第59話:完璧な包囲網と、哀れな逃亡者の末路
王都の冒険者ギルドの巨大な看板が見えてきた。
あと数十メートル。あそこに入って情報を流せば、この重すぎる十字架を誰かに押し付けられる。スローライフが帰ってくる。
そう確信し、ヘンドリックの口元に笑みが浮かんだその瞬間だった。
彼の【索敵Lv1】が、周囲から急速に迫り来る四つの強大な魔力を捉えた。
「おっ、やはり逃げ出したわね。私たちの旦那様は」
「本当に。こんな人混みの中に紛れようとするなんて、悪知恵だけは働くんだから」
「でも、逃げ切れると思っているところが、ボスの可愛いところなんだゾ」
前方には腕を組んだエリーゼ。後方からは尻尾を揺らすミラ。右の路地からはサンネが退路を塞ぎ、左側にはなぜかドレス姿の王女までが先回りして立っていた。
「ま、回り込まれた!? なんでだ、俺は気配も姿も完璧に街の風景に溶け込ませていたはずなのに!」
ヘンドリックは愕然とした。自分の完璧な隠密行動が、いとも容易く看破されている。
「残念だったわね、ヘンドリック。あなたの【気配遮断Lv1】の魔力の波長も、逃げようとする時に右肩が少し下がる癖も、人混みを選ぶ思考パターンも、私たちはもうミリ単位で知り尽くしているのよ」
「それに、王女殿下から頂いたこの魔道具があれば、王都のどこにいようと丸わかりなんだゾ」
王女が扇子の裏に隠し持っていたのは、小さな羅針盤のような古代魔道具だった。それは、ヘンドリック自身が先ほど国宝を修理した際に使用した彼の残存魔力を読み取り、正確に位置を割り出すという恐るべき探知機だった。
『俺の技術が、俺自身を捕獲するためのレーダーに魔改造されているだと!?』
職人としての敗北感と、ヒロインたちの重すぎる愛の執念を前に、ヘンドリックは膝から崩れ落ちた。
おかしい。最近、俺はこうやって捕獲されてばかりいる気がする。便利屋としての俺のプライドはどこへ行ったんだ。
「さあ、旦那様。ギルドに用事があるのなら、私たち全員でお供いたしますわ。もちろん、黒幕討伐の作戦会議をするためですよね?」
王女が爽やかに微笑み、エリーゼたちがヘンドリックの両脇と背後をがっちりとホールドした。
もはや抵抗する気力すら湧かず、四人の美女に文字通り引きずられるようにしてギルドへと連行されていくヘンドリック。
通りがかった王都の住民や冒険者たちは、美しい女性たちに囲まれて歩く(引きずられる)彼を見て、「おお、あれが噂の新しい男爵様か。朝から奥方たちと仲睦まじいことだ」と羨望の眼差しを向けるばかりであった。
哀れ、ヘンドリック。
彼の地味な逃走計画は、本人以上に彼を熟知するヒロインたちの愛と、王族の権力を用いた完璧な包囲網によって、ギルドの門をくぐる前に完全に防がれてしまったのであった。




