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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第73話:迷宮の異常事態と、潰された現実逃避

  王都地下迷宮の浅い階層。

 初心者向けのゴブリンやスライムしか出ないはずの通路の壁を粉砕し、姿を現した異形の魔物。

 それは、本来なら地下五十階層より下にしか生息していないはずの、巨大で凶悪な鎌を持つ深層の魔物、デスクロウ・マンティスだった。

「おっさん、あれ深層の魔物じゃねえか! なんでこんな浅いところに……」

 ブラムが大剣を構えようとした、その時だった。

 デスクロウ・マンティスが壁を破って現れた前方――本来ヘンドリックたちが目指して進むはずだった下層への階段の方向から、数十人の冒険者たちが血相を変えてこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

「逃げろおおおっ!」

「深層の魔物が、上に大挙して押し寄せてきやがった! あんたらも早く地上へ逃げろ!」

 すれ違いざまに叫ぶ冒険者たちは、皆一様に手負いで、武器は折れ、防具はボロボロに引き裂かれていた。彼らの背後の暗闇からは、地鳴りのような魔物の羽音と咆哮が重なって響いてきている。

「スタンピード……! 迷宮内部での魔物の大暴走ですわ!」

 エリーゼが顔色を変えて叫ぶ。

 スタンピード。それは魔物が何らかの理由で異常繁殖し、生存競争に敗れた者たちが上の階層へ、ひいては地上へと溢れ出してくる最悪の災害である。

「ボス! 後ろからすごい数の魔物が来てるんだゾ! どうするんだゾ!?」

「リーダー、指示を! ここで防衛線を張りますか、それとも一度地上へ撤退してギルドに報告を……」

 ミラとロッテが瞬時に戦闘態勢に入り、ヘンドリックの決断を待つ。

 ブラムもすでに大剣に魔力を纏わせながら、師匠の言葉を待っていた。エリーゼは後衛に下がり、杖を構えて精霊の気配を読んでいる。サンネは盾を構え、前衛として自然にヘンドリックの前に立った。

 全員が、リーダーの一言で動ける体勢を整えている。

 だが、その時のヘンドリックは、デスクロウ・マンティスの姿を見ることもなく、ただうつむいてワナワナと肩を震わせていた。

『……ふざけるな』

 ヘンドリックの脳内で、絶望的な計算式が弾き出されていた。

 もしここで地上に撤退すれば、迷宮は一時封鎖され、自分は王都の屋敷へ帰る羽目になる。そうなれば、待っているのはサンネによる地獄の「貴族の作法・ティータイム編」のやり直しだ。朝から晩まで背筋を伸ばして歩く練習をさせられる未来が、リアルに脳裏に浮かぶ。

 では逆に、ここでスタンピードを食い止め、王都の危機を救ってしまったらどうなるか。王女が言っていた「あと一回か二回、国家規模の危機を救えば瞬く間に侯爵だ」という言葉が現実になり、最速で結婚へのフラグが立ってしまう。

 しかも今朝、三人分の夫になっていることを指摘されたばかりだ。侯爵になれば、その状況がさらに「公式」として固定化されてしまう。

 どちらに転んでも、俺の平穏なスローライフは完全に終わるではないか。

『俺はただ、行儀見習いから逃げて、カビ臭い迷宮で適当に時間を潰したかっただけなのに……! なんで俺の行く先々で、国が滅びるレベルの災害が起きるんだよおおおおっ!』

 ヘンドリックの内に秘められた、逃げ場を失った小市民としてのストレスと絶望が、臨界点を突破した。

「……リーダー、大丈夫ですか?」

 ロッテが心配そうに声をかける。

「……大丈夫だよ。ちょっと、色々と計算していただけだから」

「計算?」

「うん。……どうやっても詰んでるなって」

 ヘンドリックは深くため息をついた。

 撤退すれば作法地獄。戦えば侯爵まっしぐら。

 どちらを選んでもスローライフは終わる。

 ならばせめて、仲間たちを危険に晒すわけにはいかない。

「……わかった。戦うよ」

 ヘンドリックはゆっくりと顔を上げ、デスクロウ・マンティスを真正面から見据えた。

「ブラム、後ろの逃げ遅れた冒険者の誘導を頼む。ロッテ、【索敵Lv5】で後方からの敵の数と種類を把握してくれ。エリーゼ、この階層全体に【結界術Lv5】で魔物の上への侵攻を遅らせる障壁を張ってほしい。サンネとミラは俺の前衛を頼む」

「了解だ!」「はいっ!」「わかったんだゾ!」「承りましたわ」「任せろ!」

 一瞬で全員が動き出す。

 その指示の的確さと速さに、逃げていた冒険者の一人が思わず足を止めた。

「あの人……誰だ? こんな状況で、あんなに落ち着いて指揮を取れるなんて」

「知らないのか? ヘンドリック伯爵だ。王都を救った英雄だぞ」

「伯爵が……自ら迷宮に?」

「本当だよ。しかも聞いた話じゃ、レベル1のスキルしか持っていないらしい」

「レベル1で……あの指揮を?」

 ヘンドリックはそんな周囲の声など耳に入れる余裕もなく、空間拡張の鞄から魔道具一式を素早く取り出した。

 そして【索敵Lv1】で迷宮全体の魔物の分布を把握しながら、静かに呟いた。

『……まあ、侯爵になるのは全力で阻止するとして。今は目の前のことだけ考えよう』

 おっさんは、詰んだ計算式を胸の奥にそっとしまい込んだ。

「行くよ、みんな」

 短い一言。

 だがそれだけで、精鋭たちは最高の動きを見せた。

 現実逃避の散歩が、またしても「王都の隠された危機を解決する特大の功績」に繋がり、彼を侯爵へと力強く押し上げてしまうことになるとは、この時のヘンドリックはまだ半分しか理解していなかった。

 哀れ、ヘンドリック。

 スローライフへの道は、今日もまた一歩遠ざかっていく。

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