第57話:サンドイッチの恐怖と、不穏な目覚め
「だったら、このままでいさせて。……あなたが、この形がいいと言ってくれるなら、私は一生、このままでいいわ」
エリーゼの涙ながらの抱擁。ヘンドリックは彼女の華奢な温もりを感じながら、理性の防衛線を必死に維持していた。
だが、そんな感動的な空気を、背後から忍び寄る凄まじい圧力が粉砕した。
「ちょっとエリーゼ。抜け駆けは許さないって言ったはずよ。いつまで彼を独占しているのかしら」
「そうなんだゾ! ボスの広い胸板は、私たちみんなのものなんだゾ!」
左右から伸びてきた手が、エリーゼを問答無用で引き剥がす。
助かった、とヘンドリックが安堵の息を漏らしたのも束の間。
グワッ!
次の瞬間、サンネとミラの二人が、ヘンドリックを左右から挟み込むように強烈に密着してきた。
右からは、騎士として鍛え上げられたしなやかな筋肉と、それを覆い隠すほどの暴力的なまでの豊満な膨らみ。左からは、獣人特有の信じられないほど柔らかく温かい肉体と、甘い体臭。
その二つの極上の感触に完璧にサンドイッチされ、ヘンドリックの思考は完全にショートした。
「こ、これ、離してくれ……っ! 頼む、俺の理性が、いや、命が溶ける……っ!」
「だめよ。これからは私たちみんなの旦那様なんだから。今日はもう、絶対に逃がさないって決めたんだから」
「ボスの匂い、すっごく落ち着くんだゾ。えへへ、独り占めなんだゾ」
両耳元で囁かれる甘い吐息。限界を超えた感覚のオーバーフローにより、ヘンドリックの脳は生命維持のために強制的なシャットダウンを選択した。彼は白目を剥き、そのまま意識の底へと沈んでいった。
しばらくして。
ヘンドリックがゆっくりと重い瞼を開けると、そこは見慣れた石造りの工房ではなく、王都の迎賓館に用意された豪華な天蓋付きのベッドの上だった。
窓から差し込む爽やかな朝日に目を細めながら、彼はぼんやりとした頭で天井を見つめて呟いた。
『……ああ、そうか。これは全部夢だったんだ。国宝を直して王女様が出てきたり、侯爵になれと迫られたり、みんなに囲まれて逃げ場がなくなったり……全部、疲れていた俺が見た、長くて悪い夢だったんだ』
「夢ではないわよ。それは、嫁ね」
すぐ横から聞こえてきた、エリーゼの酷く冷静で不穏な声。
ヘンドリックが恐る恐る首を巡らせると、ベッドの周りにはエリーゼ、サンネ、ミラの三人が、当然のような顔をしてお茶を飲んでいた。
現実。それも、全く逃げ場のない最悪の現実へと引き戻され、ヘンドリックは布団を頭まで被って声にならない絶叫を上げた。




