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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第77話:逃げ出す魔族と、呪具の真の代償

 ふと前方の暗がりを見て目を細めた。

 魔物の死骸の山の奥、迷宮のさらに深層へと続く通路の入り口に、見覚えのある漆黒の瘴気を纏った人影が立っていたのだ。

『あいつ! 王都の広場で巨大ゴーレムを呼び覚ました、あの魔族じゃないか!』

 魔族もまた、迷宮の様子を見に来ていたのか、こちらをぽかんと呆然と見つめていた。

 ヘンドリックの顔から剥ぎ取られた【狂笑の呪面】。そして一瞬にして迷宮の地形ごと魔物の大群をミンチにした地獄絵図。それを目の当たりにした魔族は、見る見るうちに顔を青ざめさせ、ボソッと呟いた。

「……やべぇ」

 次の瞬間、魔族は踵を返し、一目散に迷宮の最奥へと向かって全速力で逃げ出した。

「待て! 逃がすか!」

 ここで魔族を捕らえれば、王都の事件は完全に解決する。ヘンドリックは【身体強化Lv1】を即座に発動させ、ブラムやロッテたちが止める間もなく猛ダッシュで後を追った。

「師匠! 待ってくれ、一人で行くな!」

「リーダー!」

 後方でブラムとロッテの声が響くが、ヘンドリックの足は止まらない。

 魔族の足は速かったが、お面による全スキルレベル10の余韻が残るヘンドリックの足はそれ以上に速かった。暗く入り組んだ迷宮の通路を、【索敵Lv1】で魔族の気配を追いながら一気に駆け抜けていく。

 迷宮最奥の行き止まりの空間。ヘンドリックはついに魔族を壁際へと追い詰めた。

「そこまでだ! 大人しく……」

 ヘンドリックが魔族の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした、あと一歩の距離。

 その瞬間だった。

 ピタッ。

 ヘンドリックの体が、まるで時間が止まったかのように、不自然な前傾姿勢のまま完全に硬直した。

『……あ。やばい、時間切れだ』

 これこそが、ヘンドリックが【狂笑の呪面】を絶対に使いたくなかった「もう一つの理由」であった。

 お面による全スキルレベル10という神の領域への強制引き上げ。それはただの人間であるヘンドリックの肉体に尋常ではない負荷をかける。その反動として、お面を外してから数分後、全身の神経が完全に焼き切れ、約一週間にわたって「指先一つ動かせない完全麻痺状態」に陥ってしまうのだ。

『わかってたよ、わかってたけどね……。でも仲間を守るためには他に選択肢がなかったんだよ……』

 おっさんは心の中で言い訳をしながら、全力で指先を動かそうとした。

 全く動かなかった。

 瞬きすら、できない。

「えっ? ……あれ?」

 迫り来る死を覚悟して目を閉じていた魔族は、目の前で彫像のようにピタリと止まったヘンドリックを見て、ポカンと瞬きをした。

 何が起きたのか全く意味がわからないが、好機であることは間違いない。

 魔族はおそるおそるヘンドリックの顔の前に手をかざした。反応なし。肩を叩いてみた。反応なし。

「……し、失礼しますっ!」

 魔族は半泣きになりながら横をすり抜け、そのまま地脈の奥深くへと遁走していった。

『ああああっ! 待て、逃げるな! 俺の体を動かせえええっ!』

 心の中で絶叫するが、声帯すら麻痺しているためピクリとも動かない。

 ただ、前傾姿勢のまま石像のように固まっているおっさんだけが、行き止まりの空間に一人残された。

 しばらくして、遅れて追いついてきたエリーゼたちが駆け込んできた。

「旦那様! 大丈夫ですか! 魔族は……ッ」

 エリーゼが部屋を見渡した。魔族の姿はない。そして部屋の中央に、前傾姿勢のまま微動だにしないヘンドリックがいた。

「……旦那様? なぜ固まっているのですか!」

「ボス! 反応がないんだゾ! まさか、あの呪いのお面のせいで廃人に……!?」

「リーダー! しっかりしてください! すぐに【浄化魔法Lv4】を……ダメです、呪いではなく極度の身体的硬直です!」

 ロッテが素早く診断を下す。パニックに陥る仲間たち。

『俺は廃人じゃないよ、意識はハッキリしてるよ、ただ体が動かないだけだよ……』

 しかし声が出ないため何も伝えられない。

「旦那様っ! 返事をしてください! 旦那様!」

 エリーゼがヘンドリックの頬を両手で挟み、必死に呼びかける。

「ボスの目が動いたんだゾ! 意識はあるんだゾ!」

「よかった……! でも体が全く動かない。……ブラム、急いで伯爵邸まで運んでください!」

「任せろ! 師匠、絶対に治してみせるからな!」

 ブラムがヘンドリックを軽々と横抱きにして、全速力で走り出した。

『……ちょっと待って。俺、この体勢で運ばれるの?』

 意識はハッキリしているのに、瞬きすらできないヘンドリック。彼は仲間たちに担ぎ上げられ、前傾姿勢のまま抱えられて、そのまま王都の伯爵邸へと緊急搬送されることとなった。

 一週間の完全麻痺。

 その間、三人のヒロインたちによる「甲斐甲斐しすぎる介護地獄」が待ち受けているとは、この時のヘンドリックはまだ知らなかった。

 哀れ、ヘンドリック。

 魔族は逃げ、体は動かず、スローライフはまた遠ざかる。

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