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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第70話:一瞬の安堵と、侯爵へのカウントダウン

 陞爵の儀式が終わり、ヘンドリックたちは王城の廊下を歩いていた。

 絢爛豪華な石造りの回廊。壁には歴代の王族の肖像画が並び、磨き上げられた大理石の床に一行の姿が映り込んでいる。

 エリーゼ、サンネ、ミラの三人は「伯爵夫人」という新たな肩書きに向けて、早くも嬉しそうに小声で話し合っている。ブラムとロッテは二人並んで仲睦まじく歩いており、先ほどの賑やかな謁見の余韻がまだ漂っていた。

 だが、その中心にいるヘンドリックだけが、死んだ魚のような目をして一人俯いていた。

『……俺が伯爵。貴族のピラミッドの上の方に来てしまった』

 男爵から子爵、そして今日伯爵へ。どんどんと階段を上らされている。このままでは本当に侯爵、そして王女との結婚という取り返しのつかない事態へと直行してしまう。

『……待てよ?』

 ヘンドリックの脳裏に、ふと希望の光が宿った。

『そもそも王女様と結婚するには、最低でも「侯爵」にならなきゃいけないって話だったよな? 伯爵のままでいれば、まだ猶予があるってことじゃないか』

 彼は隣を歩く王女に向かって、内心のウキウキを隠しながら話しかけた。

「あの、王女殿下。私は今回ありがたいことに伯爵にしていただきましたが……王族である殿下と結婚するには、やはり侯爵の地位でなければ王室の許可は下りないはずですよね?」

「うむ。さすがに伯爵の身分で第一王女の夫となるのは、まだ貴族院の反発が予想されるな」

『よしっ!』

 ヘンドリックは心の中でガッツポーズを決めた。侯爵にならなければ結婚は延期になる。これからは絶対に目立たず、怠惰に、地味に生きていけばいいのだ。

「いやあ、本当に残念ですねえ。お互いのためにも結婚の話は一度白紙に戻して、俺はひっそりと伯爵として……」

「そなた、自分の今の勢いを理解しておらんのか?」

 王女の明るすぎる声が、ヘンドリックの逃亡宣言をスパッと切り裂いた。

「この調子であれば、侯爵なんてすぐじゃ、すぐ! あと一回か二回、国家規模の危機を救うか、とんでもない国宝級の魔道具でも作ってしまえば、瞬く間に侯爵へ昇進できるはずじゃ! 余はそなたに大いに期待しておるぞ!」

「…………はい?」

「そうなんだゾ! ボスの実力なら、明日には侯爵になってるかもしれないんだゾ! 楽しみなんだゾ!」

「ええ。私たちも、旦那様が早く侯爵になれますよう、全力で次の『機会』を見つけてまいりますわ」

 エリーゼが扇子の陰で艶やかに微笑む。サンネが「旦那様が侯爵になれば、私も男爵位を賜れる。……武人としても喜ばしいことだ」と頬を染めながら頷く。ミラが「ボスの子供が貴族になるんだゾ! 絶対早く侯爵になるんだゾ!」と尻尾をちぎれんばかりに振った。

 さらにブラムとロッテまでが「おっさんの侯爵昇進パーティー、今から楽しみにしてるぜ!」「私たちも何かお役に立てることがあれば!」と笑顔で加勢してくる。

『違う! 俺はもう国家規模の危機なんて関わりたくない! 次の機会なんて探してくるな! 侯爵昇進パーティーなんて開かなくていい!』

 一瞬だけ見えたスローライフへの蜘蛛の糸は、「愛する男を最速で侯爵に押し上げようとする」仲間たちの圧倒的なポジティブ思考と、王女の無邪気な期待によって、あっけなく燃え尽きた。

 王城の美しい回廊に王女の笑い声が響き渡る中、最強の便利屋は完全に魂を抜き取られ、ただの抜け殻となって力なく引きずられていくのであった。

『……スローライフよ。俺は諦めないからな』

 誰にも聞こえないほど小さな、おっさんの決意だけが回廊にひっそりと残された。

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