第42話:絶対命令と、純真なる裏切り
「違うんです! 俺はただ魔法を放っただけで、真の英雄は背後で魔力を供給してくれたヘンドリック師匠なんだぜ!」
ギルドの医務室で意識を取り戻したブラムは、周囲を取り囲むギルドマスターや他の冒険者たちに向かって、声高に真実を叫んだ。
ベッドの隅で小さくなっていたヘンドリックは、血の気が引く思いだった。
『ちょっと待とうかブラム君。なんでそこで俺の名前を出すんだ!』
このままでは、またしても面倒な称賛と責任を背負わされてしまう。おっさんは脳をフル回転させ、ある閃きに至った。
「……ブラム。リーダー権限で命令する」
ヘンドリックは、現在のパーティーを結成して以来、ただの一度も使ったことがない【リーダー権限】という絶対的な言葉を口にした。 ブラムがハッと息を呑む。
「俺のことは完全に秘匿しろ。お前はただ、『自分の放った魔法で魔物を仕留めた』とだけ言うんだ」
「そ、そんなの納得できません! 師匠の功績を奪うような真似……!」
「命令無視は、破門とする」
「っ……!?」
プロとしての重圧を込めた低い声。ブラムは悔しそうに唇を噛み締め、うつむいて沈黙した。
『よし、かつる(勝てる)! これで俺の平穏は守られた!』
ヘンドリックは内心でガッツポーズを決め、部屋の隅にいたエリーゼ、サンネ、ミラの三人にも「俺は怖くて隠れていただけだ。見ての通りだよね?」と念押しをしておいた。彼女たちは何も言わず、ただ静かに頷いた。
完璧な隠蔽工作。 最強の便利屋の、情報操作における完全勝利。 ……そう、思っていた時期が俺にもありました。
「あのっ……! ブラムさんは嘘をついてます!」
沈黙を破ったのは、ベッドの横でブラムを看病していたロッテだった。 嘘がつけない純粋無垢な少女は、涙目でギルドマスターに向かって叫んだのだ。
「ヘンドリックさんが、ブラムさんにずっと魔力を注ぎ続けていたんです! 怖いからって、あんな前線まで一緒に行くはずありません!
破門って脅して、無理やり手柄を押し付けたんですぅ!」
『ば、バカヤロウ! ロッテちゃん、なんてことを暴露してくれてるんだ! 俺のスローライフを返せ!』
ギルドマスターが「なるほど……やはりそうでしたか」と深く頷き、持っていた羊皮紙に何かを書き込み始める。 ヘンドリックは絶望のまま、周囲の女性陣へと視線を向けた。
『妹よ、なんだよその『お兄ちゃん、みっともないよ?』って顔は!』 『エリーゼもなんだよその『また無駄な足掻きを……』って呆れた目つきは!』
『サンネもなんだよその『そういう不器用なところも好き』って生温かい表情は!』 『ミラ、君がそんなジト目をするとは思ってなかったんだが!?』
誰もが、ヘンドリックの稚拙な隠蔽工作を冷ややかな、しかし愛おしすぎる視線で見つめていた。 もはや言い逃れは不可能だった。
「……ヘンドリック殿。貴方の【個人貢献度】に、本日の『スタンピード単独(実質)鎮圧』の特大功績を、しっかりと記載させていただきました。後日、領主様からの直々の表彰もございますので、どうか逃げずにお受けくださいね」
ギルドマスターの慈悲のない宣告が、医務室に響き渡る。
「……どうしてこうなった」
ヘンドリックはベッドの端に崩れ落ち、両手で顔を覆った。 無能を演じて自由を勝ち取るはずが、隠せば隠すほどに評価と好感度が限界突破していく。
最強の便利屋が夢見た静かな平穏は、愛弟子たちの純粋な忠誠心と、乙女たちの重すぎる愛情によって、完全に崩れ去ってしまったのだった。




