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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第71話:意味不明な接続詞と、貴族の義務からの逃亡

「背筋をもっと伸ばしてください、旦那様! 伯爵たるもの、歩く姿一つにも威厳と優雅さが求められるのです! さあ、もう一度入り口からやり直しです!」

「……はい」

 王都に新しくあてがわれた伯爵邸の広間で、ヘンドリックは死んだ魚のような目をしながら、三十回目の「優雅な歩き方」の練習をさせられていた。

 指導をしているのは、生粋の騎士であり貴族の作法にも通じているサンネである。王女との結婚を見据え、彼女はヘンドリックを「完璧な侯爵」に仕立て上げるべく、スパルタの行儀指導係と化していたのだ。

『もう嫌だ……。迷宮の底でドロドロになりながら魔物を解体していた頃に戻りたい。なんで俺がお茶の飲み方や、貴族への挨拶の角度で怒られなきゃいけないんだ……』

 肉体的な疲労よりも、精神的な疲労がヘンドリックのHPをゴリゴリと削っていく。

「旦那様、顎を引いてください。それから視線は正面より少し上。背中が丸くなっています、丸くなっています! はい、やり直し!」

「……サンネさん、今日で三十一回目なんだけどね」

「三十一回でも百回でも、完璧になるまでやり直しです! 貴族の歩き方というのは、その人の品格そのものを表すのですから!」

 サンネは一切妥協しない。騎士としての厳格さと、愛する男を完璧な侯爵に仕立てたいという乙女心が、この上なく恐ろしい形で融合していた。

 このままでは過労死、いや、貴族死してしまう。そう本能で悟ったヘンドリックは、突然クルリと踵を返し、広間の出口へと向かって堂々と歩き出した。

「旦那様? どこへ行かれるのですか。まだ挨拶の練習が残って……」

「というわけで! 俺は今から、王都の地下にある迷宮の調査に行ってくる!」

「……はい? 今、何と繋がったのですか?」

 サンネが目を点にする。

 何が「というわけで」なのか。文脈も論理も完全に崩壊しているが、ヘンドリックは無理やり現実逃避の理由を並べ立てた。

「い、いやな。温泉を掘り当てたことで、王都の地脈が変化したかもしれないだろ? もしその影響で、王都地下迷宮の魔物たちが活性化してたら大変だ。伯爵として、いや、一人の冒険者として、これは急いで【索敵Lv1】や【鑑定Lv1】で調査しに行かなければならない最優先事項なんだよ!」

「そんな……調査なら、ギルドの者に任せればよいではありませんか! あなたは今、次なる昇進に向けて作法の習得が急務なのです!」

「サンネ。そこまでにしておきましょう」

 必死に止めようとするサンネの肩を、ティータイムの準備をしていたエリーゼが優しく叩いた。

「で、でも、エリーゼ……」

「旦那様は少しお疲れなのよ。慣れない環境で、連日あなたの厳しい指導を受けているのだから。……たまには息抜きをさせてあげるのも、妻の務めというものですわ」

 エリーゼはヘンドリックに向かって、ふふっと余裕のある微笑みを向けた。

 彼女はヘンドリックの「地脈の調査」などという言い訳を微塵も信じていなかった。ただ単に、愛する旦那様が作法指導に限界を迎えているのを察し、ストレス発散の口実として生温かく了承してくれたのだ。

「……エリーゼ、ありがとう。本当に助かるよ」

「ふふっ。帰ってきたら、たっぷり甘えてくださいね、旦那様」

「やったああっ! 迷宮なんだゾ! ボスと一緒に暴れられるんだゾ!」

 作法指導の間、部屋の隅でずっと退屈そうに尻尾を丸めていたミラが、弾かれたように飛び起きてヘンドリックの背中に飛びついた。彼女にとって、堅苦しいお城や屋敷よりも、血湧き肉躍る迷宮こそが最高の遊び場である。

「よし、そうと決まれば善は急げだよ! ブラムとロッテも呼んで、すぐに出発しよう!」

 ヘンドリックはミラを背負ったまま、逃げるように屋敷を飛び出していった。

 残されたサンネはため息をついた。

「……エリーゼ。本当によかったのですか? 今日中に挨拶の練習を終わらせる予定だったのに」

「いいのよ。……無理をさせて壊れてしまっては困りますもの」

 エリーゼは窓の外を眺め、ミラを背負って走り去るヘンドリックの背中を目で追った。

「それに……迷宮から帰ってきた旦那様は、いつも少し素直になっているでしょう? そのタイミングで改めて指導すれば、きっと今日よりずっとはかどりますわ」

 サンネが目を丸くした。

「……エリーゼ、それはつまり」

「ガス抜きも、作戦のうちということよ」

 エリーゼがふふっと微笑み、優雅に紅茶を口に運ぶ。サンネは一瞬呆気に取られ、それからため息をつきながらも、口元に小さな笑みを浮かべた。

「……さすがですね、エリーゼ」

「当然ですわ。私は旦那様の副リーダーですもの」

 窓の外では、ミラを背負ったヘンドリックが嬉しそうに走り去っていく。

 かつて男嫌いだった二人の乙女は、窓辺で肩を並べ、愛すべきおっさんの逃亡を生温かく見送るのであった。


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