう?」
「…!なんてこと!オリハルコン製5年、ドワーフが打ったものだと2年延長…だから繰延税金負債計上…美しいわ!」
「でしょう?」
「オリハルコン製の剣と言っても『アリステリア』…『ほっしぃ』は減価償却しませんが。」
「まあ、国宝ですからね。しかも恐らく星鉄製。魔力を帯びたミスリル含有オリハルコン…流れ星由来かも知れませんね…あ、これこれ。その貸借対照表も先生ですね。」
しばし美しい財務諸表を鑑賞する。
「…あ、今気付いたんですが、その先生のお名前がこの資料閲覧請求一覧に何度も出てくるんです。財務諸表作成に必要でしょうか?」
確かに何箇所も佐藤博の名前がある。
「うーん…それこそ精査しないとなんとも。」
その時、ドアをノックする音がした。
「蒼真さんたちかな?」
いくらなんでも早いが弥生はドアを開けると…
闇を溶かしたような黒髪と深淵に引き摺り込まれそうな青い瞳。
「リアステア少将…?」
まさにその人。
「辺境伯奥方より『アリステリア』の護衛の任を拝命した。」
囁くような声ですらはっきりと聞こえるよく通る声だ。
弥生の後ろでまたしても卯月が椅子ごとひっくり返った。
「そうは言うがアバカス会計士。どこに魔王が潜伏しているのか分からないのだぞ?ちょうどリアステアも暇しておったし。」
あまりの事態に思わず奥方に突撃するほど弥生は混乱していた。
「あれは暇とは言わないんですよ!」
リアステア少将ともなれば当然独自に情報収集もしているだろうが、南部救済キャラバンで得られた情報も、即座に彼女と彼女の大隊に共有される。
軍事的精査は彼女の仕事。
多忙になるのはこれからだ。
「ならば都合が良いではないか。冒険者ギルド、商人ギルド、特務隊の三方が揃う。」
ここ2日くらいの出来事は文字通り支離滅裂だ。
弥生の理解を超えている。
リアステア少将は当然暇ではないので、護衛と言ってもべったり『アリステリア』にくっついているわけではない。
しかし現状、リアステア少将麾下特務隊の騎士数名が交代で蒼真の自宅を警護している。
蒼真たちは冒険者。
この状態では仕事にならない。
「…リアステアにはこの町での仕事が必要なのだ。目を離すと南部に飛んで行ってしまうからな。」
「あ…」
確かにドラゴンで飛んで来た。
軍法会議すら覚悟の上で。
「18年前にな、大切な者を亡くしたらしい。救けることが出来なかったと。」
「もしかして国王軍の…?でも18年前って少将は何歳だったんですか?救けられなかったなんてそんなの少将のせいでは…」
「年齢はあまり関係ない。リアステアはエルフだからな。」
「え?でも少将って黒髪で…」
エルフと言えば琴音や蒼真のような金髪碧眼のはずだが…
「本人は語らぬが、18年前のあの時、黒く染まったのだそうだ。それほど大切な者だったのだろう。あれは悲嘆の黒なのだ…いや、怒り…かな。」
深淵に引き摺り込まれそうな青い瞳を思い出した。
「それに、そなたが自分で言ったではないか。魔王は18年前殺し損ねた子供の行方を探していると。」
「…あ…」
「彼にも護衛が必要だ。」
そう、蒼真は唯一の魔王の目撃者だ。
「これは好機だぞ、アバカス会計士。」
奥方の声は冷たい。
そして、彼女は辺境伯の所領は南方であり、さらに国境防衛を担う辺境伯の奥方だ。
南部の惨状を身をもって知っている。
それで弥生には充分だった。
「…魔王を釣る…つもりですか…?」
蒼真は、餌だ。
読んでいただきありがとうございます!
次回は【明日20:30】に更新予定です。
お楽しみに!
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