第43話:名もなき墓標と、魔力伝導率の真理
スタンピードの事後処理に追われる街の喧騒から逃れるように、ヘンドリックは一人、街の外れの荒野へと足を運んでいた。 理由はわからないが、奇妙な胸騒ぎがしたのだ。
そして、その直感は当たっていた。
「……やはり、お前だったか」
踏み荒らされた大地の片隅。そこに、魔物の群れに蹂躙され、見る影もなくボロボロになった【神創の覇星】の元リーダーが倒れていた。
すでに息はない。彼が最後に何を思い、何を叫んだのかは誰にもわからない。
『高すぎる力は、時に目を曇らせる。俺の不器用な教えを受け入れられず、【レベル10】という見栄と呪縛に縛られた哀れな男の末路か……』
ヘンドリックは静かに目を伏せた。 もし自分がもっと上手く彼を導けていれば、こんな結末は防げたのだろうか。プロの指導者としての苦い後悔が胸をよぎる。
その時、ヘンドリックの視界の端で何かが鈍く光った。 元リーダーの亡骸の足元に、不吉な紫色に濁った【魔石の破片】が落ちていたのだ。
『……スタンピードを人工的に引き起こすような魔道具か? ギルドの調査部に回した方がよさそうだな』
素手で触れるのは危険だと判断したヘンドリックは、懐から布を取り出し、布越しに拾い上げて厳重に包んで回収した。 そして彼は、静かに【土木建築Lv1】を発動させる。
地面が隆起し、小さな石碑が形成された。 名前を刻むことすら許されない罪人かもしれないが、かつて共に迷宮に潜った一人の冒険者への、せめてもの手向けである。
「……あばよ。次は、もっと身の丈に合った生き方をしろよ」
名もなき墓標に一度だけ手を合わせ、ヘンドリックは静かにその場を後にした。
――しかし、彼がシリアスな感傷に浸っていられたのは、ここまでであった。
石造りの工房へ帰還したヘンドリックを待ち受けていたのは、異様な熱気を放つ三人のトップランカーたちだった。
「おかえりなさい、ヘンドリック。……ねえ、少しお話ししてもいいかしら?」
リビングのソファに深く腰掛けたエリーゼが、妖艶な笑みを浮かべて首を傾げる。
「ど、どうしたんだい、エリーゼ。そんなに真剣な顔をして」
「いえね、あなたが受付嬢やブラムに行っていた【魔力供給Lv1】について、色々と考えていたの。手を繋いだり、背中に触れたりするだけであんなに魔力を渡せるのなら……もっと効率のいい方法があるのではないかって」
エリーゼはゆっくりと立ち上がり、ヘンドリックへと歩み寄りながら、あろうことか自身のローブの胸元に手をかけ、ハラリと肩まで滑り落とした。
雪のように白い肌と、月光の反射のような胸元が露わになる。
「……私が、もっと効率よく魔力を流し込める『密着した体勢』を提案いたしますから。どうか、協力してくださいね?」
「い、いや、ちょっと待て! なんで君が脱ぐんだ! というか、俺の服に手をかけるな! 脱がすな!」
ヘンドリックが後ずさりながら悲鳴を上げるが、背後に回っていたサンネが、分厚い鉄壁のホールドで彼の両腕をがっちりと拘束した。
「エリーゼの言う通りよ。肌と肌が触れ合う面積が広いほど、魔力伝導率は高まるはず。……さあ、調査の時間よ」
「こらサンネ! お前、いつの間に俺の背後に! 力が強すぎて振り解けない……っ!」
「ボスー! 私も手伝うんだゾ! とりあえずズボンからいくんだゾー!」
「ミラ、お前まで喜んで俺のベルトを外そうとするな! 待て、破れる! 布が破れるから! ぎゃあ――――ッ!!」
外では英雄として崇められ、裏では名もなき墓標を立てるほどの渋いハードボイルドを気取っていた男は、拠点に帰った瞬間に愛する乙女たち(物理力カンスト)によって、為す術もなく身ぐるみを剥がされていく。
【レベル10】の呪縛よりも遥かに逃れがたい【強すぎる愛の呪縛】に捕らわれた最強の便利屋の、貞操を懸けた最も過酷な防衛戦が、今まさに幕を開けたのであった。




