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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第89話:完璧な敗北計画と、すれ違う拳

「ガッハッハッハ! お前がミラの言ってたボスだな! 娘が世話になってるな!」

 バァァァンッ!!

 王都の侯爵邸に、地響きのような豪快な笑い声と、大砲でも撃ち込まれたかのような衝撃音が響き渡った。

 衝撃の発生源は、ヘンドリックの背中を「軽く」叩いた獣人の大男の手である。

 身長は優に二メートルを超え、丸太のような腕と岩石のごとき胸筋を持つ男。彼こそが、獣人族を束ねる族長にしてミラの父親だった。

 その後ろには、ミラとよく似た愛くるしい顔立ちの女性が、にこにこと笑いながら立っている。族長の妻、つまりミラの母親だ。

「初めまして、ヘンドリックです……ッ痛ァ!?」

 挨拶代わりに差し出された族長の分厚い手を握った瞬間、ヘンドリックの顔が苦悶に歪んだ。万力のような握力。手から伝わってくる、純粋で圧倒的な暴力の気配。

 レベル1の便利屋にすぎないおっさんの心は、この「手荒すぎる歓迎(ただの握手)」の時点で完全に粉砕されていた。

『勝てるかこんな化け物!! スコップで殴ってもノーダメージだろこれ!』

「よし! ボスよ、さっそく挨拶を始めようぜ! 我ら獣人族の習わし……男同士、どっちが上に立つか『拳で語り合おう』じゃねえか!」

 族長がニヤリと笑い、闘気を爆発させる。

 ヒロインたちや、家臣となったサンネの両親、そしてカトリーヌとロバート夫妻が固唾を飲んで見守る中、ヘンドリックは顔を引きつらせた。

「いや、俺は別に上に立ちたいわけじゃないし……というか全力で辞退しま――」

 全力で断ろうとしたヘンドリックの脳裏に、突如として【悪魔の閃き】が舞い降りた。

『……待てよ?』

 もしここで、俺が族長にワンパンで沈められ、「ひぃぃ! 許してええ!」と無様に命乞いをして、ちびるほどみじめな姿を晒したらどうなる?

 当然、最強の英雄だと思い込んでいるヒロインたちはドン引きするはずだ。ミラは「ボス、弱かったんだゾ……」と幻滅して群れを去り。サンネは「私が仕えるべき主君ではなかったか……」と呆れ返り。エリーゼに至っては「口だけでしたのね。最低ですわ」と冷たい視線を浴びせて去っていく。

『完璧だ!! これで俺は、あの重すぎる愛と侯爵という重圧から解放され、念願のソロ・スローライフに戻れる!!』

 一瞬にして最悪の最適解を導き出したヘンドリックは、口元に不敵な笑みを浮かべ、族長を真っ直ぐに指差した。

「……いいだろう。その『拳での語り合い』、受けて立つよ」

「おおっ! いい目をしてやがる! さすがは俺の娘が見込んだ男だ!」

 ヒロインたちが「旦那様、素敵……!」と熱い視線を送る中、ヘンドリックは内心で(よし、一発殴られたら大袈裟に吹っ飛んで泣き喚いてやる!)と固く決意し、中庭の真ん中へと進み出た。

 カトリーヌが扇子で口元を隠し、微妙な表情で見守っている。ロバートは静かに腕を組んだ。サンネの父ベルンハルトが「旦那様、御武運を」と真剣な顔で頭を下げた。

「行くぞボス! 獣人族の魂の挨拶、俺の拳をしっかり受け止めろォォ!」

 族長が丸太のような右腕を大きく振りかぶる。

 ヘンドリックは(ヒィィッ!)と内心で悲鳴を上げ、思わずギュッと目を瞑り、顔面を守るために両手を開いて前に突き出した。

「最初はグー!! じゃんけん、ぽぉぉぉん!!!」

「……え?」

 ボフッ。

 族長が勢いよく突き出した「グーの拳」は、ヘンドリックが顔をかばうために突き出した「両手のひら」の数センチ手前でピタリと止まった。

 恐る恐る目を開けたヘンドリックの前には、満面の笑みで「グー」を突き出している筋肉ダルマと、彼をガードしようとして両手を「パー」の形に開いてしまっている自分の姿があった。

「ガッハッハッハ! 俺の負けだ! いやあ、俺の気迫と『グー』の軌道を完全に見切って、微動だにせず『パー』で受け止めるとは! 文句なし、お前が新しい群れのボスだ!!」

「……はい?」

「やったんだゾ! やっぱりボスは最強なんだゾー!」

「さすが旦那様! 族長の殺気に一歩も退かず、あのような平和的な解決を……!」

 歓喜するミラたちと、大満足でヘンドリックの肩をバシバシ叩く族長。

 ヘンドリックは、己の両手をぼんやりと見下ろした。

「えっ? ちょっと待って、拳で語るって……物理的な殴り合いじゃないの!?」

「当たり前だろ! 娘のつがいになるかもしれねえ男を、なんで俺が本気で殴らなきゃいけねえんだよ! 獣人族の『拳で語る』は、平和的にじゃんけんで運を天に任せるっていう伝統儀式だぜ!」

「し、知らなかったんだゾ……?」

 ミラが目を丸くする。族長が豪快に笑い飛ばした。

「ガッハッハッハ! まあいい! じゃんけんで勝ったんだから、お前が群れのボスだ! 今日からミラをよろしく頼むぞ!」

「お義父さん、ちょっと気が早すぎないですか!?」

 ヘンドリックが思わず素の反応をしてしまい、族長がさらに破顔した。

「『お義父さん』! ガッハッハッハ! もうそう呼んでくれてるじゃねえか! 気に入ったぞ、ボス!」

「違います、今のは……!」

 後方では、カトリーヌが扇子で口元を隠しながら、肩を小刻みに震わせていた。ロバートも珍しく表情を崩し、静かに笑っている。

 サンネが「旦那様……」と半眼で見つめる横で、エリーゼが「ふふっ。旦那様らしいですわ」と優雅に微笑んだ。

 ヘンドリックの「みじめに負けてスローライフを取り戻す計画」は、種族の平和すぎる伝統文化と、ただビビって顔をかばっただけの両手パーによって、またしても大失敗に終わったのである。

 そして気づけば、族長に肩を組まれ「俺の娘をよろしく頼むぞ、ボス!」と豪快に笑われながら、中庭を引き回されるヘンドリックの姿があった。

 ミラが嬉しそうに後ろをついてくる。族長の妻が「可愛い娘婿ね」と目を細めている。

『……俺はいつから、獣人族の群れのボスになったんだ』

 哀れ、ヘンドリック。

 じゃんけんの「パー」一枚で、また一つ、スローライフから遠ざかっていくのであった。


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