第7話:仲間の定義と、エルフの微笑み
ダンジョン最奥での規格外な採掘を終え、ヘンドリックたちは驚くほどあっさりと水の都ヘラフテンへと帰還した。
そのままギルドの受付へと向かったヘンドリックは、山のようなレア素材の一部をカウンターに置いた。
「おいおい、ヘンドリックさん。また深層でこんなもん掘ってきたのかい? アンタのソロ活動にはいつも驚かされるよ」
受付の男が呆れたように笑う。
実はこれ、ヘンドリックにとってはいつものルーティンだった。かつてのパーティー活動でも、解散して他のメンバーが酒場で遊び惚けている数日間、彼は一人でダンジョンへ潜り、こうしてレア素材を確保して資産を築いていたのだ。
手続きを終えたヘンドリックは、換金された莫大な報酬と残りの素材を、正確に四等分してエリーゼたちの前に差し出した。
「はい、これが今回の取り分だ。受け取ってくれ」
「えっ……? ちょっと待ってください、ヘンドリックさん。これ、何かの間違いじゃないかしら?」
エリーゼが困惑した声を上げる。サンネもミラも、目の前の金貨の山を前にして首を振った。
「そうよ、私たちは何もしていないわ! 魔物を仕留めるのも素材を確保するのも、全部あなたの指示と実力じゃない。私たちが受け取る理由なんてないわ!」
受け取れないと強く拒む3人。
だがその瞬間、ヘンドリックの纏う空気が一変した。
「――いいから、受け取れ」
低く、突き放すような声。
ヘンドリックの瞳には、今まで見せたことのない、本物の【怒り】が宿っていた。
「あんたたち、いいかい。俺たちは四人でダンジョンに向かった。四人で一つのパーティーとして活動したんだ。そこに貢献度の多寡なんて関係ない。命を預け合った仲間なら、報酬を分かち合うのは当然の義務だ。それを拒むっていうのは、俺を仲間だと認めていないってことか?」
「っ……!」
おっさんのガチギレに、美女3人は息を呑んで硬直した。
彼にとって、報酬の分配は単なる金のやり取りではない。対等な【仲間】であることの証明なのだ。
おっさんのあまりの迫力に、彼女たちは震える手でその報酬を受け取るしかなかった。
「……分かってくれたらいい。さあ、飯でも食いに行こうか」
怒気が引くと、おっさんはいつもの気のいい顔に戻った。その極端な切り替えに、3人は内心で『この人、やっぱりプロだわ……』と、ますます惚れ直してしまう。
そこへ、一人の男が血相を変えて駆け込んできた。
「師匠!! 探しましたよ、師匠!!」
「げっ……ブラムか」
昨日助けた新人のブラムだった。
彼は戻った後、ギルドの古株たちに聞き込みを行い、ヘンドリックの真実を知ったのだ。彼が今のトップランカーたちを育て上げた伝説の育成者であり、今もなおソロで深層を闊歩する超凄腕であるということを。
「いろいろ聞きましたよ! あんた、マジで伝説の案内人だったんですね! お願いです、俺を弟子にしてください! 師匠と呼ばせてください!」
「嫌だよ。俺は隠居したいんだ。あと師匠って呼ぶのはやめてくれ、恥ずかしいだろ」
「分かりました、師匠! 一生ついていきます、師匠!」
おっさんの拒絶を完全に無視し、ブラムは勝手に弟子入りを宣言して後ろを離れなくなった。こうして、おっさんの周囲はますます賑やかになっていく。
「もう……。ヘンドリックさん、本当にお疲れ様でした」
サンネが呆れ顔で笑い、お礼と言わんばかりにヘンドリックの首に手を回して、豊満な胸を押し付けるようにハグをした。
「おお、サンネ、苦しいって」
続いてミラが「ボスー!」と叫んで、いつものように正面から飛びつく。
ヘンドリックは「わーわー」と言いながらも、無防備な彼女たちの感謝のハグを、親心のような包容力で受け入れていた。
そして最後に、エリーゼが歩み寄った。
彼女はサンネたちのような激しいスキンシップではなく、そっと、壊れ物に触れるように優しく、ヘンドリックの背中に腕を回した。
「……感謝しているわ、ヘンドリック」
エルフ特有の、透き通るような芳香が彼の鼻腔をくすぐる。
その瞬間。
エリーゼの鋭敏な感覚が、ヘンドリックの体の【微かな異変】を捉えた。
『あら……?』
心拍がわずかに速まり、筋肉が一瞬だけ強張る。
ミラの窒息しそうな抱擁にも、サンネの露骨な色仕掛けにも見向きもしなかった彼が、エリーゼの静かなハグにだけ、明らかに【男】として動揺していた。
エリーゼはヘンドリックの胸に顔を寄せたまま、誰にも見えない位置で、口元を艶やかに、そして勝ち誇ったように綻ばせた。
彼女はこの瞬間、おっさんの隠された【性癖】――あるいは【好み】の正体を、確信を持って把握したのだ。
『うふふ……そう。あなたは、こういうのがお好みなのね?』
エリーゼは何も言わず、そっと体を離した。
その時の彼女の瞳は、これまでの冷徹なクールビューティーとは違う、一人の恋する乙女としての慈愛と、獲物を追い詰める女の鋭さが同居した、息を呑むほど美しい輝きを放っていた。
『これでもう、あなたは私から逃げられないわ。覚悟しておいてね、ヘンドリック』
何も気づいていないおっさんは、弟子のブラムに「メシ奢れ!」と絡まれていた。
最強の便利屋の日常は、これからますます、甘く賑やかな混沌へと突き進んでいくことになる。




