予想外の報告と情報共有
王が立て続けに与えた任務は、綾香の魔力を意図的に消耗させるものだった。
昨夜、綾香が勢いのままに自分の頬に口付けしてこなければ確実に失っていた。
人間は、魔族のように他者からの吸収や休息で魔力は補えない。綾香の消耗に気づく事なくその全てを使いきってしまっていたら。
消滅。
その可能性に気づいたシグルドの眉間に深い皺が寄る。
それでも、触れ合うことで魔力の循環が出来る事に気付けたのは僥倖だった。
綾香を最初に目にしたときに感じた膨大な魔力。
循環した時に、その上限が多少減った事も感覚で理解した。
しかし、消耗するが循環で回復が可能。
つまり、能力を使わなければこれ以上削れる事はない。
シグルドは元々この国で王に次いで魔力が高い。
綾香に頼らずともこの350年生き抜いてきた。
つまり、綾香を使わなくても問題はない。
「綾香が消えるのはつまらない。あれは俺のものだからな」
完成した貯水地の報告書を携え、転移魔法を展開する。
心配そうな顔をする綾香には留守を頼み、シグルドは執務室を後にした。
(あの父はどんな顔をするだろうか)
その表情を想像するだけで、シグルドの表情が歪む。
(これが、愉悦というものか)
+ + +
常に不快な緊張感のある城が、今日はやたらと可笑しくみえる。
シグルドは勝手に上がる口角をどうにか下げ、いつものように門に立つ兵に開門を促した。
重い扉が鈍い音をたてて開く。
開いた先、目に飛び込むのは数段高い位置にある玉座。
そこに座るのは、父であり王。
王族の証である黒髪と、漆黒の闇のような瞳。
見た目だけは自分より幼い、二十歳程度の青年の姿。
王と視線が重なる。
いつもは面倒くさそうに姿勢を崩し、宰相であるダークエルフのクロードを動かす。
そんな王が、珍しく最初からシグルドを見ていた。
その指がくいと曲げられ、声を出さずに自分を呼ぶ。
シグルドは玉座へと歩みを進めた。
宰相もこちらを見つめている。
その意味ありげな視線に、シグルドは頷きです返す。
「報告を」
直接そう促す王は、にやにやと口元が歪めている。
(消滅の可能性を理解していたのか)
シグルドは己の愚かさに気づく。
あの王が、自分たちに永久的に忠実な道具を与えるはずもない。
道具を慣れさせ、自らの手で失わせる。
その結果を待ち侘びていたのだと。
シグルドは心を落ち着かせ、淡々と報告をした。
「貯水池は恙なく完成に至りました。水も私の魔力で十分に満たしております」
シグルドは言葉を続けた。
「貴方から下賜された魔動器である綾香は消耗品だと気づきました。ゆえにーー」
シグルドは真っすぐ王を見つめた。
「今後は状態をしっかりと把握し、所有者として適切な扱いをするつもりです」
シグルドは胸に片手をあて、丁寧に一礼した。
落ち着いた声が玉座の間に響く。
王はシグルドの報告を驚愕の表情で受けていた。
「……あの玩具が、壊れていない……だと? 何故だ、あの任務で全てを使い切ったはずだろう?」
背後に立つクロードも、瞠目している。
綾香の能力が有限である事に気づいていたのは、王だけではなかったと言うことか。
シグルドは何度も向けられた視線の意味に気づいた。
クロードはあの王に気付かぬよう、自分に伝えていたのだと。
(相変わらず情が深いものだな)
王は、綾香の生存が信じられないとでもいうように、目の前で呆然としている。
ひとしきり「なぜだ」と繰り返した後、王はシグルドに詰め寄り「教えろ!」と言った。
「物は大切に使えば壊れないんですよ、父上」
王の瞳に怒りの色がみえる。
それでも自分の命を奪えるほどの理由はない。
悔しそうなその顔をみて、笑いそうになるのを堪えた。
口をはくはくと動かす王から数歩下り距離を取る。
シグルドは何も言わず、一礼をした。
王は不機嫌さを隠す事なく「行け」と短く言い、玉座に音を立てて腰掛けた。
(予想が外れたな、王よ)
シグルドはもう一度深く一礼し、静かに玉座を離れた。
扉が閉まると、中から何かを投げつけたような音がする。
どうやら相当にご立腹らしい。
「あれが王か」シグルドは深いため息をついた。
しかしあの王をみれば多少の溜飲は下がる。
即座に転移するのをやめ、玉座から響く何かが壊れる音を聴きながら長い廊下を一人歩いた。
背後からかつかつと靴の音が近づく。
「シグルド」
声をかけたのは宰相クロードだった。
シグルドは足をとめ、クロードを待つ。
目の前に来たクロードは、僅かにシグルドを見下ろしながら、静かに肩に手を添えた。
シグルドの喉が、静かに震える。
クロードの目に宿る感情に、シグルドは頷いた。
彼はずっと伝えていた。
「大丈夫、二度と油断はするまい」
クロードの眉が僅かに動く。
肩に触れたその手に、シグルドは己の手を重ねた。
「あの王の機嫌を戻すのは難儀だぞ、クロード」
思わず口角が上がる。
クロードは後処理を想像したのか、「そうだな」と眉根を寄せた。
シグルドは胸に手を当て、心から一礼する。
そして、クロードを残しその場から転移した。




