第9話:秘密の工房と、泥沼の不協和音
水の都ヘラフテンの路地裏を抜け、ヘンドリックが案内した先には、立派な二階建ての一軒家があった。
「さ、着いたよ。ここが俺の家兼、魔道具の工房なんだ。空き部屋はいくつかあるから、好きに使ってくれないか」
ガチャリと鍵を開けて中に入るヘンドリックの背中を、美女3人は呆然と見つめていた。
『嘘でしょ……この一等地で、一軒家!?』
『魔道具の工房まで完備されているなんて……』
冒険者は基本的にその日暮らしであり、寝泊まりは宿屋が普通だ。自身の拠点を持てるのは、莫大な富を築いたごく一部のトップランカーのみ。
彼女たちがそのスケールに圧倒されていると、奥からエプロン姿の男が小走りで現れた。
「お帰りなさい、師匠! 皆さんも! お茶の準備できてますよ!」
「……なんでお前、俺より先に家に上がり込んで、勝手にお茶なんか淹れてるんだよ」
ヘンドリックが呆れたようにため息をつく。
昨日、勝手に弟子入りを宣言したブラムだった。彼はすっかりヘンドリックに心酔しており、合鍵の隠し場所を見つけ出して先回りし、勝手に雑用をこなしていたのだ。
「俺は師匠の弟子ですから! さあ師匠、今日の講義をお願いします!」
ブラムが目を輝かせて羊皮紙と羽ペンを構える。
リビングのテーブルを囲むと、ヘンドリックは真剣な表情で羊皮紙を広げた。
「さて、ここからはプロとしての作戦会議といこうか。まずは俺の手札を明かすよ」
ヘンドリックが書き出したのは、彼が持つ全35個の【レベル1スキル】の一覧だった。
その過半数は、【索敵】、【解体】、【空間拡張】、【土木建築】、【魔力譲渡】、【料理】といった非戦闘(補助・生産)スキルだ。しかし、残りの枠には剣術、盾術、各種属性魔法といった戦闘スキルもしっかりとレベル1で取得されていた。
「レベル1の剣術や魔法単体じゃ、確かに最弱かもしれない。だが、これに【気配察知】や【魔力操作】などの補助スキルを掛け合わせ、魔道具で底上げするとどうなると思う? ……一切の無駄がない、完璧なシナジーが生まれるんだ」
基礎中の基礎をパズルのように組み合わせ、最良の最適解を叩き出す。それこそがヘンドリックの強さの秘密だった。ブラムは「なるほど……!」と猛烈な勢いでメモを取っている。
「で、次は君たちの番だね。君たちはレベル5やレベル10の強力なスキルを持っているけれど、スキルポイントがいくつか余ったままになっているんじゃないか?」
「ええ。より強力な大魔法を覚えるために、ポイントを温存しておくのが普通ですから」
エリーゼの言葉に、ヘンドリックはチッチッと指を振った。
「それが、【レベル10】至上主義の連中が陥る罠なんだよ。大技の燃費の悪さを、余ったポイントでレベル1の補助スキルを取って補えば、継戦能力は劇的に跳ね上がる。……さあ、俺がそれぞれの特性に合わせて最適な組み合わせを提案させてもらうよ。騙されたと思って、ポイントを振ってみてくれないか」
ヘンドリックは真剣な表情で全員の顔を見渡した。
「まずは全員の共通課題として、燃費の悪さを補う【魔力節約Lv1】と【魔力回復Lv1】を取ってもらえるかな。他にもそれぞれの特性に合わせたスキル構成を考えてあるんだけど……細かい話は長くなるから、他のスキルについてはおいおい説明していくよ」
ヘンドリックの的確な分析に従い、全員が余っていたポイントを消費して、まずは継戦能力を底上げする基礎スキルを取得していく。
「すごい……! 体の芯から、力が湧き上がってくるみたい……!」
サンネが自身の体を見下ろして驚嘆の声を上げる。
的確な補助スキルを得たことで、彼女たちの実力は一段も二段も上のステージへと引き上げられたのだ。
『この人は……私たちを、本当の意味で最強にしてくれるんだわ』
エリーゼは羊皮紙を見つめるヘンドリックの横顔を、熱を帯びた眼差しで見つめていた。
一方その頃。フェルウェ大迷宮の浅層エリアでは、醜い怒号が飛び交っていた。
「ちょっとリーダー! なんでアンタ、さっきからあの小娘の加勢ばっかりしてんのよ!」
「そうよ! 私たちだって疲れてるのに!」
アホ女トリオが、ヒステリックな声でリーダーを責め立てていた。
彼女たちの視線の先では、新しく加入した美少女、ロッテが短剣と魔法を器用に使いこなし、次々と魔物を仕留めていた。
ロッテは器用貧乏と揶揄されていたが、実は事前に魔力管理の重要性をしっかりと学んでおり、魔力消費を抑え回復を早める魔道具を自費で揃えていたのだ。
燃費最悪のレベル10魔法を無駄撃ちしてすぐに息切れするアホ女たちとは違い、ロッテの立ち回りは非常に安定的で優秀だった。
そして、見栄っ張りで傲慢なリーダーは、若くて優秀で顔の良いロッテに対して、女としての欲情を隠そうともしていなかった。
「うるさいなお前ら! ロッテちゃんの方がお前らよりよっぽど有能だろうが! ほらロッテちゃん、危ないから俺の後ろに隠れて!」
「あ、いえ……自分で対処できますので、お気遣いなく」
デレデレと鼻の下を伸ばしてすり寄ってくるリーダーを、ロッテはドン引きした冷たい目であしらっていた。
『なんなのこのパーティー……。レベル10持ちのトップランカーって聞いてたのに、魔力管理もできないし、リーダーは気持ち悪いし……』
ロッテは心底うんざりしていた。
後ろでは、自分に見向きもしなくなったリーダーに対して、アホ女トリオが髪を振り乱してマジギレしている。
「アンタなんかもう知らないわよ! 回復してあげないんだから!」
「勝手にしろ! 俺にはロッテちゃんがいるんだよ!」
魔物のいるダンジョン内で、まさかの痴話喧嘩による内部分裂。
連携も信頼も完全に崩壊したこの泥沼のパーティーが、全滅の危機に瀕するのはもはや時間の問題だった。




