第44話:秘められた性癖と、真の臨界点
「ぎゃあ――――ッ!! 待て! 本当に待ってくれ!」
工房のリビングで、最強の便利屋の悲痛な叫び声が響き渡った。
背後からはサンネの鉄壁のホールド、足元ではミラが嬉々としてズボンを剥ぎ取ろうと奮闘している。そして正面からは、妖艶な笑みを浮かべたエリーゼが、自身のローブをハラリと床に落とした。
露わになったのは、雪のように白い肌と、華奢な鎖骨。そして、せいぜいAからBカップほどの、エルフ特有の非常にささやかで『控えめな胸元(絶壁)』であった。
「ふふっ。さあ、肌と肌を合わせて、【魔力供給Lv1】の最大効率を検証しましょう?」
エリーゼは、ミラの暴力的なまでの胸部装甲に比べれば、自分のプロポーションが控えめであることは自覚している。だが、だからこそ『大人の余裕』と『密着度』で勝負しようと、大胆にヘンドリックの胸へと身を乗り出してきた。
その瞬間。ヘンドリックの心臓が、スタンピードの時よりも激しく、かつてないほどの警鐘を鳴らした。
『やばい! やばい! エリーゼ、君は分かっていない!』
三十五歳・独身童貞のおっさんには、誰にも言っていない【非公開情報(秘密)】があった。
それは、彼の女性の好みが、ミラやサンネのような肉感的なタイプではなく……エリーゼのような、スレンダーで華奢な『ささやかな体型』こそが、まさにドンピシャのどストライクだという事実である。
ミラに胸を押し付けられても『窒息する!』という生命の危機が勝るが、好みのど真ん中であるエリーゼにその華奢な肌を擦り付けられれば、話は全く別だ。
『ダメだ! エリーゼのその控えめなサイズ感……俺の性癖にクリティカルヒットすぎる!
このまま密着されたら、三十五年間守り抜いた俺の理性が、一秒で跡形もなく消し飛んでしまうッ!』
ヘンドリックの顔が、恐怖と別の意味での熱で茹でダコのように真っ赤に染まった。
彼が毎晩、魔力を使い果たして気絶していたのは、実は『エリーゼが魅力的に見えすぎて、自分の理性を信用できなかったから』という理由が最も大きかったのだ。
「さあ、ヘンドリック。遠慮しないで……んっ」
エリーゼの華奢な体が、ついにヘンドリックの胸板にピタリと触れる。 その柔らかくも繊細な感触が伝わった瞬間。
『限界突破だ! 緊急退避!』
ヘンドリックはプロの冒険者としての全神経を集中させ、己の体内にある7000の魔力を一瞬で空にするための【暴挙】に出た。
「おおおおおおおッ!!」
「えっ? きゃあっ!?」
ヘンドリックを中心に、目にも止まらぬ速度で【結界Lv1】が展開される。
一つ、十、百、千――なんと彼は、自分とヒロインたちの間に、消費魔力1の極小結界をコンマ数秒の間に『7000枚』重ね掛けしたのだ。
分厚い光の壁がエリーゼたちをふわりと押し返し、同時にヘンドリックの魔力は完全にゼロ(枯渇状態)となった。
「あ……ごめん、魔力、が……」
カクンッ、とヘンドリックの首が折れ、そのまま白目を剥いて床に崩れ落ちる。 完全に魔力枯渇による強制シャットダウン(気絶)である。
「なっ……! ヘ、ヘンドリック!? ちょっと、ここで寝ないでよ!」 「ボ、ボス! まだズボン半分しか脱がせてないんだゾ!」
「信じられない……。私たちが迫った瞬間、結界を七千枚も張って自害(気絶)するなんて……っ!」
気絶したおっさんを前に、三人の乙女たちは呆然と立ち尽くした。
彼女たちは『私たちが魅力不足だから逃げられた』とまたしても勘違いして落ち込んでいるが、事実は全く逆である。エリーゼの姿がヘンドリックにとって『魅力的すぎた』からこそ、彼は理性を守るために自らの意識を強制終了させるしかなかったのだ。
最強の便利屋の隠された性癖は、パーティーの貞操(主に彼自身の)を辛うじて守り抜いたが、乙女たちの不満と情熱の炎に、さらなる油を注ぐ結果となってしまったのである。




