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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第72話:嬉々たる迷宮入りと、忍び寄る侯爵への道

 王都の地下深くに広がる、王都地下迷宮。

 そこは初心者から上級者までが潜る、国が管理する巨大なダンジョンである。

「いやあ、やっぱり空気の淀んだ暗い洞窟は最高だね! 貴族の香水の匂いより、カビと魔物の体臭が混ざったこの空間の方が、よっぽど落ち着くよ!」

「リーダー……いくらなんでも、末期症状すぎませんか?」

 ウキウキとスキップを踏むような足取りで進むヘンドリックを見て、後衛を歩くロッテが呆れたような、心配そうな声を漏らした。隣を歩くブラムも、苦笑いしながら大剣を肩に担いでいる。

「まあいいじゃねえか、ロッテ。おっさんが楽しそうなら、俺も嬉しいぜ。最近、お城の連中に囲まれてずっと死にそうな顔してたからな」

「そうなんだゾ! ボスは迷宮で【罠技術Lv1】とか【解体Lv1】を使ってる時が、一番イキイキしてるんだゾ!」

 先陣を切るミラが、【獣化Lv5】の鋭い感覚を研ぎ澄ませながら嬉々として振り返る。

 ヘンドリックにとっては、ただの現実逃避のガス抜きである。強い魔物を倒すつもりも、財宝を見つけるつもりもない。適当に浅い階層を散歩して、冒険者らしい汗を流せればそれで大満足なのだ。

『ふふふ。ここで丸一日時間を潰せば、今日の作法指導は完全回避だ。伯爵の仕事なんて知るか。俺は自由だ!』

「……ところで、おっさん。一個聞いていいか?」

「なんだ、ブラム?」

 ブラムが少し遠慮がちに口を開いた。

「さっきエリーゼさんが『帰ってきたら甘えてください』って言ってたけど……あれ、普通に聞き流してたよな?」

「ん? ああ、エリーゼはよくああいう冗談を言うからね。気にしなくていいよ」

「……冗談?」

 ブラムとロッテが顔を見合わせた。

「リーダー。あの三人が旦那様と呼んでいることについては……?」

「ああ、それも冗談だよ。パーティーの仲間同士のノリってやつだね」

「…………」

「おっさん」

「なんだ?」

「あの三人、本気だぞ。全員」

「え?」

 ヘンドリックが首を傾げる。ブラムが深くため息をついた。

「エリーゼさんは副リーダーとして旦那様の予定を完全に把握して管理してる。サンネさんは旦那様の行儀見習いを自分の使命として引き受けてる。ミラさんは旦那様の食事を毎食確認して、食べてないと怒る。……これ、どう見ても妻の行動だろ」

「い、いや、それはただの仲間としての気遣いで……」

「先ほど屋敷を出る時に、エリーゼさんがリーダーのマフラーをちゃんと巻き直していましたよ」

 ロッテが静かに追い打ちをかける。

「それも仲間としての……」

「サンネさんはリーダーの朝食の好みを把握して、毎朝厨房に指示を出しています」

「……」

「ミラさんはリーダーが就寝したかどうかを毎晩確認してから、自分も寝るそうです」

「……」

 ヘンドリックの動きがピタリと止まった。

『……待って。それって、全部、妻がやるようなことじゃないか?』

「気づいてなかったの、おっさん?」

「……正直に言うと、全部パーティーの普通の日常だと思ってたよ」

「「「…………」」」

 ブラムとロッテと、後ろで聞き耳を立てていたミラの間に、深い沈黙が落ちた。

「ボス……」

 ミラが振り返り、哀れみと愛おしさが混ざったような目でヘンドリックを見つめた。

「みんなとっくにボスの奥さんのつもりで動いてるんだゾ。気づいてなかったのは、ボスだけなんだゾ」

「……え」

「しかも旦那様、エリーゼさんたちに毎晩おやすみを言われても、普通に『おやすみ』って返してますよね。サンネさんが朝食の好みを聞いても、普通に答えてますよね。ミラさんが抱きついてきても、最近少し慣れてきてますよね」

 ロッテが淡々と事実を並べていく。

「……言われてみると」

「完全に既成事実を積み重ねられてますよ、リーダー」

 ヘンドリックは立ち止まり、しばらく虚空を見つめた。

『……俺はいつの間に、三人分の夫になっていたんだ?』

「哀れだな、おっさん」

 ブラムが心底同情したような声で呟いた。

「ほっとけ」

 ヘンドリックが力なく呟き、再び歩き出す。

『……まあ、今更気づいても遅い気もするけどね。とりあえず今日は迷宮だ。迷宮だけ考えよう』

 現実から目を背け、ヘンドリックは前を向いた。

 だが、彼は完全に忘れていた。自分が「最強の便利屋」であり、彼についてきているのが「人類最高峰のレベルを持つ精鋭たち」であることを。

「旦那様。前方の通路から、迷宮の壁を破壊して何かが向かってきます。……ギルドの報告にはない、未知の気配ですわ」

 同行していたエリーゼが、杖を構えながら冷静に告げた。

 その言葉と同時に、迷宮の分厚い岩壁が内側から吹き飛ばされ、見たこともない異形の魔物が姿を現した。

『……は? なんでこんな浅い階層に、こんな禍々しい魔物がいるんだよ!?』

 息抜きのつもりで訪れた迷宮で、ヘンドリックはまたしても「通常ではあり得ない異常事態」のど真ん中へと、自分から頭を突っ込んでしまったのである。

 現実逃避の散歩が、結果的に「王都の隠された危機を解決する特大の功績」に繋がり、彼を侯爵へと力強く押し上げてしまうことになるとは、この時のヘンドリックは知る由もなかった。

 哀れ、ヘンドリック。

 三人分の夫という事実に気づいた直後に、さらなる地獄への入口が目の前に開こうとしていた。

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