第8話:酒場の視線と、エルフのコンプレックス
ギルドに併設された酒場は、今日も冒険者たちの熱気と喧騒に包まれていた。
その中央のテーブルで食事をとるヘンドリックたちのパーティーは、嫌でも周囲の男たちの目を惹きつけていた。
無理もない。彼が連れている3人の女性は、それぞれが規格外の美貌を誇っていたからだ。
女騎士のサンネ。没落したとはいえ元貴族の彼女は、凛とした気品と人としてこれ以上ないほど整った顔立ちをしていた。そして何より、鎧の上からでもわかる抜群のプロポーション。男どもは彼女を上から下まで舐め回すように眺め、特にその豊満な胸元へ向けられる視線は、隠しきれない情欲に満ちていた。
獣人のミラ。強さこそ正義であり『胸はデカければデカいほど女の魅力が高い』と信じてやまない野生児だが、その顔立ちは小動物のように愛らしい。その愛らしい顔と暴力的なまでの巨乳のギャップに、男どもはだらしなく顔を緩めてニマニマと見つめている。
そして、ハイエルフのエリーゼ。
数百年の時を生きる彼女は、見た目こそ20歳前後の若々しさだが、その内面は人間換算で30代後半の成熟した落ち着きを持っている。サンネのような生き生きとした美しさとは違う、氷のように冷たく、神々しいまでに整った完璧な美貌。
酒場の男たちも、彼女の顔を見た瞬間は雷に打たれたように釘付けになる。
だが。
男たちの視線が彼女の顔から下へ――そのつつましい胸元へと移動した瞬間。男たちは『あ、ふーん……』と露骨に興味を失い、すぐにサンネやミラの胸へと視線を戻してしまうのだ。
『くっ……! どいつもこいつも、魔物みたいに発情しやがって……!』
エリーゼはテーブルの下でギリッと拳を握りしめた。
そう、彼女の最大のコンプレックスは、このエルフ特有の薄い胸部装甲なのだ。
だが、エリーゼはふと、目の前でエールを飲んでいる男――ヘンドリックに視線を移した。
年齢は35歳。身長180センチ超えの筋骨隆々な男たちが当たり前にいる冒険者の中で、彼は160センチ台とかなり小柄だ。体つきも痩せており、顔立ちも地味。お世辞にもパッと見で魅力があるようには見えない、どこにでもいる平凡なおっさんである。
誰もが【レベル10】の強力なスキルを目指すこの世界で、彼はレベル1のスキルしか持っていない。
だが、彼はそのレベル1のスキルを35個も極限まで鍛え上げ、魔道具と組み合わせることで、単独でダンジョンの最深部を踏破してしまう規格外の実力者なのだ。
そして何より――。
『昨日のギルドで私が抱きついた時……あの時も思ったけれど、彼は明らかに動揺していたわ』
サンネやミラの圧倒的な暴力(巨乳)を押し付けられても、ただ「重い」「風邪ひくぞ」と完全にスルーしたこの男が、自分のつつましい胸の感触にだけは、確かに【男】としての反応を示したのだ。
『まさか……この人、大きな胸には興味がなくて、私みたいな……つつましい方が好み、ということ?』
絶望的なコンプレックスの世界に、一筋の神々しい光が差し込んだ瞬間だった。
エリーゼの冷たい美貌が、ふわりと熱を帯びる。彼女はヘンドリックを見つめながら、誰にも気づかれないように、甘く危険な笑みを浮かべた。
『うふふ……そういうことなら、話は早いわね。覚悟なさい、ヘンドリック。私があなたのその地味な外堀、完璧に埋めてあげるから』
おっさんはそんなエルフの恐ろしい決意など露知らず、「この串焼き、すごく美味いな」とのんきに頬張っていた。
一方、酒場の隅の薄暗い席では、どんよりとした空気を纏う集団がいた。
ヘンドリックを追放した元パーティー【神創の覇星】の面々だ。
昨日のダンジョンでのやらかし――新人のブラムを盾にして見殺しにしようとし、背後からの奇襲で自爆してボロボロになった挙句、ブラムに愛想を尽かされてギルドで大々的に脱退宣言をされたこと――は、すでに冒険者たちの間で噂になっていた。
「クソッ……! あの生意気な新人め、あることないこと言いふらしやがって!」
リーダーがジョッキを叩きつける。
彼らは再起を図るため、新たなメンバーを募集していた。しかし、悪評が広まった今、まともな実力者は誰も寄り付かない。
そこで彼らは、見栄を張って掲げていた【レベル10スキル持ち限定】という条件を渋々妥協し、扱いやすそうな若い女性をターゲットに絞って勧誘を行っていた。
そして今、彼らのテーブルに一人の少女が座っていた。
「あ、あの……。本当に私なんかでいいんですか? 私、器用貧乏ってよく言われてて、レベル10のスキルなんて持ってないんですけど……」
おずおずと尋ねるのは、ロッテという名の21歳の美少女だった。
彼女は遊撃手としての素質を持っていたが、スキル構成が地味なため、他のパーティーから冷遇されていたのだ。
「ああ、構わないさ! 俺たちの圧倒的な力で君を守ってやる! 君は後ろで適当に援護してくれればいいからね!」
リーダーが爽やかな作り笑いを浮かべて歓迎する。
アホ女トリオも「そうそう、若い子が荷物持ちしてくれたら助かるわ〜」と値踏みするような目を向けていた。
崩壊寸前の元パーティーと、何も知らない新たな犠牲者。
彼らが再び地獄を見る日は、そう遠くない未来に迫っていた。




